ローマ=ゲルマニア同盟(仮)
レクリエーションが終わってからも観客たちはビールを飲んだり談笑して楽しんでいる。
でも夜が深まると、会場に残っている人も少なくなってきた。
族長は人が少なくなったのを見計らって俺に話しかけてきた。
「レクリエーションはどうだったー?これで、ボクたちが弓が得意だってことはわかってくれたかな?」
「マジで驚いたぜ。あんなに正確に的を射抜くなんてな。ローマ軍も苦戦するわけだ」
「でも味方なら心強いんじゃない?」
「同盟か?」
族長は軽くうなずいた。
「まさかレクリエーションもそのためのパフォーマンスだったのか?」
「せいかーい。もちろん、ただ君を楽しませるって意味もあったけどね」
「どうだか」
「それで、ダメかな~?同盟」
うーん……これは難しい選択だ。
俺はこの同盟を無益で不釣り合いなものとは考えてない。
ローマの弱点は弓だ。
ローマ軍には弓兵がほとんどいない。だから相手に弓兵がいる場合、射程距離で不利になって一方的にボコられることもしばしば……
だけどコイツらと同盟すればその問題は解決できる。見返りがスエビ族からの保護だけならやすいもんだ。
ここまでは皇帝ネロとしての意見だ。そしてここからは転生者ネロとしての意見だが、こいつらと同盟するのは正直怖い。
俺が死ぬ前、弓でローマ軍を苦しめるゲルマン人なんて存在しなかった。
これが不可解で仕方ない。こいつらはどっから現れたんだ?
「どうしたの怖い顔してー?」
「ん?いや……別に」
考えてもしょうがねぇ。思い切って聞いてみるか?
でもなんて聞けばいいんだ?『アンタらはいつから存在してるんだ?』なんて言ったら多分変なやつだと思われるし警戒される。
とりあえずまずは当たり障りのないことを聞いて警戒を解いてみるか。
「なあ、本当に同盟する気があるならもっとアンタらのこと教えてくれないか?さすがに名前も知らねぇ相手と同盟組む気にはなれない」
「そういえば自己紹介もほとんどしてないもんねー」
そう言うと族長は姿勢を正して、少し改まった口調で話す。
「ボクの名前はフレデリクス。年齢は34歳だよ」
「マジで!?アンタ結構歳いってんだな……」
「若く見えるでしょ?」
喋り方のせいで若く……というより幼く見えるけど、見た目は年相応な気がする。
「趣味は釣りと弓。あとは人と話すのが好きかなー」
「アンタも弓が得意なのか?」
「もちろん。ボクもグリエルムスも、弓はルドヴィクスさんから教わったからねー」
いい感じで聞き出せてるぞ。もう少し攻めた質問をしてみるか。
「普通ゲルマン人って弓使わないよな?アンタらはなんで弓を使うようになったんだ?」
「君も襲われたでしょー?あの牛の怪物」
体に雷が落ちたような感覚だ。
まさか族長がミノタウロスのことまで知ってるとは思ってもなかった。
「ミノタウロスを知ってんのか!?」
「確か16年くらい前だったかなー 突然現れてボクたちに襲いかかってきたんだよ」
「マジか!?それで?」
「最初は剣とか斧を使って戦ったんだけど、近づく前に全員潰されちゃった。だから近づかなくても攻撃できる弓にもちかえたんだー」
「それで?」
「効果は絶大。身体中から血を流して森の中に帰って逃げてったよー それ以来ボクたちは弓に守られて生きてるよ」
「なるほど」
つまりコイツらが弓を持ち出したのはミノタウロスが原因ってことだ。それなら前世で弓を持つゲルマン人がいないことも、今になってコイツらが弓を持ち出した理由も説明がつく。
なんでミノタウロスがこんなところに居るのかはわからねぇけど、とりあえず族長たちは普通の人間なんじゃねぇか?
「他に聞きたいことあるー?」
「いや、聞きたいことは全部聞いた。それと同盟の話だけど答えはイェスだ。同盟してやる」
「え!ほんとー!?」
「なに驚いてるんだ?アンタから言い出したんだぞ」
「そうだけど断られると思ってたからー」
「断らねぇよ。ただ一つ手伝って欲しい。一緒に元老院のやつらを説得してくれねぇか?」
同盟を結ぶためには皇帝以外に、元老院から承認をもらわなきゃならない。
元老院と皇帝両方の承認を得てようやく同盟が成立する。
ただ元老院はゲルマン人みたいな蛮族との同盟なんて、威厳に関わるから断固反対するだろう。
だけど元老院だって弓がローマの弱点だってことはわかってる。
さっきのレクリエーションみたいなことをすれば、元老院だって族長の実力を認めざるを得ないはず。
そうなれば同盟だって承認してくれるだろう。
「ってことなんだ。頼む、俺とローマに来て説得を手伝ってくれ」
「わかったよ。じゃあボクとルドヴィクスさんでローマに行くよー」
「グリエルムスは来ないのか?」
「グリエルムスにはボクの留守を預かってもらうよ。それでローマにはいつ出発しするのー?」
「まだ決まってねぇ。まずは野営に帰って、それから帰りの日程決めるから……早くても5日後とかになるだろうから、準備する時間はある」
「わかったー じゃあ今日はもう遅いし、ボクは帰るねー 同盟してくれてありがとう」
族長はあくびをしながら屋敷の方に歩いて行った。
『同盟してくれてありがとう』か……悪くないな。
でもこの同盟で1番恩恵を受けたのは俺だろう。この同盟は、今後俺に降りかかる数々の問題を未然に防ぐ堤防にも、新たに起きる問題に対処する切り札にもなるかもしれない。
いずれにしろ前世で持ってなかったものを手に入れたのはデカい。
やっと俺にも運が向いて来たみたいだ。
今日はもう遅いから野営に帰るのは無理だ。ジイさんの家に泊まろう。ハデスとも話しがある。




