第2話: 囚われたもの
加筆修正中
死ぬまでずっと、罪を償わなければならない。
「憂ちゃん? 検診の時間よ」
ぼーっと腕を見つめていた憂に看護士が告げる。反応も示さない憂にため息をつき、血圧を測る。数値を見れば安定していてほっとする。
広川は憂の担当の看護士。憂も広川には心を許している。時々しか口を利かないけれど、広川はそれでいいと思っている。
「憂ちゃん、わたしもう行くけど…何か欲しいものはない?」
「ない。…けど、ありがとう」
時折見せる儚げな笑顔に胸を締め付けられる。
「何かあったらいつでも言ってね」そういうや否、広川は病室を出て行った。
「何かあったらね…。でも、あってからじゃ遅いの広川さん…」
哀れむように広川が出て行った方を見て呟いた。
「ふふ、その通りね憂」
ばっと声の方向に振り向くと、紗夜が居た。
「何しにきたの…っ! 紗夜っ!」
「別に? 貴女の声が聞こえたから来ただけよ…」
「帰って、今すぐに! 貴女の顔なんて見たくも無い」
鋭く言い放つ憂に笑みを浮かべる紗夜。
「あはは、ふふ! そうよねぇ…母親を殺した殺人者の顔なんて見たくないわよね?」
「…なんで、お母さんをっ」
「”殺したか?” そんなの決まってるじゃない。生きる意味なんて、あの女には無いの。だから殺した。どう? これで十分? 何回もあたし言ってるけど、まだわからないの? それともお優しい憂の事だから、認めたくないの? あたしが殺したって…?」
紗夜の言葉にぐっと唇をかみ締める。そう、憂は信じたくない。紗夜じゃない誰かが犯人だと思いたいのだ。
「…紗夜の言う通りだよ。貴女じゃないって思いたい、貴女は誰かを庇ってるんじゃないの?」
「優しい、優しい、憂。他人を心配して、自分を犠牲にする。それが自分の首を締めている事に気付かないなんて…」
憂の白い頬に指を這わせ、ゆるりと撫でる。
「あたしが誰かを庇うなんて、そんな事ありえると思う? あたしが自分の意思で、あの女を殺したの」
憂の息を呑む声が聞こえた。
「この手で」
頬を撫でているのは右手、はっと気付き紗夜の手をはらう。
「ふふ。そう、怯えると良いわ。あ、そうだ…アンタを地獄から逃がしてあげたのはあたしだって事、忘れないでね?」
「っ…手を上げても、私の母親よ。お母さんを侮辱しないで」
「そこまで、普通言う? そんなに、アレが大切だったの? あたしも憂の家族だって言うのに…」
「殺すのが家族だって言うの? そんなのおかしい…っ! 家族なら助け合うものよ」
「実の娘に暴力を振るうのが? それが助け合いとでも言うの?」
冷たく胸に突き刺さる言葉。
「紗夜には関係ないっ!」
「いいえ、関係ある。あたしはアンタの姉妹なんだから…」
「じゃあ、なんてお母さんをっ…」
「大嫌いだからよ。生きる価値なんて、存在の意味なんてあの女には無いっ!! いい気味だった、どんなに心地良かったか…。アレの泣き叫ぶ顔、助けを求める手、最後には逃げ回ってた。ふふ、おもしろかったわ? 逃げ回って、走って、転び、壁へと追い詰めて、終に殺した」
耳元で囁く声は酷く無機質な音だった。
「も、嫌ぁぁあぁあ!! 私を掻き乱さないで紗夜っ! 忘れかけてたのに…思い出させないでっ」
頭を抱え、掻き毟る憂。その表情は涙で濡れていた。
「忘れちゃだーめ、アンタはそれだけの罪を背負わなきゃいけないのよ、憂! まあ、今はそれだけ苦しんでいれば? あとはあたしがじっくり甚振ってあげる」
にいっと三日月形に口角を上げ、軽い足取りで病室を出て行った。
パタンと白いドアが静かに閉まった。




