14.選抜試験開始
試験会場は王都の外れの古城だった。
ざわざわと会場の前は受験者たちで賑わっている。
国内最高峰の冒険者ギルドである宮廷ギルド。入れば一生食いっぱぐれないほどの収入、すべての同盟国に審査なしで入国できる権利、そして何より王宮から直接の依頼を承ることができる。
王宮からの依頼。それは未知のダンジョンや無人島の探索など最難関クラスの依頼が多いと聞く。
しかしその報酬は大きく、達成した者たちは英雄への階段を登っていくと言われている。
未来への夢と希望。宮廷ギルド員にはそれが詰まっているのだ。
「みんな目がギラギラしているわね」
「アーシェさんやアレスくんほどではありませんが、皆さん人生を変えようと意気込んでいますからね」
「それにどいつもこいつも強そうだ。俺らのギルドにいた連中とは違う気がする」
「受験者の年齢制限は三十歳まで。各ギルドの若手ホープたちが集まります。毎年、倍率は百倍程度ですから、受かるのは五人前後といったところでしょう」
わかっていたけど狭き門よね。
ここにいるのは五百人程度と言われているけど、各ギルドから推薦状を書いてもらった精鋭中の精鋭たち。
自分のギルドから宮廷ギルド員が出ると特別報奨金に加えて、そのギルド員に与えられる給与の十パーセントほどがもらえるようになるので、どのギルドも優秀な若手には宮廷ギルドの受験を勧めるのだそうだ。
その優秀な若手が五百人集まっても受かるのはたったの五人前後。
私たちを圧倒した子爵家令息のカインが十二歳でその難関を突破したのは本当に快挙と言っても良いことなのだ。
彼はその活躍から“神童”の二つ名を与えられたという。
「見ろよ、“疾風”の剣士クラウスさんだ」
「オーラがすげぇ。先月はドラゴンを五十体討伐したんだってよ」
「私ファンなんだけど、サインもらえるかな?」
さすがは宮廷ギルドでも三指に入る達人のクラウスさん。新聞すら読ませてもらえなかった私たちが無知なだけで、有名人らしい。
エドモンドさんもクラウスさんのことは海を越えた向こうの国にいるときから知っていると言っていたし、あっさりとカインを制圧したことからその実力は疑いようがない。
「すみません。今から推薦状を提出しますので、道を開けていただけませんか?」
「推薦状を!?」
「クラウスさんが宮廷ギルド選抜試験の受験生の推薦だって!?」
「一体、どのような逸材が!?」
宮廷ギルド選抜試験を受験するための推薦状を出せるのは各ギルドマスターだけではない。
宮廷ギルドに五年以上在席した実績を持つ者もまたスカウトということで、推薦する権利を持つことができるのだ。
この場合は宮廷ギルドの理念に則して特別報奨金などはない。完全に無償である。
だからこちらの権利はほとんど行使されたことがないらしい。
ということで、クラウスさんに私たちの推薦状を書いてもらった。
つまり私たちが合格しないと彼の顔に泥を塗ってしまうのである。
「まさか宮廷ギルドの誇る“疾風”が推薦状をとはね。よほどの人材なのかね?」
「ええ、期待してもらって大丈夫ですよ」
私たちの推薦状を受付に提出するクラウスさん。
少なくともクラウスさんには期待されている。それだけでも心強いことこの上ないわね……。
「ふむ。アーシェ・アーウィンとアレス・マギナス。……どこかで聞いた名だな。確か魔術師ゲラが人体実験で――」
「その話、今は関係ありませんよね?」
「ぬっ……! まぁ確かに関係はないな。よろしい。二人の受験を認めよう」
受付の男が私たちの過去に触れそうになったとき、クラウスさんは語気を強めてそれを制してくれた。
よかった。この名前のせいで嫌な思いをしたことは数え切れないけど今日はそれを避けたかった。
これから大事な大一番だし、気落ちしたくなかったのだ。
「受験生の皆様は城の中にお入りください!」
受付が終わって一時間くらい過ぎただろうか。
古城の中に入る指示に従って私たちは動き出す。いよいよ試験開始みたいだ。
「次に会うときは同僚ですね。ご武運を」
「ワシはなんも心配しとらんよ。二人ともこの一ヶ月よう頑張ったな」
「行ってきます」
「よっしゃ! 気合入ってきた!」
私とアレスは二人の激励を受けて古城の中に入る。
泣いても笑っても今から全部決まっちゃうんだ。アレスを見習って気合を入れましょう。
受験生たちが全員城の中に入ったとき、ガシャンと重い音を立てて古城の門が閉まった。
◆
「ようこそ、宮廷ギルド選抜試験に。私は試験官のモルガンでございます。これから試験終了までお付き合いください」
小柄なシルクハットを被った男が二階の階段から下りてきて、挨拶をする。
クラウスさんの話だと試験は三次試験まであって、課題をすべてクリアした者が合格となるらしい。
「さて、さっそく一次試験の内容を伝えますが……。よっと」
試験官のモルガンさんはせっかく階段を下りてきたのに、ジャンプして二階へと戻っていった。
とんでもない跳躍力だわ。ふわりと浮いたように見えるその跳躍は垂直に五メートルほどの高さまで飛び上がったように見える。
これは一体、どういう趣向なのかしら? 二階から試験内容を伝える意味などないと思うけど。
「一次試験はここまで上がってくることです。そうですね、まだ最初ですし先着五十名くらいにしておきましょうか」
「「――っ!?」」
会場内にどよめきが走る。
えっ? 二階に行くだけで一次試験突破。そんなバカな。
ええーっと、この場に五百人近くいて、一次試験突破できるのはたったの五十人? しかも先着順って……。
「おおおおっ! 急ぐぞ!」
「こうしちゃいられないざんす!」
「早い者勝ちだ! どけどけ!」
他の受験生は一目散に階段に向かう。
でも、こんなシンプルな試験ってあるのかしら。脚力勝負ってこと……? うーん。なにか違和感があるわね。
「急ぐぞ、アーシェ。早くしなきゃ、不合格になってしまう」
「待って! あの試験官、階段を歩いて下りたのに二階に戻るときはジャンプしたの。なにか変じゃない?」
「そうか? まぁ、変といえば変だけど……」
走って階段に向かうアレスの腕を掴んで私は止める。
なんだかわからないけど、あの階段は危険な匂いがした。
もう少し観察したほうがいい。十人に一人と言えば少ないかもしれないが、五十人も合格できるのだ。
まだ焦る必要はない。大事なのは危険を避けること。
「ふふふ、僕以外にも少しは頭を使う人がいるじゃあないか。あの階段を上るのは明らかに悪手。君たち、見込みあるよ」
「あんた誰だ?」
青髪の青年が私たちの会話に割り込んできてアレスは怪訝そうな顔をする。
小綺麗な格好をしているけど、カインと同じく貴族の令息か何かかしら。
「おっと、これは失礼。僕の名はレイナス・ローズクランツ。ウェストスターギルドから来た」
「ウェストスターって、あの辺境の?」
「まぁね。王都に僕の風を吹かせようと思って、辺境からわざわざ出てきてあげたのさ」
なんか変な人みたいね。
でも、彼は私よりもあの階段の危険性を把握しているのかしら。随分と自信満々みたいだし……。
「うわぁぁぁぁ!」
「そんなバカな、ざんす!」
「ぎゃああああっ!」
レイナスという人の相手をしていると絶叫にも近い声が階段から聞こえてきた。
あ、あれは! やっぱり素直に階段を上ったら危険だったんじゃない……。




