17.未来への一歩
「それではこれで今期の宮廷ギルド選抜試験は終了です。合格者である四名は明日、宮廷ギルド本部で入廷手続きをとってもらいます」
あー、ホッとした。これでエドモンドさんとクラウスさんの顔を潰さないで済む。
いえ、重要なのはそれだけじゃないわよね。私たち、あの冒険者ギルド界の最高峰である宮廷ギルドに入ることが出来たんだから。
一ヶ月前のどん底、最底辺の生活からは考えられないことが起こっているわ。
「やぁ、これで僕たちは同期ってわけだ。君たちのことは最初から目をつけていたが、まさか合格するとはね。これからよろしく頼むよ」
「ええ、よろしく」
「おっ! 名前は忘れたが、あんたも合格できたのか。よろしくな!」
試験が始まってすぐに声をかけてきたレイナスという男が握手を求めてきたので、私たちはそれに応じる。
一次試験では飛翔魔法を使いこなし、二次試験、最終試験でも高い能力を見せて合格を掴んだ。
同期で宮廷ギルド入りした縁で、これからも関わることが多そうね。
「レイナス・ローズクランツだ! 君にはもう三回も名乗ったはずだぞ。まぁいいや、これから国中の人間が僕の名を覚えることになるんだから。じゃ、また明日」
何度頑張って自己紹介しても名前を覚えないアレスに苛立ちを覚えながらも、それを抑えて手を振って帰路につく彼。
悪く思わないで、レイナス。この人は人の名前を覚えるのが異常に苦手なの。
エドモンドさんのことも、未だに「爺さん」って呼んでいるから、覚えているのか怪しいところだわ。
「アーシェさん、アレスくん、よく頑張りましたね。まさか、モルガンさんが試験官だとは思いませんでしたよ」
「モルガンさん、知っているんですか?」
「ええ、彼も宮廷ギルド員です。“煙霧”の魔術師モルガン、ギルドでも古株の実力者ですから、そんな彼が試験官というだけでも厳しい内容だったと推し量ることができます」
待っていたクラウスさんとエドモンドさんに合格を伝えると二人は喜んでくれた。
予想はしていたけど、モルガンさんは宮廷ギルド員だったか。
魔術師なのにパワーも物凄いって、やはり宮廷ギルドにはとんでもない人が揃っているのね。
「ほっほっほ、さすがはワシの弟子じゃ。合格おめでとう! ようやったわい!」
ニコニコと満足そうに笑いながらエドモンドさんは喜びを口にした。
エドモンドさんとの特訓、試験の最後の最後にそれに秘められた重要な意味に気付いたのは大きかったわ。
――私たちの魔力量はとんでもない量まではね上がっている。
おそらく特訓を開始する前の十倍近くまで……。
たったの一ヶ月でここまで強化させるなんて、やはりエドモンドさんはただ者ではない。
「エドモンドさんの特訓のおかげです。あの特訓がなかったら、一次試験で落ちていました」
「爺さん、楽しかったぞ。なんというか、強くなったって実感できた」
「ワシは君たちの潜在能力を開花させたきっかけを与えたにすぎんよ。合格したのは君たちの力じゃ」
でも、エドモンドさんはあくまでも私たちの力だと言い張る。
それはお世辞なしの本音なんだろう。でも私はそれでも師匠である彼への畏敬の念だけは忘れたくなかった。
「帰ったら二人に合格祝いを渡さなきゃならんのう。ほっほっほ」
なにかお祝いを渡すと言われたけど、私はその言葉だけで十分。
絶望するしかなかった人生を変えるチャンスをもらったんだから、それ以上を望むとバチが当たるわ。
こうして、私たちは馬車に乗って王都にある公爵様の屋敷に戻った。
◆
「おおーっ! 君たち! 聞いたよ、合格したんだって!? 宮廷ギルド選抜試験! いやー! おめでとう! おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
「どうも」
力強くがっしりと握手をする公爵様。
機嫌良さそうに笑みを浮かべて、私たちの合格を祝ってくれている。
本当に誰よりも嬉しそうにしているわね……。こんなに喜んでくれるなんて思わなかったわ。
「カインと戦ったのが一ヶ月前だろう? もちろん、そのときに才能は感じていたが、まさかたったの一ヶ月で宮廷ギルドに合格するほど成長するとは思わなかった。いやー、大したものだよ、君たちは」
そうね。あのカインは最年少で宮廷ギルド入りした天才。
一ヶ月前の私たちはそんな彼を相手にルールにも助けられて、しかも二人がかりでどうにか勝つことができた程度の実力だった。
