15.一次試験と二次試験
「「うわぁぁぁぁ!!」」
古城の一階は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
突如として階段を上っていた人間たちがその中に吸い込まれてしまいそうになったのである。
階段全体が底なし沼みたいになっているようね。
我先にと走って行った者たちは地下へとズブズブと飲み込まれてしまった。
「トラップか」
「そうみたいね。一度試験官が下りて見せたところがいやらしいわ」
そう。あのモルガンという試験官は自らが階段を歩くことで、そこが安全だと先入観を植え付けた。
おそらくは時間差で発動するトラップを仕掛けていたか、上にたどり着いたときにトラップを発動させたか、どちらかだろう。
「じゃあ、あの人みたいに全部の階段を飛び越えたら良いんだな」
「まぁ、それでもいいんだろうけど。今からそれをやるには出遅れちゃったし……」
私はアレスの言葉を受けて、二階の渡り廊下を見た。
この城は吹き抜け構造になっており、渡り廊下からこちらを見下ろせるようになったいるのだ。
「階段を自分で作って二階に向かったほうが楽よ。氷結の風……」
風を出現させてそれを凍らせることで、空中に足場を次々に作っていく。
エドモンドさんの光の球を避けきるために、私は様々な魔法に氷属性を付与させて利用する術を覚えることとなった。
これもその一つ。なにもないところに足場を作り、空中への道を作り出す便利な魔法だ。
「なるほど、そういうことか。それじゃあ俺も!」
「あ、あいつら! なんて方法で二階へ!?」
「あの銀髪の女はまだわかる。魔法で足場を作ったんだろう」
「でも、あの金髪の男は何!? 腕が炎になって、伸びている!? あれは魔法なの!?」
アレスはシンプルに属性の限界突破を使って炎の腕をグーンと伸ばして二階の渡り廊下にある手すりに掴まって行ってしまった。
魔法が使えない代わりに右手に蓄積されている魔力量が私よりも遥かに大きいから、彼はそういう力技ができる。
私はその代わりに魔法を工夫して使うことで、足りない点を補っていた。
しかし、ざわついているわね。
まぁ、メラメラと燃える腕を見たら驚くし、それで手すりを掴んでも燃えないのにも驚くのも無理ないか……。
「階段を越えなくてはならないという先入観にも騙されずに冷静に目的を達成しましたか。いいでしょう。アーシェ・アーウィン、アレス・マギナス、一次試験合格です」
「やったな! アーシェ!」
「ええ、最初から落ちたらそれこそクラウスさんに合わせる顔がないわよ」
パチンと右手と右手でハイタッチする私たち。
あれ? ハイタッチ?
なんかテンション上がってしまって恥ずかしい気がする。
まだまだ試験は続くのだから油断したらダメ。気を引き締めなくては。
「やぁ、君たち。随分と目立っていたね。まったく自重してくれなきゃ困るよ。せっかく僕が華麗なる飛翔魔法を披露したのに」
「へぇ、あんた飛翔魔法が使えるのか。すごいんだな」
「レイナス・ローズクランツだ。なに大したことじゃあない。才能と努力の賜物さ」
キラリと光る白い歯を見せながら髪をかきあげるレイナス。
カインのように空を飛べたら私たちみたいな小細工しなくても簡単に突破できる試験だったでしょうね。
超高等魔法と呼ばれる飛翔魔法の使い手とは……。確かにこの人もまた天才と呼ばれる人種なのだろう。
「そこまで! 一次試験終了です!」
私たちが合格して間もなく一次試験は終わりを告げる。
下の様子はなかなかに悲惨で、数百人がひしめき合って邪魔し合い、かろうじて身体能力に長ける者や私たちのように別ルートを見つけ出した者たちが合格したようだ。
「地下に落ちた者たち、上がってこれなかった者たちは残念ですが不合格です。どうぞお帰りください」
「次はなにをするのかしら?」
「なんだっていいさ。考えるの面倒くさいし」
「あなたねぇ。ちょっとは頭を使いなさいよ」
たったの数分で九割が不合格となり古城をあとにする。
残りはちょうど五十人。通例だとここからさらに九割がふるい落とされる。
残った人たちは誰も彼もただ者ではない雰囲気を醸し出しており、ピリッとした空気が流れていた。
「さて、二次試験からは合格人数は決めていません。ここで全員落ちてしまう可能性もありますから、心してかかってください」
稀に合格者が出ないことがあるのはクラウスさんから聞いている。
宮廷ギルドに入るに足る能力を持つ者がいないのなら、合格者を出さないのは当然とのことだ。
(ここからさらに厳しくなるわ。とにかく集中しなくちゃ)
「二次試験は十分間、なにがあっても、こちらのサークルから出ないこと。それだけです。ただし両足ともに床から離さないでください」
気付けば足元に五十個、白い円が描かれていた。
どうやら次の試験は十分間、この中から出なければ合格らしい。
考えられることは妨害行為。試験官であるモルガンさんが私たちを円から出そうとなにかしら仕掛けてくる。それしか考えられない。
「ふふ、皆さん入りましたね。察しがついているかと存じますが、これより私は全力であなたたちをその円から出そうとします。……十分間、耐え抜いてくださいね」
そのとき、ブワッとモルガンさんのシルクハットが吹き飛んだ。
「こ、こんなの無理っ!」
「ああああっ!」
「な、なんて風だ!?」
城全体が揺れるほどの突風。開始十秒も保たずして、半分の人数が風によって吹き飛ばされる。
「アーシェ、平気か?」
「ええ、問題ないわ。これくらい」
アレスは炎の右手を大きくして身を守り、私は正面に氷結の防壁を敷くことで風を防いだ。
かなりの威力ね。エドモンドさんから身を守る術を鍛えていなかったら危なかったかもしれないわ。
「おやおや早くも半分が脱落ですか。これは先が思いやられますねぇ」
パチンと指を鳴らした瞬間にドカンと大きな音が鳴り響き足元が爆発する。
ちょっと、これは卑怯すぎるわ。
「まったく、危ないじゃない」
しかし鍛えられていた私の反応速度は爆風だろうと対応できるようになっていた。
むしろ部分的に防げばいい分、さっきよりも楽ね。
アレスは剣を床に突き刺して、気合で耐えたみたい。危なかっしいけど、身体能力で踏ん張っている人が多いようだ。
「ふふふ、今度は簡単には防げませんよ。大地鳴り!」
「「――っ!?」」
ゴゴゴゴゴゴと嫌な音を立てながらグラグラと床が波打つ。
これは氷結の防壁じゃどうにもならないわ。風を凍らせてエスケープもできないし……。
「なんのリスクもなしに合格しようっていうのは都合が良すぎる、か」
「ほう。面白いことを考えましたね」
「やっぱり私は未だに凍らせることしか能がない女なのね。でも、それでも、そんな私のままで強くなる……!」
両足を床ごと凍らせて無理やり固定する。
凍傷一直線だが、ここで不合格になるのだけは絶対に嫌だった。
このくらいは耐えて見せるわよ。たったの数分間。
私は生まれてから十五年間ずっと耐え続けていたんだもの。
「さすがはアーシェだな。いい根性を見せてくれる」
「あなたくらいの身体能力があればこんなことをする必要はなかったんだけどね」
「二次試験終了! サークル内に残った方はおめでとうございます! 最終試験進出です!」
はぁ、なんとか最後まで残ることができたわ。
あと一つ合格すれば宮廷ギルド員になることができる。
「アーシェ」
「はいはい……」
恥ずかしいと思いながらも二度目のハイタッチをする私とアレス。
さて、残すは最終試験だけど、一体なにをするのだろうか……。




