8.神童VS忌み子
公爵の提案で急遽試合をすることとなった私たち。
あの大貴族であるアルガモン公爵が推薦したいというほどの人材。そんな人に私が敵うという自信がない。
でも、ここでやらなくてはエドモンドさんの顔を潰してしまう。私の心臓はバクバクと音を奏でて、その足取りは重かった。
「アレス、大変なことになったわね」
「えっ? なにが?」
「なにって、今から試合するのよ? 私たち、そんな経験ほとんどないじゃない」
「あー、そういえばそうだったなぁ。まぁ、魔物の相手と一緒じゃね?」
そう思いたいけど、魔物って知能も何もあったものじゃないし、加減もしなくて良かったじゃない。
アレスはこんなときも呑気ね。なんで彼は緊張しないのかしら。
「まー、爺さんが負けないって言ってくれたし大丈夫なんじゃないかなぁ」
「誰と戦うのかもわからないのに、そんな楽天的になれないわよ……」
そうは言いつつもアレスの言葉は力になる。背中を支えてくれている感じで心強い。
なんだか大丈夫そうな気がしてきた。って私も大概単純よね……。それくらいで緊張が解けるんだから。
「エドモンド様、大丈夫なんですか? アルガモン公爵が逸材と認めたほどの者と、お二人をいきなり戦わせるのはいささか危険なのでは? あの方は国中の実力者から将来有望な人間を選んだはずです」
ちょっとクラウスさん、怖いこと言わないでよ。
せっかく、覚悟が固まったというのに。
でも、そうよね。大賢者の弟子にしたい人だもの将来有望な才能豊かな人に決まっているわ。
私たちと真逆の人間。明るい未来を約束されている……。
「大丈夫じゃよ、クラウスくん。見たじゃろう。“属性の限界突破”が使えればちょっとやそっとの才能じゃ歯が立たん」
「ちょっとやそっとの才能だといいんですけどね。どうやら、悪い予感が当たってしまったみたいです」
ちょうどコロシアムに着いたとき、クラウスさんの視線はその中心に立っている身なりのよい少年に向けられる。
腰にはサーベル。どうやら剣士みたいだ。てっきり大賢者の弟子志望者なのだから、魔術師かと思っていた。
年齢は私たちと変わらないように見える。育ちが良さそうな顔つき。おそらくは貴族なのだろう。
「あの少年を知っておるのか?」
「ええ、同僚です」
「クラウスさんの同僚って、宮廷ギルドの?」
「はい。彼は魔法剣士カイン。子爵家の次男でして、三年前に最年少で宮廷ギルド入りしました。その才能は確かでして神童と呼ばれています」
冒険者ギルドの中でも最高峰である宮廷ギルドにはトップクラスの実力者しか入れない。
そのため私たちみたいな若い人材はほとんどいないのだ。
それも三年前ってことは十二歳でしょ。それで宮廷ギルドに入り得る実力って天才なんてものじゃない。
神童と呼ばれるのは当然ね。とんでもない才能だわ。
しかも子爵家の生まれ……。私たちとは血統からして違う。
「すまないね、カイン。ちょっとした余興に付き合ってもらうよ」
「公爵様がお望みならいくらでも。しかし拍子抜けしましたよ。まさか、あの弱そうなのが俺の相手ですか?」
「そのとおりだ。二人相手だが構わんだろう? 良いハンデだとは思わんか?」
「ええ、それでも不足でしたら右手を使わないであげますよ。ははっ……!」
こちらを完全に見下したような目で見るカインという男。
どうやら二対一で戦ってくれるらしい。それでも宮廷ギルドの人間が相手。私たちのいたギルド員のトップと同等以上の実力なのは間違いない。
今までの私たちなら勝てる見込みはゼロに等しいだろう。
「ルールはこのリングから落ちるか、降参したら負け。それでどうだ?」
「良いじゃろう。二人とも、ワシが教えたことを活かせ。それだけで勝てる相手じゃ」
「自信はないけど、頑張ります」
「教えたこと? ええーっと、なんだったっけ?」
コロシアムのリングに上がる私たちとカイン。
クラウスさんは彼を魔法剣士と呼んでいた。てことは、剣も魔法も使えるってことよね。
