この鏡にうつってる美少年は誰だろう
俺は今ベッドの上にいる。俺の体調を心配したセネカによって半ば強制的に寝かせられた。
セネカ曰く「どれだけ体調が悪くても戴冠式は延期できないから寝ておきなさい」だそうだ。
そんなこと言われたってこんな日が高いうちに眠れるわけない。
かといって部屋の外に出たら使用人に見つかってまた部屋に連れ戻されるだけだ。とりあえずこの時間を使っていまの状況を整理してみよう。
まず俺は明日、また戴冠式を控えているようだ。つまり元老院はもう俺を国家の敵とみなしていないということだ。それどころかまた皇帝として認めるつもりらしい。
でも元老院はなぜ俺をまた皇帝にする気になったんだろう。普通なら(元老院議員が普通とは言わないが)「お前皇帝にふさわしくないから死ねや」って言った相手に対して「また皇帝になれや」とは言わない。
ハデスの力かな?生き返っても国家の敵のままじゃまたすぐ死ぬと思ったハデスの配慮かも。
次に今いる場所だけど、ここはどう考えても俺が幼少期を過ごしたドムス・ティベリアナだ。間違いない。昔俺が壁に描いた落書きも残ってる。
あれ?でもおかしいな。ドムス・ティベリアナは4年前の大火災で再建不可能なレベルで崩壊したはずだが。
そういえばセネカも生き返ってたよな。……まさかとは思うが、過去にもどったわけじゃないだろうな?
「そのまさかだよネロ」
「ハデス!!?」
俺が今の状況について考えをまとめていると、ハデスの声が部屋に響く。そして床から黒い霧が出てきて、人型を形作ったかと思うと、霧が晴れてハデスが現れた。
「すごいな!お前そんなこともできるのか」
「まあ一神だからね。瞬間移動だってできるし、魂を過去に送ることだってできるよ」
「じゃあ本当に俺は過去に?」
「そうだよ。この鏡を見てごらん」
ハデスから渡された手鏡を覗くとそこには何ともかわいらしい、それでいて目元はクールで可愛さとカッコよさ両方を兼ね備えた少年がいた。短く切った茶髪がよく似合っている。
「すごい美少年じゃないか!こんなカッコいい子供見たことねぇ。ところでこれは誰だ?」
「わかってて言ってるよね?それとも鏡初めて見た?」
「冗談だ。つまり過去だから俺もこんだけ若いってことを言いたいわけだな。見た目からして15くらいか?」
「戴冠式前日だから16歳だね」
「そうか、懐かしいなぁ。ってか過去に飛ばすなら先に言えよ!」
「言おうとしたよ!でも君が『早く生き返らせろ!このクソ冥王が!』って言うから」
「絶対そこまで言ってねぇ」
とはいえハデスが何かを説明しようとしたところでさえぎって「早く生き返らせてくれ」って言ったのは確かだ。
ちゃんと聞いておけばよかった。
「まあ結果的に良かったじゃん。また皇帝になれるし、何が起こるかわかってるから前より上手くいくかもしれないよ」
「よくない……」
「え?」
「よくねぇよ!なんでまた皇帝にならなきゃいけねぇんだよ!」
確かに俺はこれか何が起こるか覚えている。
まずは妻のオクタウィアとの関係に亀裂が入り始める。それに伴って母親が俺に愛想をつかす。
母親が俺を暗殺して、もっと操りやすい俺の弟を皇帝に仕立て上げようとする。俺は先手を打って弟と母を殺す。
妻と離婚、その後処刑。
あとは貴族どもが次々と反乱を起こした。この中の1つにセネカも関与していた。
それからあの大火事だ。あれでローマの大半が焼けてしまった。
でもこれらの問題は前回もこの上なくうまく対応してきた。これ以上改善することんんてない。
少し思い出したでも嫌になるようなことばっかりだ。こんなことをもう1度繰り返すなんて考えただけでも怒りがこみあげてくる。
「ちょっ!落ち着いて!これはやり直すチャンスでもあるんだよ。君は前世のままだと確実に暴君として名を残しちゃう。でもこれからの君しだいでどんなに時がたっても讃えられる名君になれるんだよ」
「名君……無理だ。1回やってわかった。俺は名君なんて器じゃない。皇帝なんてなりたくもない」
ハデスは困った顔で腕を組む。そして10秒くらいの沈黙を経て口を開いた。
「じゃあ私からひとつ助言をあげよう。君は君が思っているより素晴らしい人だ。ただ前世では信じる人を間違っちゃっただけ。だから君が信じるべき人を1人だけ教えるよ」
「信じるべき人?誰だ?」
「セネカさん」
「は!?セネカだと!あいつは俺を裏切ったんだぞ!」
「いや、君の言う裏切りっていうのがピソの陰謀への関与のことならそれは間違いだよ。セネカさんは陰謀への参加を断ったんだ」
「そ、そんなバカな……じゃあ俺は無実のセネカを殺したのか?」
「そんなに気を落とさないで。もう終わったことなんだ。今回信じてあげればそんなことは起こらない。でしょ?」
「わかった。お前の言う通りセネカを信じてみる。ただしこれで名君になれなかったらもう1回いきかえらせろ。わかったな」
俺の言葉を聞いてハデスは笑顔でうなずいた。
「じゃあ私はそろそろ帰るね。明日の戴冠式がんばって」
「お前は来ないのか?」
「君以外の人に姿を見られるのは都合がよくないからね。悪いけど欠席させてもらうよ。また今度会おう」
そう言うとハデスはまた霧のようになって消えた。まさに神出鬼没だ。
なぜハデスは俺を助ける目的はわからない。だけど俺にチャンスをくれたのは確かだ。なら俺はチャンスを生かすまでだ。