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首都ミシュアル

「あんたの組織には何人いるんだ?」

俺はアユブに聞いた。

「組織…聖協会のことでしょうか。

私のような立場の人間は50人ほどいます。

あちらこちらの村や町をまわって、布教をしたり、必要な奉仕活動をしています」

「ほう」

俺は頷いた。

「いいだろう。

あんた達のよく分からないお願いを聞いてやってもいい。

ただし、条件がある。

それはこの世界のどこかにいる沢山梨花という女性を探し出すことだ。

そして俺の前に連れてくること。

全力で探してくれると約束するならば、俺はあんたの言うことを聞いてやってもいい」

「おお!受けてくださるのですか!」

「いや、条件をのんでくれたらだよ」

「もちろんですとも!

私ども聖協会にかかれば、必ずやご期待に添うことが出来るでしょう。

少なくともあなた一人が行動するより、ずっと効率的であることを保証いたします」

そして、アユブは少しだけ考え込んでいた。

「私としてはできる限り早く、首都ミシュアルに行きたいのですが、ナオヤ様も予定やご準備がございましょう。」

「首都?」

「ええ。この世界の半分以上が住む首都ミシュアル。

神官様にお会いしましょう。

そこでもう一度、その沢山梨花様の探索をお願いしてください。

私が奏上するより、あなた様が直接頼んだ方がきっと熱心に彼女を探し出す手伝いをしてくれるでしょう」

なるほど、それは道理だ。

「別にそれほど時間は必要ない。

本当に何一つ持ってないんだ。

荷物もない。何もない。

特に予定も準備もないんだ。

あ、でも挨拶はしておきたいかな。

数日世話になったから」

俺はハーニウに説明し、ここを出て行くことを告げた。

「短い間でしたが、ありがとうございました」

「ああいや、こっちこそ勝手に服を売り飛ばして悪かった」

そして、ジューリーの手を握った。

「ありがとう。ジューリー。

おかげで今、生きている。少しだけ希望も見えた」

「お兄ちゃん、どこか行くの?」

「うん…正直よく分からないが、誰かが俺を必要としてくれるのなら、行ってみるのもありだろう」

「うん」

「あのさ…俺が寝ている間、ずっと慰めてくれたのは君だよね」

ジューリーは小さく頷いた。

「とても辛そうだったから」

「もう一度ありがとう。

慰めてくれて嬉しかった。だから、きっと…」

俺はこの小さな女の子に何かお礼をしたかったのだ。

しかし、俺は文無しで、自分のことすらままならない。

だから、それ以上何も言えず、口を閉じた。

「じゃ、行ってくる」

歩きだして、俺は靴さえ持っていないと気づいた。

ここ数日ずっと裸足だった。

でもみんな裸足だったし、そんなものだと思っていたのだ。

しかし、旅となるとどうなのか。

気づくと足には火傷の痕があった。

(熱湯が落ちたときの火傷…)

