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暴君ネロの2度目の治世  作者: Kaiser
アナザードラマ 皇帝不在のローマ
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皇帝不在のローマ 最終話

一人暮らし始めました

「痛っ!」


突然、左腕に激痛が走って目が覚める。見覚えのある光景。私の部屋だ。

今度は痛みの原因を探して腕の方に目をやると、血の滲んだ包帯が絡まるようにして巻かれている。かなり強めに巻かれていて、指先が青紫になっている。


なんとなく思い出した。ウァレリウスを呼びに行ったら女に切り付けられて、そのまま気を失ったんだ。

あの女はどうなったんだろうか?期になる事は様々あるが、今はまずこのやたらと強く巻かれた包帯を緩めたい。

しかし右腕も動かないからどうしようもない。なにもここまで強く巻かなくとも……この不器用で力加減を知らない巻き方。セネカさんだな。


絡まった包帯の始点をさがしていると、廊下から足音が近づいてきた。

噂をすれば、セネカさんだ。


「ブッルス!目が覚めたのか1?」

「ええ。おかげさまで」

「よかった。2日も起きないから今度こそダメかなっておもったよ」

「ご心配おかけしました……2日も寝てたんですか!?」


そんなにも重症を負ったのだろうか?もう1度左腕を見る。包帯が巻いてある範囲からしても、傷はそこまで大きくは見えない。


「そうだよ。出血量が多かったんだよ。無理やり食べ物を流し込んだら今度は熱が出てね」

「なんてことしてくれてるんですか。喉に詰まったらどうするんですか?」

「大丈夫だ。牡蠣のスープだったから喉には詰まらないよ」

「え……牡蠣?起きてる時に食べたかったですよ……」

「それだけ食欲があるなら大丈夫だね」


セネカさんは私の額に手をのせる。


「うん。熱もない。でもまだ安静にしていた方がいいよ。何か必要なものがあったら私に言って」

「じゃあこの包帯。巻きなおしてください」

「うん?さっき巻きなおしたばかりだけど?」

「キツすぎるんです。もう少し緩めてください」

「その方が早く止血すると思うだけどね」

「流血じゃなくて血流が止まってるんですよ。お願いですから緩めてください」

「はいはい」


セネカさんは私に背を向ける形でベッドの端に腰掛けると、私の左腕をとって膝の上に置いて包帯をほどいてくれる。

視界を遮られて自分の手に何が起こっているのか直接確認することはできない。しかし腕から伝わる感覚を頼りに推測する限り、セネカさんはぎこちない手つきで、おそらく自分の巻いたであろう包帯をほどくのに苦戦している。


「使用人にやってもらった方がいいんじゃないんですか?」

「それは無理だ。今使用人がいつもの半分しかいないからね。みんな他のことで手一杯だよ」

「半分?なぜ?」

「解雇したんだよ。訳を話してもいいけど、もう少し体調が良くなってからのほうがいい」

「大丈夫ですよ。話してる方が楽しいですから」

「そう?」

 

そう言うと同時に、包帯が緩んで指先まで血が通ったのを感じた。作業がひと段落するとセネカさんは話し始める。


「君を斬りつけた女がいただろう。あれはうちで働いてた使用人でね、どうやら買収されていたようだ。家には使用人には買えないような高価なネックレスがあった。それで気になって他の使用人も調べてみたら案の定、金を受け取っている疑いがあったよ。それで彼女らを解雇したわけだが、まさか半分もいなくなってしまうとはね」

「それがわかっているならアグリッピナ様を告発できるのでは?」


私の問いに、セネカさんは大きくため息をついた。


「その話なんだがね、今回アグリッピナを告発するのは見送ろうと思う」

「見送る?なぜ?」

「君の致命傷がローマ中に知れ渡ってしまった。それが内部の犯行ってこともね」

「それが何か問題でも?」

「その件で市民から我々への信用が落ちてきているんだよ。まあ宮廷でこんなことが起これば当然だ。それも新しい皇帝が即位して3週間のうちにね。そのうえ、事件の黒幕が上皇后だと知ったらどうなると思う?」

「皇室への信頼はさらに失墜しますね」


コクコクと頷くセネカさんは、緩めた包帯をもう1度巻く。


「だから我々はこれ以上捜査を続けることはできない。ただそれはアグリッピナとしても同じはず。彼女も皇室の一員。評判が落ちるのは面白くないだろう」

「そうですね。かなり派手に動きましたし、しばらくは大人しくしているでしょう」


セネカさんは私の返答に反応を示さず、代わりに包帯をキュッとキツく縛ると「これでよし」と小さくつぶやく。また血が止まるほどの締め具合だ。もう文句を言う気も起きなかった。


「あ、セネカさん。ネロ様はもうご帰還なされたんですか?」

「いや、ルキウスはまだゲルマニアで行方不……いや、遠くまで遊びに行ったらしい。帰りを急がせる手紙を出したから、その手紙がちょうど今日あたり向こうに着くだろうね。ただいつ帰るかはわからない」

「そうですか」

「でも君が刺されたことも書いたから、案外早く帰ってくるかもしれないよ」


殺人が起こったのに、ネロ様は帰ってきても大丈夫だろうか?今に限ってはローマよりもゲルマニアにある基地の方が安全に思える。


「元気な顔を見られてよかったよ。私はそろそろ行くとするかな。市場に行かなければならないんでね」

「買い物なんて珍しいですね。何か必要なものでも?」

「奴隷を数人買いたいんだよ。減った分の使用人の補填だ。それにルキウスのために護衛を1人用意してやろうと思ってね」

「それはいい考えですね。プラエトリアニだけだと、どうしても手薄になりますからね」

「ああ。それじゃあ、行ってくる」

「お気をつけて」


ドアを開けたセネカさんは部屋から2歩ほど出たところで立ち止まり、体をこちらに向ける。


「もうひとつ、これは相談なんだが……君は今回のことをルキウスに話すべきだと思うかい?」

「それは……」


この任務の間中考えていたことだ。アグリッピナ様はネロ様にとって実の母親。その母親が殺人を計画していたと知ったら、ネロ様はショックを受けてしまうだろう。

しかし、宮廷で起きた事件を皇帝たるネロ様が知らないのも、それはそれでどうかと思う。

友人としては明かすべきではない。だが臣下としては伝えるべきだ。

私が言い淀んでいるとセネカさんの方が先に口を開く。


「私はね、話すべきではないと思っている。少なくとも時が来るまでは」

「……!そうですよね!私もそう思います!」

「よかった。ではルキウスには、デタラメことを伝えておこう」

「あまりにデタラメだと疑われますよ」

「わかっているよ。それじゃあ」


軽く手を上げて、今度こそセネカさんは行ってしまった。さっきまで会話で気が紛れていたが、それが終わって左腕の痛みを鮮明に感じるようになってしまった。

突発的な痛みは眠気を覚ますが、慢性的な痛みは逆に眠気を誘う。まぶたが重くなってきた。ネロ様の前では元気な姿を見せたい。今は寝よう。

冷やし中華始めました

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