公爵様はそれを知っているからこそ私たちの合格に驚かれているのだろう。
「とにかく今日は祝勝会だ。ごちそうをたっぷり用意した。遠慮せずにじゃんじゃん食べてくれ!」
そんな私たちのための宴の席を用意したと公爵様は食堂に行くように促す。
お腹はもうペコペコになっているから、食事があるのはありがたい。
しかも公爵家の食事はいつもこの世のものとは思えないほど美味しいのだ。
一流の料理人の作るメニューなど食べたことがなかった私たちはその味に頭のてっぺんまで衝撃を受けたのを覚えている。
「アーシェ、聞いたか? ごちそうだってよ。楽しみだな」
「ええ、空腹だったし嬉しいわ」
私たちも緊張から解き放たれたからなのか、自然と素直な気持ちになる。
こんな和やかな気分、久しぶり。ここのところ、合格しなきゃって気を張っていたから……。
「アルガモン公爵、少しだけ食事を待ってくれんかのう。いつもの場所で二人に合格祝いをやろうと思ってな」
「合格祝いを、ですか? ええ、構いませんよ。それでは私たちは祝勝会の準備を進めています」
私たちに合格祝いを渡すとしてエドモンドさんは食事を少しだけ遅らせて欲しいと口にした。
(合格祝いってなにかしら? 気を遣わなくても、もう十分なのに)
いつもの場所と言われて私たちは特訓に使っていたコロシアムへと向かう。
特訓が終わるといつもボロボロになっていたこの場所はいつもエドモンドさんの岩系統の魔法によって一瞬できれいに修繕されていた。
「ほっほっほ、二人ともワシにようついてきた。そして、ついに呪いと蔑まれていた過去を打破するチャンスを勝ち取った。誇りに思うがよい」
今日何度目だろうか、エドモンドさんは改めて私たちの合格を祝福してくれた。
でも、嬉しかった。こうして褒めてもらうのも、頑張ったっていう自負があるから何度聞いても誇らしい気持ちになる。
「君たちの未来は君たち自身の力で勝ち取るものだとは思っておるが。年寄りというのはお節介になってしまうからいかんのう。ワシのとっておきを君らにプレゼントしよう」
エドモンドさんは懐から二つの指輪を取り出した。
そしてそれを右指と左指の人差し指にはめる。
あれがプレゼント? アクセサリーなんて、もらったことがないから意外すぎて反応ができない。
「これはワシが作った“亜空の指輪”というアイテムじゃ。この中は異次元を介して世界中どこにおっても遠くのものを取り寄せることができる代物なのだが。そおれ!」
「「――っ!?」」
指輪から光がはっせられ、ボンッと音を立てて煙が上がる。
そして煙が晴れると、私たちはそこから出てきた生命体に目を奪われることとなった。
「きゅー、きゅー」
「ミュー、ミュー」
額に炎を灯した小さな馬と、銀色に輝く毛並みの小さな狼。
幼い頃に孤児院で読んだ絵本にこんな感じの幻獣が描かれていたけど、これってどう見ても生きているわよね。
たしかこの炎を灯した幻獣は炎馬、そしてこの銀色に輝く狼は銀狼。
まさか、私たちの合格祝って……。
「幻獣、炎馬と銀狼。まだ幼体じゃが、こうして魔力を食わせてやると――」
「ヒヒーン!」
「ワオーーン!」
指輪が太陽のように輝いたかと思うと、二体の幻獣はまたたく間に成長して、見上げるほどの大きさにまで巨大化する。
こ、これは凄い迫力ね。びっくりしたわ……。
「十分な魔力を食べさせれば、一日数分間くらいじゃが、成体と変わらぬ力を発揮する。どうじゃ? 可愛いじゃろ?」
とんでもないスピードで駆け出す二体の幻獣を尻目に、エドモンドさんは淡々と説明を開始する。
あっ! 火を吐いた。あっちでは猛吹雪が起こっている。
「これ、こっちに来ぬか」
「ヒヒーン!」
「ワオーーン!」
再び指輪が煌めくと、幻獣たちは素直にエドモンドさんの言うことを聞いて、彼の隣にお行儀よく座った。
どうやらあの幻獣たちを指輪で支配しているみたいだ。
「ワシとこの子らはこの“亜空の指輪”を介して、主従の契約をしとるわけじゃが……。今、その契約を更新して君らとの主従関係を結ばせよう」
エドモンドさんからのプレゼントは幻獣たちだった。
あの、世話とかどうやるのか全然わからないんだけど……。うーん。可愛いと言われれば凄く可愛いけど……。
まぁいいか。せっかく師匠が合格祝いをくれたのだから責任を持ってお世話ができるように頑張りましょう。




