夜の森ってちょっと怖い
森の中はとても暗い。
松明はゲルマン人に見つかる可能性があるので持ってこなかった。
だから唯一の明かりは、木々の間から差す月明かりだけで、ほとんどのものは暗闇が隠してしまっている。
だが、いくら暗闇でもこの悪臭は隠しきれない。
「うっ……クソっ。んだよ、この匂い!」
「血と肉の腐った匂いだよ」
「ヤバい……吐きそう」
酸っぱいものが込み上げて、喉を焼くのをを感じる。
喉に感じるヒリヒリする痛みを唾と一緒に無理矢理飲み込む。
気持ち悪い……最悪の匂いだ。
その匂いは森の奥に行けば行くほど強くなる。
吐き気を堪えながら奥に進むと、月明かりが反射してキラっと光る何かを見つけた。
「なんだあれ?」
「待って」
光るものに近づこうとした俺を、ハデスは腕を引っ張って止める。
「私が先に行くよ。なにかあると嫌だからね」
「今日はずいぶん心配してくれるんだな」
「君に死なれると困るんだよ。まだやってもらいたい事があるからね」
「その割には、その“やってもらいたい事”について全然教えてくれないじゃねぇか」
「教えるタイミングがないだけだよ。さっきもその話をしようと思ったらこんなことになっちゃったし。気になるなら今は私の後ろにいてね」
別にそんなに気にはならないが、安全な場所にいるに越したことはないから、言われた通り俺はハデスの後に附いていく。
ハデスは慎重に光るものの方に歩いて行く。
俺もその後を追う。
ある程度近づくと何が光っていたのかわかった。
多少予測はしていたが、月明かりが反射していたのは、やはり重装騎兵の鎧だった。
鎧の隙間からは、青白くなった肉が見える。
酷い死臭だ。
死んでるのは鎧を脱がせるまでもなく分かる。
「まあ、そうだよな……この匂いだもんな」
「ネロ、気を抜かないで。この人を殺したやつが近くにいるかも」
「確かにな。あ、そうだ!こいつの装備を使わせてもらおう。鉄製だから矢はもちろん、並の槍じゃ貫けねぇ」
「その鎧本当に信頼できるの?現にその人死んじゃってるけど」
「……でもないよりマシだろ?」
そう言って俺は死体から鎧を外す。
暗いから手探りで、ひとつひとつ固定具を外していく。
そうして全ての固定具を外し、まずは肩部を守る部分を外した。
次に腹部を守る部分を外すが、なんだか違和感を感じた。
鎧が死体に引き戻されるような変な感覚だ。
俺は暗い中、わずかな月明かりを頼りに鎧に目を凝らした。
「うわぁ!!」
「どうしたのネロ!」
俺の悲鳴を聞いてハデスが駆け寄る。
俺は違和感の正体に気づいて、驚きのあまり鎧を落としてしまった。
腸だ。
死体から出てきた腸が鎧に引っかかってたんだ。
「ハデス……腸が……」
「え?うわ!本当だね、これはひどいよ。あぁあぁ、よく見たらこの死体穴空いてるじゃん」
「穴?」
「ほら見てこれ、お腹におっきい穴が空いちゃってるよ」
確かによく見ると、死体の腹部には穴が空いている。
改めて落とした鎧を見てみると、鎧の方にも同じ大きさの穴が空いていた。
つまり何かが鎧を貫通して、身体に穴を空けたことになる。
だけどこの穴の大きさはなんだ?俺の拳の3倍くらいはあるぞ
弓とか槍じゃないのは間違いないし、多分剣でもないだろう。
――ドシン
「ん?なんだ今の音」
「わからない。でも警戒して。何かいるよ」
地鳴りのような音が俺の思考を阻害する。
それと同時に地面も揺れる。
この音……野営で聴いた音と似てる。
でも今回は音が凄く近い。
しかも音が……近づいてくる!?
地響きと地鳴りが大きくなって、森の木々が折れるバキバキという音も聞こえるようになってきた。
森の中から何かが来る!
「ネロ!来るよ!」
「わかってる!」
そしてついに俺たちの前の木が倒され、そいつの姿があらわになる。
そこにいたのは頭部は牛、身体は人間。
半人半獣の怪物、ミノタウロスだった。