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コーヒーが飲めるまで

作者: 星野紗奈

どうも、星野紗奈です。


昨年の夏頃に書いた作品が眠ったままだったので、投げておきます。

一応シリーズものとしての設定やらプロットやらがあったりはするのですが……。

先を書く目処が立たないので、ひとまず短編として。

比較的短めなので、気軽にお楽しみいただければと思います。


それでは、どうぞ↓

 ずっと、変わりたかった。怖がってばかりで人に意見を言えない、情けない自分が大嫌いだった。それでも、変わりたくて。強くなりたくて。


「……どうして、こうなった?」


 変わらない空、平穏な日常。ただ一つ違いがあるとすれば、それは自分の容姿である。なびかせていたスカートは置いてきた。揺らしていたおさげはしまい込んだ。


 むしゃくしゃして勢いのままに挑戦した男装姿で街を歩けば、すれ違う人々の視線がやけに痛く刺さる。女だと、ばれているのだろうか? 馬鹿にされてはいないだろうか? 家を出る前に鏡で見た時はあんなに平気だったのに、今は心臓の音が全身に木霊する。


 堂々巡りの不安に苛まれていると、ふと小ぢんまりした喫茶店が目に入った。中の様子を盗み見ると、どうやら客はいないらしい。


「……ちょっと、休憩しよ」


 ドアベルを合図に、耳からレトロな音楽が流れ込む。四人掛けの席に案内した店員は、自分が席に着いたのを確認して、そのまま流れるように口を開いた。


「ご注文は」


 聞かれた後にメニューを開くのは気まずい。それに、自分の対応をしてくれている店員を待たせるのも申し訳ない。焦る中でそんな考えが浮かんでしまったのがいけなかった。


「こっ、コーヒー、を一つ」


 喫茶店にありそうなものと考えて、真っ先に思い浮かんだのがそれだった。つい口に出してしまったが、実はコーヒーなんて苦くて飲めやしない。


「コーヒーをお一つ、でよろしかったですか」

「ぁ、はい」


 かといって一度言ったことを撤回するのもなんだかおかしいような気がして、結局注文を変えることは出来なかった。


 コーヒーが提供されるのに、そう時間はかからなかった。一瞬、今の自分なら飲めるのではないかと思いカップを持ち上げたが、湯気にのって香る苦さは、やっぱりまだ好きにはなれなかった。カップをソーサーに戻すと、自分はテーブルにだらしなく頬杖をついた。


 曇天を背景に窓に写る自分の姿を見て、ため息を洩らす。男装をするのは初めてだが、まじまじと見られなければ男だと認識されてもおかしくない出来のはずだ。しかし、半透明な自分の曇った表情にはまだ女々しさが残っており、擦ったらすぐにこの世界から消えてしまいそうだった。弱い自分は嫌いだ。それを情けないと思ってしまう自分も嫌いだ。こうやって変われない自分は、もっと嫌いだ。


 そんなことを考えていると、ぼんやり眺めていた窓の向こう側で人影が動いているのに気がついた。眼鏡をかけた若い男性が、女性に付きまとわれているようである。大変だなと他人事に思っていると、ふと男性と目があった。彼がこちらに向かって歩いて来るのが見えて、胸がドクリと鳴る。店の入口で女性に何かを告げ強引に別れたかと思うと、男性は何でもないような顔で自分の向かいに座った。それを横目に見ていた店員が、平然とした顔で席にやって来る。


「ご注文は」

「紅茶でお願いします」


 湯気の薄くなった自分のコーヒーを数秒見つめた後、男性は微笑みを携えながら慣れたように店員にそう告げた。店員が去って行き、自分はようやく彼に話しかける勇気を出した。


「あの、ここ、俺の席なんだけど」


 変に力んでしまった声を聞いて、男性は眉尻を下げ、さも困ったという顔をして見せた。


「ああ、ごめんね。少しだけ協力してもらえないかな」

「協力?」

「あの女性にしつこく付きまとわれていてね。友人を待たせているからと言って、ここに逃げ込んで来たんだ。ほら、まだあそこにいるでしょ?」


 男性が指さした方には、確かに先ほどの女性がおり、ちらちらと自分たちの様子をうかがっているようだった。


「友人のフリをしろ、ってことか?」

「そうなるね」


 自分の問いかけに答えながら、男性はコーヒーカップを引き寄せ、優雅に飲み始めた。


「それ、俺のっ」


 思わず立ち上がろうとしたとき、彼はそれを宥めるように、店員が運んで来た紅茶を自分の方へと誘導した。


「どういうことだよ」

「コーヒー、飲めないんじゃないの?」


 そう指摘されて、自分はぎこちなく肩を揺らした。それでも意地を張るのを止められず、自分は不貞腐れながら言い返す。


「……悪いかよ」

「頼んだものを口もつけずに残すのは、客としてあまり良くない気はするかな」


 にこりと笑顔でそう返され、ぐうの音も出ない。自分は力なく座り直した。男性は眼鏡を軽く押し上げると、「まあ、君は悪意があったわけじゃなさそうだけど」と言いながら、またカップに口をつけた。


