13.レベルアップの日々
「ほう、これは見事なもんじゃわい。ワシの痛い治癒魔法をすべて凍らせるとは」
アレスは自分の炎を剣に纏わせて振ることで、炎の壁を作っていた。
しかし、あれはアレスの力があってできること。非力な私にはできない。
「氷結の防壁……、それなら私は魔力を纏い周りをすべて凍らせる」
右腕の魔力を全身に纏わせて半径1メートルほどをすべて氷のヴェールで包み込んだ。
これなら光の球がいくつあっても関係ない。全部凍らせてしまえばよいのだから。
「エドモンドさん、どうですか? こうしていれば、どんなにたくさんの球が飛んできても大丈夫だと思いますが」
「アーシェちゃんがずっとその状態を維持できるならのう。悪いが二人とも、今から一時間は休憩できると思うなよ」
「「――っ!?」」
そこから無数に出現する光の球に追われる時間がずっと続く。
魔力を纏い続けるというのは、思った以上に大変でついに私の魔力は尽きてしまう。そしてアレスの炎も……。
「はぁ、はぁ……」
「炎が出ない……。こんなこともあるのか」
おそらくまだ三十分も経っていない。私たちが全力で動き回れるのはこれくらいが限界らしい。
「ゲームオーバーじゃな!」
百個近い光の球に囲まれながら、私たちは負けを宣告される。
こんなのずっとやり続けるなんて無理に決まっているじゃない。
もう、粉雪一粒すら出せないわよ……。
「ほっほっほ、魔力を使っての戦いはいかに効率よく魔力を配分するかで決まる。二人ともまだまだ無駄が多い。球を“避けることだけ”に集中すれば魔力はまだまだ保ったはずじゃ」
「避けるだけって言われてもねぇ」
「難しい話はわかんねぇんだよな」
確かにいつの間にか四方八方から飛んでくる球を恐れて全身を守ることしか頭になかったけど……。
よく考えたら卵くらいの大きさなんだから、全身に魔力を纏わせるなんて無駄も良いところなのよね。
「ほっほっほ、次は一時間くらい保つとええのう。魔力譲渡……!」
「「――っ!?」」
すごい。完全に枯渇していた魔力が戻ったわ。
さすがは大賢者にして世界最高峰の魔法研究者。魔法なら誰にも負けないというのは本当みたいね。
「さぁ、逃げられるかのう?」
「じゃあ今度は二倍動いて叩き落とす!」
「な、なんて単純な発想! でも……!」
アレスは剣に纏わせる炎の量を減らして、その有り余る運動量を活かした作戦にでた。
つまり、ブンブンと剣を振り続けて、迫りくる球を叩き落とすことにしたのである。
シンプルだけど、いい手ね。アレスは体力があるからそれで魔力を補うことができる。
「けど、私にはそれがない。ならば!」
「ほっほっほ、アーシェちゃん。正解に近付いたようじゃのう」
私は球の軌道を予想して当たるであろう場所のみに氷結の防壁を敷くことで、魔力を温存することにした。
これ、予想が外れたら大惨事よね。集中しなきゃ……。
自分の逃げる方向、飛んでくる球の動きに集中して、一つ一つ確実に防御し続ける。
不思議なもので、慣れてくると任意の場所に一瞬で防壁を出すことができるようになり、一時間経つころには随分と楽になってきた。
「疲れたわ……。でも、今度は一時間保った」
「それでは、次は二時間を目指してみるかの?」
鬼ね、この人。
魔力は保ったけど、二回くらい掠って危ないときもあった。
でも、そうも言っていられないのか。たった一月であのカインよりも私たちを強くして、宮廷ギルドに合格させるって言っちゃったんだから。
人生を変える。環境が変われば勝手に変わるなんてこと言っていたけど、私はそうは思えない。
やらなきゃ何も変わらない。それはなんとなく絶対だと思えた。
「エドモンドさん。二時間でも三時間でも構いません。それで私たちは変えられるんですよね? 人生を」
「ほっほっほ、ええ瞳をしとる。……ありがとうのう。アーシェちゃん」
こうして私たちはエドモンドさんとの特訓に明け暮れた。
毎日、毎日、数がドンドン増えて、大きさもドンドン大きくなる光の球を避け続ける日々。
気付けばエドモンドさんから魔力を分けてもらわなくても、一日保つようになっていた。
でも、避けることだけ練習して、確かにそれは上手くなったけど……。
本当に強くなったのかしら? 私たち……。
◆
「いよいよ今日から宮廷ギルド選抜試験じゃ。特訓での成果を存分に発揮すれば合格は間違いないじゃろう」
「はい。ありがとうございます」
「よしっ! 爺さんに恥かかせないようにしなきゃな!」
ここに来て自信がないなんて言えない。
絶対に合格してみせる。
でも、避けることしか覚えていないから心配なのよね。
「アーシェちゃん。大切なのは集中力じゃ。自信はなくとも、特訓で培ったその力は確実に血となり肉となっておる。なんせ君らはこのワシの弟子じゃからのう。強くなっているのは当然じゃ」
自信はなくても力はついている? よくわからないけど、エドモンドさんがそういうのならそうなのだろう。
なにを弱気になっているの。決めたじゃない。師匠になってくれたエドモンドさんを信じて、私は英雄になるって。
「力を尽くして頑張ります。エドモンドさんの弟子として……」
「絶対に二人で合格してくるから。楽しみにしてくれよ」
アレスも私も、呪われた忌み子として蔑まれていた過去は変えられない。
でも未来を変えることはできるって、エドモンドさんが言ってくれたんだ。宮廷ギルド選抜試験に合格したら何かが変わるかもしれない。
やらなきゃ、何も変わらない。
新しい一歩を踏み出して、私は人生を変える。
「クラウスくん。試験会場までの引率を頼む。ワシも弟子の活躍を近くで見たいからのう」
「大騒ぎになりますから正体は伏せてくださいよ。国王陛下にご挨拶したあとに、正式にこの国の客人となる予定なんですから」
「ほっほっほ、わかっとるって。ワシはただのジジイとして同行するのみ。黙っておるよ」
エドモンドさんがこの国にいることはまだ公表されていないらしい。
陛下に謁見したあとに、公表する予定みたいだが何故かまだ実現していないんだって。
まぁいいわ。それは私が口を出すことではないし。
とにかく私たちはクラウスさんの案内によって、王都の外れにある試験会場を目指した。
試験内容は毎回違っていて、クラウスさんですらその内容は知らないらしいけど、一体どんなことをさせられるのだろうか。
「アーシェ、頑張ろうな」
「ええ、アレス。二人で絶対に合格しましょう」
目と目を合わせて、私たちは互いの気迫を確認して頷く。
そして、私たちは試験会場へ足を踏み入れた……。