さして痛くもなかったが、ときどきヒリヒリしていた。

それに何か違和感を感じたが、考えるのはやめた。

 村から少し歩くと馬車が止めてあった。

馬車と言っても、引くのはラクダのようだった。

その上、荷車みたいに見えた。

一頭のラクダと小さな箱に車輪がついたもの。

屋根もない。ぎりぎり二人乗れるという感じだ。

まあ、道ではないのでガタガタと車輪はゆがみっぱなしだし、ときどき車輪が石に当たるたびに変な方向に飛んでいく。 

俺はラクダを見たことがあるけれど、車を引くラクダは見たことがない。

だからこの生き物はラクダではないのだろう。

とはいえ、裸足なので乗り物はありがたい。

見わたす限りの岩地…薄暗い世界だ。

「首都ミシュアルまでは三日ほどかかります。覚悟してください」

確かにラクダ車に三日乗り続けるというのは思ったより大変だった。

俺は乗り物酔いはしない質だけれど、何度か吐いた。

少し慣れてきたのは一日経ったころだった。

食べ物は固いビスケット。

ビスケットはありがたかった。

他の食べ物に比べて消化がとてもいいからだ。

とはいえ、元の世界の災害用の乾パンより、ずっとまずい。

ときどき、火山から何かが降ってきて、体に当たる。

軽石とか、灰とか。

「私が成人の日を迎えるまでは、こんな世界じゃなかったんですよ。

十年くらい前までは」

とアユブが言った。

「明るくて、果物がたわわに実っていて、小麦の畑がありました。

ところが突然、大地震が起こり、体が投げ飛ばされたような感覚がありました。

気がついたとき、周りにはほとんど何もありませんでした。

あんな大きな火山はそれまでありませんでしたし、周りの風景も全くの別物でした。

あの惨劇は大災害、とだけ呼ばれています」

静かな口調だった。

「同じように被害に遭った人が集まり、そこが首都ミシュアルになりました。

みんな、どうやって生きていけばいいかさえ分かりませんでした。

私はそのとき聖協会に入り、この世界を元に戻す方法を探しているのです」

俺はしばらく黙ってそのことに思いをはせていた。

「言いづらいんだけど」

俺は言った。

「それって、天災の一つじゃないかなぁ。

何もないようにみえて、そこは当時、活動していない火山があったんだと思う。

大きな火山性地震が起きて、溶岩がたくさん流れて、植物が死滅した。

果物の木も、小麦畑も、全て焼けてしまったんだ。

そして、溶岩や火山灰のせいで、草も生えないような痩せた土地になってしまった。

同じようなことは地球で何度も起きてきたことだ。

それは天災だと思う」

「だから?」

アユブが聞いた。

「いやだから、天災だったんだからさ、人間には何も出来ないと思うんだ。

誰にもどうともできないと思う。

唯一出来ることは、ここから逃げることだよ。

火山の影響のない場所に逃げることだ。

そこには果物の木も生えるだろうし、小麦畑が作れる場所もあるだろうよ」

「いいえ。それは出来ません」

「なんで?」

「この世界はあなたの言っている世界よりずっと小さいんです。

私たちは火山の影響の出ない場所を探しました。

しかし、なかった。

あちこち歩き回って、大きな壁のようなもので覆われていることを知りました」

壁…とな?海ではなく。

「壁の向こうには何かあるかもしれないじゃないか」

「そう思った人間は何人かいました。

今だって多くの人が壁を登る作業を繰り返しています。

しかし意地悪な構造をしている上に、落石も多いのです。

あの壁は人がが作ったような生やさしい壁ではありません。

それに…大災害の前には壁など存在しなかったのですよ?

なにかの悪意としか思えない」

閉じ込められた世界。

そこにあらわれた火山。

そして、できあがった地獄のような風景。

「それが本当なら、詰んでるな」

「いえ、詰んではいませんよ」

「何か策でもあるの?」

「おそらく、神官はあなたに壁を探索してくださるよう頼むでしょうから」

俺は笑った。

それをどうにか出来るのが俺だって?

「本気で言ってんの?」

「もちろんですとも。

何のためにあなたをお迎えに上がったと考えているのですか。

あなたしか頼れないと思ったからです」

「それは神様のお告げか何か?」

「そう言えるかもしれません」

アユブは少し考えてから言った。

「私は使者です。

使者とは預言者の言葉を守ったり、人に伝えたりする人のことです。

預言者とは少しだけですが、この世界と話が出来る人だと言われています。

預言者である神官ターハーは言いました。

シャアバーンの近くに飛ばされた異邦人なら、あの壁をなんとかできるだろうと」

俺は困ってしまった。

本当に俺は何も出来ないのだ。

シャアバーンにいたときさえ、腕力はハーニウより弱いんじゃないかと思っていたくらいだ。

「もしかして、シャアバーンには俺以外の異邦人もいたんじゃないか?

もうちょっと探索してからの方がよかったんじゃないのか?」

「いえ、間違いありません。

会った瞬間確信をいたしました。この人に間違いないと」

その目が節穴じゃなければいいんだけどね。

「さ、もう少しで首都に着きます。

少し見えてきたでしょう?

ここが世界で一番大きな都市ミシュアル、たくさん人が見えます。

アユブが指さした先は確かに都市らしきものがあった。

真ん中に城のような大きな建物が建ち、その周りがスラムみたいになっていた。

「何人くらい住んでいるの?」

「おそらくですが、一万人ほど」

それは都市とは言わないけど、という言葉は飲み込んだ。

「あの城に王様が住んでいるの?」

「王様ではありません。聖協会ですから、神官がいます」

「…金持ちがいるって聞いたけれど」

「どこの世界にも金持ちと貧乏人はいるものです」

馬車は都市に入っていった。

少なくともシャアバーンに比べたら、多少の活気はあった。

あの村は本当に、みんな死んだような目をしていたからな。

ジャジャばっかり食べていたら仕方ないかもしれないが。

馬車が通る道にはいろいろな店が並んでいた。

寝具を売る店、大工用品を売る店、剣や槍などの武器を売る店、服を売る店、食べ物を売る店。

服装も、少なくともシャアバーンよりはまともだったが、それでもほとんどの人の服は薄汚れていた。

アユブは大きな建物の隣にある、宿舎のような場所に入った。

「私の家です。広くはありませんが、客人が眠れるくらいの大きさがあります。

狭いですがお風呂もありますし、着替えも用意できます。

それから食事をいたしましょう」

たった、3日。されど3日である。

俺はへとへとだった。

しかし「風呂がある」というそれだけで、生き返るような気がした。

アユブは使者が使うという宿舎の一番奥に案内してくれた。

 この建物は外の世界とは段違いにきれいだ。

清潔でもあるし、造りも非常にしっかりしている。

石材の建物だが、屋根も床も壁もしっかり石で造られた建物を、この世界で初めて見たかもしれない。

中は単身用のアパートみたいな造りだった。

いや、実際単身用アパートなのだろう。

ドアを開けた瞬間、騒がしい生き物が急に現れた。

「おかえりなさい。アユブ。

無事に帰ってくれてよかった。

ずっと待っているの疲れちゃったんだもん。

ね、ご飯にする?お風呂にする?