「紅茶は飲める?」

「……ああ」


 助かったのは事実なので、苦々しい思いで自分は頷いた。温かい紅茶が喉を抜けると、少しだけ力みが緩んだような気がした。


「ところで君、無理しなくてもいいんだよ?」

「コーヒーのことなら、悪かったよ」

「そうじゃなくて、その話し方」


 自分はまた小さく肩を揺らした。彼は言いたいことが伝わっていないと勘違いしたのか、目を丸くしながら直球を投げてきた。


「君、女性でしょ?」


 言い当てられて、自分は咄嗟に俯き黙った。恥ずかしさ、惨めさ、恐ろしさ。様々な感情が入り乱れて喉の奥から這い上がってくる。自分はそれをどうしたらよいのかわからず、気がつけば「どうして」と小さく呟いていた。


「どうしてだろうね。女の勘、かな」

「はは、冗談を」

「うーん、決定的な証拠を掴んでいたわけでもないし、あながち間違いじゃないんだけど」


 目の前の男性はまた呑気にコーヒーを啜っている。その時、パニックで暗転している脳内で、一つの違和感が白く浮き上がった。


「……え、冗談、ですよね?」


 男性は本当にわからないといった様子で、「何が?」と言いながらこてんと首を傾げた。自分は頬をひきつらせながら、聞き返す。


「さっき、『女の勘』って」

「……ああ、女だからね。私も君と同じだよ」


 自分は思わず叫びそうになったのを、まだ熱い紅茶を流し込んで抑えた。目の前の人物は、それを見て楽しそうに笑っている。


「まさか、こんなところで自分と同じような人を見つけるとは思わなかったよ。これも何かの縁だし、ぜひ友達になってくれないかな」

「友達って……名前も知らないのに?」


 自分の言葉を拾い上げて「それもそうか」と呟くと、その人は改まった目で向き直った。


「私は井田蜜柑(いだみかん)。十七歳、高校三年生だ。さっき言った通り、男性らしい恰好はしているが、実際の性別は女性だ。この姿の時は……そうだな。リュウ、とでも呼んで」

「……なんでリュウ?」

「かっこいいでしょ? 龍」


 さっきまでの大人びた雰囲気とは打って変わって、リュウは子供っぽくそう言った。自分が呆気に取られていると、「それで、君は?」と催促される。自分の発言によりこういう流れになってしまった自覚があるので、何とか覚悟を決め自分は言葉を発したのだった。


「名前は、葉桜桃(はざくらもも)、です。えっと、十五歳で、高校一年生です。呼び方は、特に」


 自己紹介を終えると、リュウはまじまじと自分を見つめてきた。唐突な行為にどうしたらよいのか分からず目を逸らせずにいると、暫くしてリュウはようやく口を開いた。


「オサム、とか?」

「オサム、ですか。 なんというか、ちょっと古臭くないですか……?」

「そうかな? 君って真面目で頑固そうだし、ぴったりだと思ったんだけど」

「……今のってただの悪口ですよね?」


 そう言って睨みつけてみたが、リュウは微塵も悪気がないといった様子で「何が?」とだけ返すと、再びコーヒーカップを傾けた。仕方がないので、自分も不貞腐れた感情を紅茶と一緒に飲み込んだ。


「ところで、リュウさんはどうして男装を?」


 連絡先を交換した後、どんな話をするべきか分からず、自分は咄嗟に手近な話題を振った。すると、リュウは何か考え込むような仕草をした後、わざとらしい笑みを浮かべた。


「……そういう込み入った話は、また今度にしない? ほら、私のコーヒーもそろそろ尽きちゃうし」

「本当にマイペースだな、この人……」

「まあ、また困った時には連絡してよ。飲めないコーヒーを頼んじゃった時とかね」

「今わざわざその話を掘り返すのって、悪意がありますよね? ねえ?」


 笑い声を洩らすリュウの様子に、さっきのようなわざとらしさはなかった。しかし、自分の目が間違っていたとも考えられなかった。きっと、リュウにも人に踏み込まれたくない部分というのがあるのだろう。


「じゃ、僕はそろそろ行くよ。またね、オサムくん」


 考え事に耽っている間にリュウは冷めたコーヒーを飲み終えたようで、テーブルに金を置くと間もなく去って行った。その背中を黙って見送りながら、自分は少し先の未来を想像していた。コーヒーが飲めるようになった日には、少しは彼のことがわかっているのだろうか。窓の外は変わらず曇天である。しかし、もうすぐ雲が流れ出しそうな予感がした。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました~!

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