7.アルガモン公爵
「エドモンド様、二度と馬車の中で修行などさせないでください。二度と、ですよ!」
メラメラと燃え上がる馬車を見つめながら、クラウスさんは涙目になっていた。
あれから私は氷の右腕の形状の変化を覚え、次はアレスの番になり、彼もまた私と同様に右腕が炎となる。
だが、それがいけなかった。アレスの右手に蓄積していた魔力は私のそれを上回っており激しく燃え上がったのだ。
それを見ていたクラウスさんが慌てて私たちを外へと逃して、馬車は炎上。そしてこの惨状である。
「ほっほっほ、アレスちゃんの右手の刻印はワシの魔力を以てしても流れを完全に整えるのは無理じゃった。暴走が強すぎる」
「じゃあ、俺はアーシェみたいにはなれないのか」
どうやらアレスは私と事情が違うらしい。
そういえば、彼は私と違って一切魔法が使えない。魔力が乱れていて魔法適性がゼロと言われていたし。
期待に胸を膨らませていたアレスは少しだけ残念そうな顔をしていた。
「いやいやそうではない。むしろ、右手に凝縮しとる魔力が強いから腕自体にはアーシェちゃん以上のとんでもない力が宿っとる。武器を使って、その力を付与すれば凄い戦士になれるじゃろう。魔法の修得は難しいかもしれんがのう」
「全然わからん……」
アレスにフォローを入れているつもりだろうが、エドモンドさんの言葉が難しくて彼は理解できていない。
まぁ、私もほとんどわからなかったから彼を笑えないんだけど。
とにかくアレスにもちゃんと力があって、それを活すことができると言っているように聞こえるわ。
「その証拠にアレスちゃん、君も腕を炎に変えることができるはずじゃ」
「うーん。さっきの感じでやればいいなら、こんな感じか」
「本当だ。確かに私よりも大きい気がする」
紅炎へと姿を変えたアレスの右腕は雄々しく炎を迸らせていた。
メラメラと燃えるそれは私が生きていると感じていた見慣れた炎そのもので、頼もしく感じられる。
「おおーっ! すげーな、これ!」
彼が天へと手をかざすとグンとそれが伸びて、周囲の建物の高さよりもはるかに空の近くまで届いた。
多分、私の氷の腕はそこまで伸びない。これは便利な力を手に入れたのかもしれないわ。
「アレスちゃん、そのまま炎を維持しつつ温度を体温まで下げてみよ! イメージするんじゃ、その炎は触れると!」
ああ、最後の締めに入ったわね。
驚いたことに私の氷やアレスの炎は生命体の一部というよくわからない理屈から、その特性を維持しつつ温度を体温程度にすることもできるらしい。
つまり私の腕は冷たくない、むしろ温い氷。そしてアレスの炎もまた温かい炎にすることが可能なのだ。
まぁ、それができないと私も彼も周りを凍らせまくったり、燃しまくったり、するから迷惑極まりない存在になるわよね。
そうなると軽々しく力が使えなくなるし……。
まったく、エドモンドさんの魔法理論はほとんど意味がわからないけど実に都合よくできているわ。
「おーい。アーシェ、触ってみろよ。全然熱くないぞー」
「本当ね、温かいわ。あなたらしいぬくもり」
「なんだそりゃ?」
ともかくエドモンドさんの宣言どおり馬車に乗っている間に私たちは新しい力を手に入れることができた。
いや、馬車は燃えているし、有言実行ではないか。
しかし、彼があの大賢者というのは間違いなく本当だろう。
たったの数分で私とアレスの呪われた人生を変えようとしてくれたのだから。
「新しい馬車を手配してきました。今度は公爵様の屋敷につくまで大人しくしてくださいよ。後生ですから」
早いっ! とんでもないスピードで新しい馬車を調達してきたクラウスさんは私たちに馬車に乗るように促す。
こうして馬車は再び公爵家を目指し、数時間後、無事に目的地に到着した。
それは見たこともないくらい大きなお屋敷だった。
◆
この国を代表する大貴族、アルガモン公爵。その邸宅は屋敷というよりもお城に近かった。
そういえば、領地に金鉱山などがあってその富は王宮の予算にも匹敵すると言われていたっけ。
つまりアルガモン公爵はこの国で最もお金持ちでもあった。
(虫下しの薬代くらいは払ってくれそうね。エドモンドさんからもらえないとは思っていないけど)
弟子になると言ってみたものの無一文でやっていけるのかイマイチ心配だった私は頭の中でそろばんを弾く。
しかし、門から玄関まで随分と遠いわね。しかも屋敷のさらに奥になにかドーム状の建物があるけど……、あれはなにかしら?
