6.属性の限界突破
「アーシェちゃんとアレスちゃん。君らにはそれぞれ、氷属性の魔力と炎属性の魔力が暴走に近い形で癒着しておる」
「暴走? それに癒着?」
「ううう、難しい話はわからんぞ。自慢じゃないが頭は悪いんだ」
本当に自慢じゃないわね。
でも、私もほとんど話が掴めないわ。多分、呪いのことを言っているとおもうんだけど、それがどうしたって話だし。
「通常の人間は無属性の魔力が血液とともに体内を巡っている。そしてその魔力を必要に応じて発動する瞬間に、各々の属性に変換しておるのだが……。君らの魔力は異質なのじゃ。すでに変換済の魔力が身体中をのたうち回っているんじゃからな」
「じゃあ、私の魔法が呪いのせいで全部氷属性の能力が付与されるのは……」
「体内の全魔力が氷属性じゃからじゃよ。君らの言う呪いは体内に流れる無属性の魔力を無理に変換させたことが原因みたいじゃな」
さすがは魔法研究の第一人者。私たちの呪いの原因はもうわかっているらしい。
わかったからって、どうにもならない問題なんだろうけど……。
でも理屈はわかった。なるほどね。それじゃ、どうやっても氷属性がついてくるわけだ。
「つまり君らは普通に魔法を使っても身にならん。特にアレスちゃんに至っては感情の振れ幅によって炎が暴走するほど強く癒着しとる。それじゃあ、まともに魔法など使えんよ」
「お、おう。俺は魔法はさっぱり使えない。鑑定士にもセンスなしだって言われたよ」
私たちはギルド入りしたときに一応、適性検査くらいは受けた。
アレスの魔法適性は最低で、魔法の修得は絶望的だと言われている。だから彼は力仕事と体力仕事を選んだのだ。
「アレスちゃんが魔法が使えない理由はただ一つ。魔力が無属性である前提で魔法を構築しとるからじゃ。アーシェちゃんにも言えることじゃが、各々の体内魔力の属性に則った魔法理論で発動すればもっと楽に発動ができる」
つまり私たちは間違った魔法の使い方をしていたってこと?
みんなには無属性の魔力が流れていて、魔法理論はそのみんなに合わせたものだから、呪いを受けた私たちには合っていないということかしら。
「ワシの構築した“属性の限界突破”理論はまず、体内の全魔力を発動前に無属性から任意の属性に変化させることから始まるんじゃが。これを成せるのは世界中にワシしかおらぬ。他の連中はどんなに頑張っても無理じゃった」
ええーっと、普通は発動させる瞬間に使う魔力だけ属性を変化させるわよね。
というか、それしかやり方を知らない。体内の魔力の属性を変えるって、私たちみたいにするってことでしょう。
そんなの任意で執り行うことが可能なのかしら。
「じゃが、君らはその必要がない。すでに氷属性と炎属性の魔力が流れとる。これは千人いたら千人が持っとらん才能なんじゃ!」
「俺らの呪いが……」
「才能ねぇ。信じられないわ」
大げさなことを言う。エドモンドさん、私たちは散々この呪いのせいで人々に迷惑をかけて疎んじられてきたのよ。
今さら才能があるだなんて言われても困るわ。
「“属性の限界突破”理論について簡単に説明するぞ。……こういう力じゃよ」
「えっ?」
「じ、爺さんの腕が氷になった?」
目の前の老人の腕がビキビキと音を立てて凍りつく。そして完全に氷そのものに変化したのだ。
これはなにか夢でも見ているのかしら? これじゃあまるで、氷人間じゃない。
「体内の魔力を氷属性に変化させ、肉体をも氷そのものに変化させる。さらに形状も自由自在、伸縮もある程度なら自在に変化できる」
圧巻だった。老人の腕が氷の刃になったかと思えば、次の瞬間に伸びて槍と化す。
肉体を氷そのものどころか生きる氷に変えてしまうなんて、とんでもない理論ね。
というか、これを私たちにやらさせようとしていた? 無理よ、こんなの。出来るはずがないじゃない。