そ・れ・と・も♡ボクといいことする?」

そいつは小さな妖精みたいに見えた。

体長は10センチあるかないかという小さい生き物である。

髪の毛は派手な水色で、おかっぱみたいな髪型だ。

もこもこの白い毛玉みたいなもので首や胸、おしりなんかを隠していた。

「こいつ、誰?」

俺とその変な生き物はお互いを指して、同時に声を出した。

「あ…はい。今から紹介します。

ああ、ルゥルゥ。

だからお客人を蹴るのは止めてください。

ナオヤ様も応戦なさらないでください」

アユブの説明によれば、この小さい生き物はルゥルゥという名前で、おそらくは妖精なのだという。

アユブも初めて見る生き物なので、本当の分類はどうなのか分からない。

数年前からなつかれて、この部屋に居候しているのだという。

「で、事実上の妻と」

「違います!使者は妻帯を許されていませんし、そもそもこのルゥルゥは性別がありません」

まあ最近、性別で恋愛を語ってはいけない雰囲気だし。

「別に俺としてはアユブの妻でも愛人でも構わないけれど…」

「そうだよね、ボクの魅力があれば、男でも女でもメロメロだよね。

うん、ナオヤは分かってる。

特別に考えてあげてもいいよ。

ま、ボクの愛は一番目をアユブにささげてボクの愛妻なので、第二夫人でいいならそれで」

誰が夫人だよ?

「あんまりふざけているとこの部屋から叩き出しますよ?」

アユブが机をこぶしで叩いた。あ、本気で怒ってる。

「じゃ、冗談はこのくらいにして、お風呂使わせてもらえますかね?」

コイツはあんまりいじるとダメなタイプだ。適当に切り上げるとしよう。

「案内します」

アユブは部屋を案内してくれた。

部屋は二部屋とトイレがついていた。

ちゃんと水洗だ。少しだけ感動する。

お風呂は共同で五右衛門風呂みたいな設備で、燃料を入れて沸かしてくれた。

燃料は動物のフンだという話を聞いて軽いカルチャーショックを受けた。

まあそんなことはどうでもいいや。

「ぐはー。天国…」

今まで風呂なんて面倒くさいだけだと思って、さして好きな方ではなかった。

汗をかいたときにシャワーを浴びて、別にそれでいいやみたいな性格だった。

それが文明とかかけ離れた場所にずっといると、風呂ってすばらしいと実感できる。

どんなにすごいことだったか分かる。

何しろここの水道は透明だ。

泥水じゃない。飲んだら美味しい!

風呂から上がったら、きれいな布が置いてあった。

アユブが着ていた服とよく似ている。

多分だけど、インドのクルタって服に似ているんだと思う。

形はシンプルだった。

そう言えば通行人も同じような服を着ていた。

男女で違いもなさそうだ。

涼しくてリラックスできそうだ。

着替えがすんだら、飯の支度が出来ていた。俺が感動したのはなんと言っても新鮮な肉。

「うめえっっ」

何の肉かは知らない。

「魔物の肉です。

火山に近い場所にはあまり出ませんが、遠いところには魔物が出ます。

今回はお金で購入しましたが、旅などに出ると私も、自分で倒して、自分で捌いて食べたりしますね」

「うまいからいい。

魔物と言わずにこれを家畜にしていつでも食べられるようにしたらいいんじゃないかなぁ?」

「…凶暴でして、なかなかそれは難しいかと」

アユブが笑った。

「ホント、アユブは何でも出来ちゃうんだよねえ。

ボク、惚れ直しちゃったぁ」

ルゥルゥがほざいていた。

「疲れたなら眠ってください。

明日の朝一番に、神官ターハー様との面談を予約してあります。

今はきちんと休んでください。

明日、神官様ときちんと話し合いをするために」

アユブが用意してくれたベッドは前の世界と同等のなかなか立派な寝具だった。

 しかし、これが身分の高い人間と低い人間の差、なのだろう。

清潔な服、美味しい食事、透明な水、ふかふかの布団。

シャアバーンの村と比べるのも可哀相なレベルだ。

 神官というのはどういう人なのか。

俺のことはきちんと人間として見てくれるのか。

色々心配ではある。

でも、俺は梨花と会わなくてはならない。

梨花ならおそらく元の世界に戻る方法を知っているだろう。

(しっかしホント、布団って気持ちいい…)

そんなことを思いながら、ここに来てから一番深く眠った。



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