冥王
今更ながらこの作品のジャンルが「歴史」でいいのか心配になってきた今日この頃です。
目が覚めると俺は真っ暗な空間に1人立っていた。
間が覚める?いや、そんなことはありえない。だって俺は死んだのだから。
だが胸に手を当てると心臓が元気に動いている。……ちょっと不整脈かもしれないけど。
今はそんなことはどうでもいい。これはどういうことだ?あれは夢だったのか?それにしてはリアリティがありすぎた。首を切る時にはちゃんと痛みもあった。
しばらく俺が今の状況について考えていると、暗闇の向こう側から声が響いてきた。
「ようやく目覚めたみたいだねネロ」
「だ、誰だ!どこにいる!」
「君の上だよ」
「うえ……なっ!?」
上を見上げると、なんと人が1人浮いている。腕を組み、薄ら笑いを浮かべ、さも当然といった様子で浮いている。
いやいやいや冷静に考えてそんなわけない。きっと何かの見間違いだ。暗くて見えないだけで、多分あいつは上から紐で吊されてるだけだ。それか単に高い場所にいて、それで浮いてるように見えているのかも。そうに違いない。
浮いてる男はまだ少し幼さを残す顔つきだが、容姿端麗だ。
ケントゥリオ(百人隊長)が着ているような真っ赤なマントを身につけている。その下には黒いチュニカのようなものを着ている。
容姿から推測するに年齢は俺より一回りくらい下だろう。
髪質や顔つきからギリシャ系であることが分かる。それと男の立っている場所が高台になっているわけでも、上から紐で吊り下げられているわけでもないことも分かる。
つまり……本当に浮いてる!?
「お前…浮いてるのか?」
思わず俺は尋ねた。
男は肩まで伸ばした長髪を揺らして頷く。
そしてそのままの姿勢でスーッと降りてきて、私の前に降り立った。
俺はそれを見て、驚きのあまり声が出なくなった。こんなものを見せられたら、たとえ俺がカエサルやスキピオだとしても同じ反応をしただろう。
「浮いてるのがそんなに珍しい?」
「当たり前だろ!なんなんだよお前!」
「私はハデス。冥界の管理者だよ。君はローマ人だからプルートの方が馴染みがあるかもね」
「ハデスだと?」
ハデスというのはギリシャでの呼び名で、プルートというのはローマでの呼び名だ。
ゼウスの弟であり冥王のハデスは格の高い神なのだが、神話にはほとんど登場せず、その実態はあまりわからない。しかしこんなに子供っぽい見た目だとは流石に思わなかった。去年ギリシャに行った時に見たハデスの石像はもっと冥王というイメージに忠実だった。
具体的に言うと立派な髭を蓄え、筋骨隆々だった。
「どうしたの?そんなに私の顔見て」
「いや、ギリシャで見た石像とはだいぶ違うなと思っただけだ。石像の方はなんかもっと……神っぽかった」
「えぇ!どういう意味!?本物の私は神っぽくないの?」
「そうだな。威厳が感じられない」
「ひどいよ!」
1番神っぽくないのはこの話し方だ。こんな威厳もなにもない話し方で「私ハデスだよ」とか言われても全然説得力ない。
「私も暇じゃないから、そろそろ本題に入ってもいいかな」
「本題?」
「ネロ、これだけはハッキリ言っておく。君は死んだ。それは分かってる?」
「まあ。自分で刺したわけだし、それはわかってる」
「じゃあ話が早い。単刀直入に言って君には生き返ってもらいたい。せっかく死んだところ申し訳ないけど」
「別に望んで自殺したわけじゃないぞ?」
そう。俺が自殺まで追い込まれたのはガルバの反乱が原因だ。ガルバは自分の方が俺よりも皇帝にふさわしいとかいう訳のわからない理由で反乱を起こした。
しかも元老院の奴らはその主張を認めた。ふざけんな。
その結果”皇帝に相応しくない“俺は国家の敵の烙印を押され、死刑宣告までされた。
それでさっきの出来事につながるわけだ。
このままで終われるわけない。
「俺を生き返らせるって本当か?」
「うん。君にその気があるならね」
「もちろんあるさ。今すぐにでも生き返らせてくれ!」
「生き返ったら君にはやってもらいたいことが……」
「あーはいはい。なんでもやるから。とにかく早く生き返らせてくれ!」
俺の返答にハデスは満遍の笑みを浮かべ、頷くと何かの儀式を始めた。
目を瞑り、深く息を吸い、手を羽のように広げる。
そこから勢いよくしゃがみ込み、右膝をつく。同時に左手を地面につく。
次の瞬間俺の周りの地面がうねり、炎が起こった。
やがて俺はその炎に飲み込まれ、意識が薄れていく。
最後にハデスが「今度は頑張って」と言ったのが聞こえ、そこで俺の意識は消えた。