「まぁ、これは副産物の能力でな。この状態でなおかつ氷属性の魔法を使えばそれは無双の力を発揮するのじゃよ。クラウスくん、そのへんに凍らせても良い屋敷とかないかのう?」
「勘弁してください」
それまでずっと黙っていたクラウスさんがようやく口を開いた。
凍らせてもいい屋敷って……。それだけ強力な氷属性の魔法が使えると言いたいんでしょうけど、冗談がきついわよ。
「ほっほっ、アーシェちゃんが思っとるとおり冗談じゃ。さぁアーシェちゃん。今度は君が氷になってみる番じゃよ」
「無理です」
心の中を読まないでほしい。そして無茶ぶりをしないでほしい。
ツッコミが追いつかないわよ。こんなびっくり人間ショーをやれるはずがない。
手を氷に変えるなんて、そんなの無理に決まっている。というより、無理じゃなかったとしても怖い。
「ほっほ、怖いのはわかるが大丈夫じゃ。ワシの魔法理論は完璧。言うとおりにしたら、アーシェちゃんもちゃあんと使いこなせるわい」
「はぁ……。ですが、こんな人間離れしたことが自分にできるとは到底思えませんが」
「確かに今のままではちとイメージし辛いか。アーシェちゃん、右手をパーにして伸ばしてみなさい」
「パーにして……、こ、こうですか? つ、冷たい! な、なにこれ!? う、腕が!!」
伸ばした手のひらにエドモンドさんは自らの氷の手を合わせる。
一瞬、冷たいと感じて、その瞬間に私の右腕は彼と同様の変化を見せた。つまりドンドン凍りついて、ついには氷へと変化したのだ。
(し、信じられない。私の手が腕が、氷になっちゃった)
「アーシェちゃんの魔力の流れを整えて、ワシの魔力で属性の限界突破を強制的に引き起こしたのじゃよ。その右手の刻印が魔力の流れをかなり雑にしとったからのう」
「腕が軽い。それになんだかこれがそんなに難しいことじゃなく感じられてきました」
「ほっほっほ、ワシの魔力は強力じゃて。流れを整えられた魔力がどう動けば今のように変化するのか身体がすぐに覚えたのじゃろう。一度もとに戻すが、次は自力で同じことができるはずじゃ」
そんなバカな。そう思いつつ、私は普段どおり戻った手を握って、開いてを繰り返す。
……本当だわ。確かにあれからこの刻印を中心にどんな感じで魔力が身体を流れているのかよくわかる。
それこそ、指を曲げたり伸ばしたりみたいに自然な感じで……。
「こんな、感じかしら?」
「うおっ! 今度はアーシェが自力で腕を氷にしやがった! マジかよ!」
アレスは思わず声を上げて驚いたが、私は声が出ないくらい驚いた。
なにこれ? この力って何なの? 自らの腕が氷になったことにも驚いたが、とてつもない大きさの力が右手に宿ったような気がして恐怖に一瞬押し潰されそうになる。
「アーシェちゃん、飲み込まれるでない。それは呪いなどではなく、才能――未来を切り開く力じゃ。扱えて当然と思え、力を持っていることが当たり前だと思うのだ!」
そ、そんなこと言われたって。怖いものは怖い。
だけど知ってしまった。忌み子と呼ばれてきた私は人間離れした力を持っているということを。
ただの人間として扱われたかっただけなのに、これじゃあ私は――。
「アーシェちゃん、境遇が邪魔をしとるから残念ながらただの人間になるのは難しいじゃろう。じゃから、英雄となれ! 差別も不遇も全部吹き飛ばせるような大英雄になるんじゃ!」
「私がそんな英雄になんてなれるはず……」
「ワシがアーシェちゃんとアレスちゃんを必ず英雄にしてみせる! これでも恩は必ず返すタイプなんじゃよ、ワシは」
いたずらっぽくウィンクするエドモンドさんの言葉はとても軽く聞こえたのになぜか今までのどんな言葉よりも信頼できた。
この方について行けば大丈夫。根拠はないけど、このとき私は自然にそれを信じられたのだ。
冷たく白く光る右腕を見つめながら私は彼に運命を託す覚悟を決めた。