第19話: 絆
私は、あの日を境に彷徨に話した。
紗夜のこと、お母さんのこと―――全部を……。
彷徨に知ってほしかったから……私は全てを打ち明けた。
彷徨は頷いて聞いているだけなのに、私は嬉しかった。
いつのまにか、私の目尻に涙が溜まっていた。
背中を撫でてくれる、優しい手から暖かい気持ちが伝わってきた……。
彷徨が、カサコソと音を立ておもむろに書き出した。
私に紙を見せた。
『つらかったね』
その言葉を見て、涙が溢れ出した。
誰にも、言われなかった言葉……でも、この人は言ってくれた……私の欲しい言葉を……。
このとき、彷徨がいてくれて良かったと心から思った。
あの日から、ずっと彷徨のことを考えるようになっていた。
彷徨の声が出ないのは、両親の自殺。
子供の頃、その光景を見てしまい……声が出なくなったと彷徨は言っていた。
”自殺 ” と ”殺人” なにが違うのだろう……。
そんな事をぼんやりと思い、ベッドの上に私は一人で座ってた。
自殺は自分で殺めること―――
殺人は人を殺めること―――
その違いは、その罪の重さ―――。
私は殺人者? そう、殺人者……。
「だから、この紙くずもいらないわよね?」
バッと振り向くと、紙の束を持った紗夜が私を見下ろすように立っていた。
私が怯えた目をすると紗夜は妖艶に笑う。
紗夜が手に持っているのは、彷徨との手紙――――。引き出しにしまってあったのに!どうして!
「……何するのっ!? 紗夜!! それは駄目!!」
「紙切れなんて……ごみと同じよ!」
紗夜は紙を握り締めたかと思うと、その紙を細切れに破り、その場に捨てた。
「………っ!!」
「あはははは! ふふふふっ!! ……あーらごめんなさい♪
ごみにしちゃった……! でも、悪く思わないでね? これは貴女の為でもあるんだから……」
私は紙切れになったそれを、拾い握り締める。
「あんたなんかに……! 分からないわっ!! この手紙がどんなに大事か!
……私の為ですって? ふざけないでよっ!」
私は、紗夜に近づき、紗夜を叩こうとしたが、それは無駄に終わる。
紗夜が私の腕を掴んでいた……。
「離してよっ!!」
「嫌よ……あんたのお願いなんて従うわけないでしょ?」
意地悪い笑みを浮かべ私を見る。
「……なんでっ! 破ったの? 彷徨の手紙を!!」
「分からない? あんたに必要ないからよ! 恋愛ごっこなんてお子様。そんなの小鳥のすりこみと同じ。疑似恋愛にしかないのよ。同情しているだけに過ぎない……あんたの事を哀れんでいるだけ。その彷徨って言う奴は憂を慰めて、自分で気を良くしているだけ――――」
紗夜の言葉が胸に突き刺さる。
「そんなんじゃない! 彷徨はちゃんと私を見てくれたもの!! それに、まだ紗夜は私の嘆き狂う姿を見たいの? もう、諦めてしまえば? 人の不幸な姿を見るのがそんなに楽しい? そっちの方が狂ってる―――。貴女はまだ、光を見つけていないの?」
可哀想、と憂はあたしを哀れむ目で呟いた。
なんで……憂に!! あんな瞳で見られなくちゃいけないの!?
「……さい……うるさいっ……うるさい!! あんたなんかに、あたしの気持ちが分かるか!! 誰からも愛され、大切に育ってきたあんたなんかに! あたしの気持ちが!」
紗夜は怒鳴り散らし、我を忘れ、叫んでいる。その瞳には少し涙が浮かんでいた。そんな紗夜を見て憂は、紗夜の手を握り締めた。
冷たい…手。まるで、紗夜の心みたい……。
私が紗夜の希望になれば……!
「…分かるよ。紗夜の気持ち。私は大切に愛されてなんかないよ……。」
「………。」
「……今まで、苦しかったね。辛かったね。もう、泣いても良いんだよ? 紗夜―――。」
パンッ―――。
小気味良い音が部屋に木霊した。それは紗夜が憂を叩いた音。
憂は頬に手を当て紗夜を見上げる。
「……ふざけないでよっ! 苦しかった、辛かった? そんな事、あたしは一度も思ったことない!!
勘違いしないでよ…!! 泣くなんて在り得ない。あたしはそんなに軟じゃないの……分かってるでしょ? そんな甘いから、あんたは騙されるのよ、憂!! あたしをバカにした罰、貴女に与えてあげる…
どう? 嬉しいでしょ? あたしが直々(じきじき)に罰してやるんだから……。ふふふ、あははは♪」
紗夜は不気味な笑い声を残して、去っていった。
「まだ、そんな事言うの紗夜……!?」
その呟きは紗夜に聞こえることなく、消えていった…。
あんな紗夜、今まで見たこともなかった……。悲痛な言葉の裏には何が隠れているのだろう。
全てを包み込む闇か……
その闇を照らす、一筋の光か……。
破れ、バラバラになった紙の塊と―――紗夜が行ってしまった方を交互に憂は見つめ、
「……紗夜。」
と、名前を呼んだ。




