記憶にございません
オクタウィアに部屋を追い出された俺は、所在なく宮殿の中を歩きまわった。
自分の部屋に戻ろうとという気にもならないし、かと言って庭に出たい気分でもない。
本当なら街に出て酒でも飲みたい気分だが、もうすぐ俺の即位を祝う祝賀会が始まるからそれもできない。
とりあえず俺は人気のない場所で壁にもたれて熟考した。
オクタウィアのアザはどうしたんだろう。
そもそも頬にアザができるなんてそう起きる事じゃない。
これが劣悪な労働環境で働く鉱夫だったらわかるが、オクタウィアは皇后。言わば宮中の花だ。
物をぶつけられるか、殴られでもしない限り頬にアザができることなんてあり得ないだろう。
しかしオクタウィアはなんで俺に相談しないんだろう。
もし誰かに殴られたなら俺に相談すればすぐに解決する話だ。
いくらオクタウィアが俺に好意を持ってなくても、流石に殴られれば相談するだろう。
俺に心配かけたくないとか思ってるんだろうか。でもあの様子だと、何かやましい事があると考えた方がよさそうだ。
例えば浮気相手に殴られたとか。
考えたくもないが、なくはない話だ。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
これはオクタウィアとの溝を埋めるのは思ったより大変かもしれない。
最初はちょっと話してプレゼントでも送れば簡単に溝は埋まると思っていたが、どうやら考えが甘かったらしい。
俺はもう一度深くため息をついた。
「どうしたんですか陛下。ため息なんかついて」
悩んでいた俺に、見覚えのあるやつが聞き覚えのある声で話しかけてきた。
それはブッルスだった。
ブッルスは俺の直属の近衛部隊、プラエトリアニの長官で、俺の後見人でもある。
俺の死ぬ6年前に病気で死んだが、その最後の時まで俺の右腕として活躍してくれた男だ。
「ブッルス!?お前なのか?」
「ええ、見ての通り。1日会わないだけでもうお忘れですか?」
「いや……忘れたわけじゃねぇよ……」
「そんなことより陛下、祝賀会の準備ができました。会場の方に移動をお願いします」
「あぁ、もうそんな時間か。わかった、すぐに行こう」
「陛下、お願いだから飲み過ぎないでくださいね。もう一昨日みたいなことはないようにしてください」
「一昨日?何かあったのか」
「忘れたんですか?まぁあれだけ飲めば無理もありませんね」
一昨日は俺が転生する1日前だから酒とか関係なく記憶にない。だって俺にとってそれは14年前の話だからな!
「一昨日陛下は酔った勢いでオクタウィア様に暴行したんですよ」
「え、えぇー!?嘘だろ!この俺が?」
「ええ。正確に言うと殴った後蹴りました」
「マジかよ……じゃああのアザって俺が原因なのか?でも流石に平手打ちだよな?」
「平手打ちであんなアザになると思いますか?」
「グーかよ……」
あぁ!なんてことだ!これは最悪の事態だ。
これでオクタウィアと仲を深めて、今後起こる不幸を未然に防ぐという俺の計画は絶望的になった。
何をやってるんだ俺!正確に言うと転生前の俺!
そりゃオクタウィアだって怒るわけだ。
酒のせいとは言え殴ったのには変わりないし、しかもそれを覚えてすらいないんだから。
しかも捉え方によっては、さっき言った「大丈夫か?」という言葉は嫌味に聞こえてもおかしくない。
さっきの行動はむしろ逆効果、前世より関係が悪化してしまった。
せめて俺が殴ったことを先に知ってればもっと他のことができた。例えば余計な事は言わずに素直に謝るとか。
一度歩んだ人生だからと高を括ってたが、よく考えてみたら同じ人生とは言えど経験するのは14年ぶり。
もっと積極的に情報収集をして今の状況をもっと把握するべきだった。
転生前の俺が何をしてたかなんて1番重要じゃないか!
「陛下、大丈夫ですか?顔色悪いですよ」
「大丈夫なわけねぇよなぁ!?自分の妻を殴っといて顔色良いやつ人間として終わってんだろ!」
「いや、妻を殴ってる時点でもう……まぁでも、ほら、アレですよ。やっちゃった事は仕方ないんでとりあえず謝りましょう」
「そうだな……お前の言う通りだブッルス」
でも「大丈夫か?」なんて言った後に今更どうやって謝りゃいいんだ。
知ってたんならなんで「大丈夫?」なんて言ったんだよって話になるし「ブッルスから何があったか聞きました、ごめんなさい」で許してくれるとも思えない。
何かいい方法はないだろうか……あるじゃないかいい方法が!