どちらが得意なのかはわからないけど、注意しなくては……。
「やぁ、平民ども。生意気にも大賢者様の弟子らしいじゃないか。君らみたいなのは地べたを這いつくばっていればいいのに、虫唾が走るとはこのことだね」
「はぁ? なんだと? 貴族だからってなにを言っても許されると思って――。ぐっ!」
「アレス!」
ほとんど見えなかった。気付いたらアレスがカインの左拳で腹を殴られていたのだ。
ものすごい力ね。体格的にはアレスのほうが大きいのに、数メートル吹き飛ばされてしまった。
(自信満々な表情をするわけだわ。しかも右手はポケットに入れて剣も抜いてない。完全にナメられているわね)
思った以上に強力な一撃をもらって、アレスは苦しそうな顔をしている。
「は、ははは、俺に生意気な口を利いた平民はすべて這いつくばっていればいいんだ。それにしてもそっちの女! お前、薄情だな。男がやられて駆け寄りもしないのかよ?」
「……別に、アレスはこれくらいでへこたれないのを知ってるから。それにあなたがスキだらけだったから」
「――っ!? つ、冷たい! な、なんだ、この腕は!」
「氷結……!」
覚えたことを全部出す。エドモンドさんの指示はそれだけだった。
私は腕を氷に変化させて素早く彼の左腕を掴んだのだ。
エドモンドさんは言った。この手に掴まれたものに氷属性の魔力をそのまま侵食させるだけですべてを凍らせうる強力な技となると。
その言葉は嘘ではなくて、カインの腕はみるみるうちに凍りつく。彼は予想外の攻撃に狼狽えて、顔を青くしていた。
「ふざけるな! 化物!」
「――っ!?」
またほとんど見えなかった。なんて早い抜刀。
私の氷の腕が天を舞う。不思議と痛みは感じない。
どうやら右腕が氷そのものなのでダメージはないらしい。
そして驚くべきことに魔力を集中させると、氷の右腕が元通り再生したのである。
(これは確かに化物かもしれないわ)
「この俺に剣を抜かせたな! たかが平民風情が!」
「きゃっ!?」
激高したカインが剣を振り下ろすと闘技場が割れて私はその風圧だけで吹き飛ばされる。
ダメだわ。さっきはスキをついてなんとか触れることができたけど基本的なスペックが違いすぎる。
彼が油断しているときが勝つチャンスだと思っていた。
でも、彼が怒りに任せて本気を出した瞬間にそのチャンスは潰えてしまった。
「くたばれ! 平民!」
起き上がろうとした私の前にサーベルを振り上げたカインが迫る。
これはもう無理かもしれない。エドモンドさんには申し訳ないけど、私は……。
「アーシェに手を出すな。貴族!」
「がああああっ! 熱い! な、なんだその腕は!?」
炎を迸らせて、アレスがカインの腹を殴りつける。
カインは燃え上がる腹を押さえながら数歩、後退りして苦悶の表情を浮かべた。
アレス、よくもまぁあの素早い動きに対応できたわね。
彼と一緒に戦ったことはないけど、もしかして彼は私の思っている以上に強いのかもしれない。
「大治癒魔法! ……はぁ、はあ、はぁ」
あれだけ剣を扱える上に、高位の治癒魔法まで……。
この人はやはり凄い才能があるんだ。
私によってつけられた凍傷とアレスによってつけられた火傷。そのどちらも一瞬できれいに治療が完了していた。
これで勝負は振り出し? いえ、手の内を晒した分、私たちが不利かも。
「俺は子爵家のエリートだ! 大賢者の弟子となり、英雄になるのは俺なんだ! 平民風情が俺の夢に踏み込むな!」
怒りと屈辱に打ち震えながら、空中へとフワリと浮かび上がるカイン。
超高等魔法の飛翔魔法までマスターしているの? この魔法って風系統と炎系統を同時に使えるくらいの器用さがなければできないという熟練の魔術師でも難しい魔法だったはず。
「全部吹き飛ばして終わらせてやるよ。平民ども!」
空中へと浮かび上がったカインは両手を天に掲げて、魔法陣を展開させる。
そこから放たれたのは巨大隕石だった。
エドモンドさん、どういう根拠があって負けないなんて言ったのよ……。