見慣れないお金持ちの屋敷の門をくぐって数分後、ようやく私たちは巨大な玄関にたどり着いた。
「大賢者、おっと魔法研究者のエドモンド様をお連れしました」
「これはこれは、クラウス殿。ご苦労さまです。アルガモン様はすぐに来られますのでお待ちを」
さらに玄関先で待たされること一分。ドタドタという足音とともに立派な鼻ひげの中年男性が現れる。
そして彼は即座にエドモンドさんの手を掴み、ニコリと笑った。
「待っていましたぞ、大賢者エドモンド殿。なるほど、なるほど。噂以上にこう、オーラが凄いですなぁ。おっと、初めまして。私がこの屋敷の主、アルガモンです」
自らの名を名乗るアルガモン公爵。
世界でも有数のお金持ちで、この国でも王族の次くらいの地位にある方なのにエドモンドさんには低姿勢である。
どうやら私たちはとんでもない人の弟子になってしまったらしい。
「魔法研究者のエドモンドじゃ。そして先程ワシの弟子になったアーシェちゃんとアレスちゃんじゃ」
エドモンドさんが弟子として私たちを紹介してくれたので、私は一礼してアレスの頭も押さえて礼をさせる。
しかし弟子というワード、それになにか引っかかったのか、その言葉を聞いた瞬間に公爵の表情がピリッとした空気をまとった。
「弟子ですって? ははは、エドモンド殿。そのみすぼらしい連中を弟子とはなにか聞き間違えでしょうか? 大丈夫ですよ、私が責任をもってあなたの弟子に相応しい人材を見つけていますから。そちらの平民どもは捨ておいてくだされ」
丁寧な言葉ですごく貶されたわね。
まぁ、公爵からすると私たちみたいなかろうじて安っぽい服を着ている連中が尊敬する大賢者の弟子だなんて許されることじゃないんだろうけど。
なんていうか。面と向かって言われると傷つく。
「アルガモン公爵、君こそ心配召されるな。ワシが見つけた人材じゃぞ。誰よりも資質高き者に決まっておろう。残念じゃが、捨置くのは君が見つけてきた人材とやらじゃ」
一歩も引かないわ。エドモンドさん、あれだけ公爵が私たちのことを貶めたのに自信満々ね。
本当に私たちにそんな資質があると認めてくれているの?
確かに“属性の限界突破”という技術は凄いと思っているし、それを数分で覚えさせた手腕はとんでもないと思っているわ。
でも、こんなに認められたというか褒められた経験がないからどうしても卑屈になってしまう。
「ほーう。これはこれは、大賢者であるエドモンド様に対して不躾でしたかな。よろしい。承知いたしました。今の言葉撤回しましょう!」
「えっ?」
「ただしそれは余興の後です! 本当にかの者たちが資質ありの天才というならば、私が推薦している逸材と試合してもらいたい! 勝利すれば、私も自らの非を認め。こちらの少年少女たちを徹底的に支援すると約束します!」
言葉を撤回したかと思いきや、そうではないらしい。
公爵が推薦したい人材とやらと私たちが試合? 私たち、パーティーでの戦闘経験はあれどほとんど補助ばかりだったし、人との戦いはからっきしなのよ。
どんな人が出てくるのか知らないけど――。
「ええよ、それで。アーシェちゃんとアレスちゃんが組めば誰にも負けんじゃろ」
「では今から呼んできます。屋敷の裏にコロシアムがありますから、そこで試合をしましょう」
ニヤリと作り笑顔をする公爵は屋敷の裏にあったドーム状の建物で試合をすると言った。
あれってコロシアムだったのね。それにしても試合だなんて、気が重い。
なんとかしてエドモンドさんの顔を潰さないようにしなくては……。