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お前ら、嫁に殺されたことある?

お前ら、嫁に殺されたことある?

いや、俺はさ、勘違いしていたのかもしれない。

色々あったけど、幸せの絶頂にいると思っていた。

だって、結婚式終わったばっかりだったんだぜ。

まあ、確かに結婚式ってのは面倒くさいものなんだよ。

親戚の関係がどうのでもらっても絶対嬉しくないようなくそ重たい引き出物を用意したり、嫁は嫁で

「一生に一度の思い出なんだから」

とか言い出して、要望が出てくるわ出てくるわだし、上司の誰を呼ぶなら、この人も呼ばなきゃダメだとか、嫁の友達と人数をある程度合わせろとか、まあ頭がふやけそうだよ。

 式が始まったら式が始まったで、親戚中の男ども全員と乾杯して飲まなきゃならない。

まあ未成年なんで形だけだ。

ノンアルコールのビールをすべてバケツに捨ててしまったけれど、それでも「こんな日くらい飲め」とか言ってくるおっさんはどこにでもいるもので、からまれて大変だった。

 そんな重労働を高卒社会人一年目で大変な俺がなんとかこなしただけでも、自分を褒めてやりたいほどだった。

まあそんなことはどうでもいいんだ。

何より俺は幸せだった。

嫁は梨花って名前だったんだけど、そりゃもう可愛くて、何より性格がよかったからな。

幸せそうによく笑う女だったんだ。

それが何の因果か俺に惚れ込んで、周りからバカップルって呼ばれるくらいだったんだぜ。

中学生のときからだから足かけ4年はつきあっていた。

 で、…なんだほら、仲が良すぎたもんだから…赤ちゃんが出来ちまって。

それで俺からプロポーズしたわけだ。

まあ…ちょっとばかり若いけれど、珍しい話じゃない。


 式が終わって、市内で一番のホテルに移り、俺たちは疲れ果ててとりあえずソファに沈み込んでいた。

「疲れた…」

言葉がそれしか出てこないって感じでさ。

「でもあれは良かった」

梨花が言った。

「ヴァージンロードで父親の腕に支えられて、みんなの前を歩くの。そんで、その後で直也に手を渡されて、これから夫に渡します、みたいなシーン。

リハーサルも何もなかったから緊張したけど、あれは最高だったよ。

花嫁の真骨頂」

教会式だったからそんなこともした。

俺はじーっと待っているだけの暇な役だったんだけど、確かにあれはきれいだった。

親戚の小さな子供が花を撒いてくれるのも可愛かったしな。

「ん…まあ、きれいだったよ、うん」

それは事実だ。梨花は可愛かった。

「お腹すいた…」

「何だよ、結局食べなかったのかよ」

「直也は別に食べてもいいけどね。

新婦はそんな食べるなって言われるの!

私がナイフをつかむたびに、お母さんの目が光るんだよ。

食欲なくすよ、あれは」

「それはご愁傷様」

「でさ。さっきルームサービスとったんだ。

このホテルの紅茶、イギリスのなんとか?って紅茶ですごく美味しいんだって。

スコーンとかも名物なの。

直也も食べるでしょ?」

「まあ…ちょこっと」

俺のお腹は満腹だ。

紅茶はともかく、スコーンは無理だ。

でも、このくらいの贅沢は悪くない。

今日一日なのだ。

一泊二日のささやかな新婚旅行は予約してあるけれど、妊婦である梨花にあまり無理はさせられない。

せっかく一番いいホテルに泊まったのだから、今日だけはゴージャスにいきたい。

自分でティーバッグを煎れるとか、そんな貧乏くさいことはしたくない。

 あと数時間経ったら、ホテルでディナーを食べて、その後は…まあ、むふふってヤツだ。

え?初めてでもないだろうって?

そりゃそうだが、俺の嫁である梨花と初めてなんだから、それはそれで大事に決まっているだろう。

このところ、ご無沙汰だったんだ。

大丈夫。妊婦との正しいコミュニケーションはしっかり予習済みだ。

体位だってバッチリだ。

ピンポーン

ベルが鳴る。

「あ、ルームサービス来た」

「俺が行くよ」

立ち上がってドアを開ける。

大きなお盆に乗せられた二人分の紅茶を受け取る。

そして振り向いたときだった。

自分が何を見ているのか分からなかった。

それが本当に梨花だというのも理解するのに数秒かかった。

それくらい恐ろしい表情をしていたからだ。

そして、真上に振り上げられた大きなナイフ。

あんなナイフ見たことがない。

包丁なんかよりずっと大きい。

そして多分、人を殺すのに包丁より適している。

そういう機能的な光を反射していた。

そのナイフが俺の腹に向かってまっすぐ落ちてくる。

俺はお盆をもったまま、それをどうしたらいいかさえ分からなくなっていた。

ナイフが刺さる。お盆が落ちてティーセットが落ちていく。

熱湯が足にかかる。

腹から赤黒い血が吹き出る。

「何で…」

分からない。今、何が起きているのか分からない。

一度ではなかった。ナイフは腹に何度も突き刺されている。

グサリ

「きゃーーーーーーっっっ」

誰かの悲鳴が聞こえていた。

梨花ではない。

他の誰かだ。

多分ティーセットを持ってきたホテルの従業員だ。

グサリ

また腹に刺さる。絨毯が赤く染まっていく。

グサリ

もう、俺は目が見えない。まっ白になってしまっている。

グサリ

(何で…)

それももう、声には出来ない。

グサリ

ああ、ティーカップと絨毯、弁償しないといけないんだろうなあ…

そんな馬鹿な考えが、この世界での最後の思考だった。


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