3.人助け
「ところで、アーシェ。お前は金をどれくらい持っているんだ?」
「銀貨三枚、銅貨は五枚くらいかしら」
「なんだよ、お前も俺と変わらないじゃないか」
「当たり前でしょ? 同じ条件で働いてるんだから」
とにかく金欠をどうにかせねば。多分、もたもたしていると一週間も保たないかもしれない。
私たちにできること。それはどんなに零細でもいいから冒険者ギルドに所属して、給金をもらうこと。
それしかない。それはわかっているが、果たして雇ってもらえるかどうか……。
「とりあえず、何件か行ってみるだろう? 一応は俺たち三年のキャリア持ちだ。前よりも良い条件で雇ってくれるとこ。あるかもしれないぞ」
「お気楽な思考だけど、なにもしないよりはマシね」
アレスの言うとおり、足踏みしても仕方ない。
多少嫌な思いはするだろうが、生きるためには金を稼がねば。
悪名も思ったよりは響いてないかもしれないし……。
◆
「これは無理なやつだな」
「世間の風当たりって強いわね」
数時間後、私たちは項垂れながらゾンビのようにフラフラと歩いていた。
お話にならない。受付嬢に話をしただけで悲鳴を上げられたり、厳ついお兄さんに首根っこ掴まれて追い出されたり、塩撒かれたりした。
これは都会で仕事を探すのは無理っぽいわね。どうにかしてお金をやりくりして田舎の私達の名前など誰も知らない場所で職探しをしたほうが良さそうだわ。
「節約して辺境の町を目指すわよ」
「節約ねぇ。アーシェ、金入れている袋を出してくれ」
「はぁ? なんでそんなこと……」
「俺、計算とか面倒だからお前に金を預けとくわ」
ジャラジャラと音を立てながら私の袋に自分のお金を全部入れるアレス。
この横着者が。なんで私があなたの分までお金を管理しなくてはならないのよ。
「はぁ、わかったわよ。今日からいつもみたいにがっつけないから、覚悟してね」
「ああ、任せたからには文句は言わないさ」
清々しいくらい曇りのない瞳の輝きを見せて、アレスは笑った。
その金髪は太陽の光を受けると輝きを増して、力強さを感じる。
(いつの間にか、私よりも随分と背が高くなったじゃない)
その大きな背中に頼られると自分も大きくなった気がした。
安心なさい。アレス、あなたを私が絶対に――。
「お、おい! あんた! 大丈夫か!?」
「えっ!?」
そのとき、アレスは路上で腹を押さえてうずくまる老人のもとに駆け寄った。
行き倒れ、って感じよね。なにがあったのかしら……。
「ううう、は、腹が、腹が痛い。昼飯を食べるまでは平気だったんじゃが……」
「アーシェ、脂汗が尋常じゃない。この人、このままじゃ」
「私が診るわ。医者じゃないけど……」
老人が押さえている箇所、なにかが蠢いているような……。
昼飯食べた? まさか、寄生虫?
困ったわね。この老人、あんなに大きな寄生虫食べるなんて、ボーッとするにも程があるわよ。
この国の肉料理には時々アネキセツという寄生虫が入っており、普通は噛み砕くか取り除いて捨てるかするんだけど、誤って飲み込んで激痛の末に亡くなる人が出ることもある。
とにかく、虫が原因なら――。
「冷却治癒魔法!」
「つ、冷たいっ! 冷たい、が。むむ、少しだけ楽になった気が……」
治癒魔法とともに冷気を体内に送り込んで虫の動きを鈍らせる。
でも、これ以上冷気を強め虫を殺そうにも、この老体の内臓にダメージを与える可能性があるわ……。それこそ致命傷になりかねない。
「薬草、は……。あっちか。アレス、頼んだわよ」
「あ、ああ。任せてくれ」
私は薬屋が近くにあるのを確認してそこに駆け込んだ。
即効性の虫下しって高いのよね。まぁ、人命がかかっているんだもの。値段なんて考えてられないか。
「アーシェ、それをこの爺さんに飲ませれば良いんだな?」
「待ちなさい。少し、熱を入れたほうが効果が増すわ。火を貸しなさい」
「ったく、人をマッチ扱いして。ほらよ」
感情のコントロール。アレスは任意でも一応炎を出すことができる。
私は買ってきた虫下し用の薬草を軽く炙って、それをすり潰す。
「ほら、飲めますか?」
「んぐっ、んぐっ、ゴホッゴホッ!」
老人は勢いよく薬草を飲んでむせていた。歯が少ないわね。これじゃあ肉料理も丸呑みしちゃうわけだ。
まったく、よくそれなのに肉料理なんて頼んだものだわ。こんな歯で噛み切れる肉なんて貴族のお偉い方くらいしか食べられないというのに。
「おおーっ! 奇跡じゃ、奇跡じゃ! 死を覚悟した老体に力が漲るわい!」
(治るの早っ!? まぁ、一番効くって薬草をアレスの炎で炙ったから、当然か)
「良かったなぁ、爺さん。長生きしてくれよ」
なんにせよ、目の前で死なないでくれて良かった。
袋に入ったお金、ほとんど使っちゃったけど、それでも後味悪くなるよりかはよっぽどマシよ。
んっ? 袋に入ったお金……?
「あっ! しまった!」
「んっ? どうした? なにかあったのか?」
「ごめん。さっき、あなたから預かったお金も全部使っちゃった……」
「なんだ、そんなことか」
いや、そんなことじゃないから。私たちは無一文に近い状態になったのよ。
必死だったからって、私ったらなにを考えているのかしら……。
「金のことは後から考えりゃなんとかなるかもしれない。だが、爺さんには後がなかったんだ。俺もそっちを優先したさ」
「で、でも……」
「それに俺は俺の責任でお前に金を託したんだ。言っただろ? お前が何に使っても文句は言わないって」
まったくお人好しがすぎる。私も人のことが言えないけど。
こういう人だからこの人には不幸が似合わないって思ってしまう。
「もしもし、お前さんたち。ワシはこれからアルガモン公爵家に向かうのだが。お前さんたちもついて来ぬか? 是非ともお礼がしたい」
「「えっ?」」
アルガモン公爵家ってこの国でも有数の大貴族じゃない。
この老人、そんな家にゲストで迎え入れられるほどの身分なの?
この変な老人との出会い。これが私たちの運命を大きく左右することになるのだが、私たちはまだそのことを知る由もなかった。