第1話: 過去の夢
憂は目覚めた。辺りを見渡せば変わること無い病室。
シーツを見れば、赤い血が染みとなっていた。先日、憂から流れ出たもの。あの時は、看護士や医師達が慌て、面白かった。憂の動作言動で一瞬の内に顔を変える。しかし、それにも飽きてきた憂。
何か面白いことが無いかと、窓を開け病室の下にある庭を眺める。そこには木々が沢山あり、植木などが並べられている。そこは憂が唯一、心安らげる場所だった。でも、今回もまた、事件を起こしたこともあり、外出禁止が出されていた。本来ならば、禁止を破り脱走する憂だが、今日はそんな気になれなかった。夏の暑さからか、憂はぐったりと窓の桟に顔を置き、うな垂れていた。
もう一度、寝ようかと思い憂は寝転ぶ。ギシッとベッドが軋み音を出す。そして、目を瞑った。
憂は好きな曲を口ずさんで家へと向かっていた。6月12日、憂の生まれた日。15歳の誕生日だ。
「ただいま~帰ったよ――」
憂はドアを開け異変に気がついた。静か過ぎる、家の中。物音一つしない。用事があるのなら憂に言ってくれる。一体どうしたのだろうか? 何か胸騒ぎがする。その予感が的中していない事を憂は願う。早く母親の元気な姿を見ようとリビングのドアを開けた。中に入ろうと足を一歩踏み入れたその時、ぴちゃりと水音が憂の耳に届く。視線だけを下に向け、見る。赤い液体。白い靴下が赤色の染まり、つま先が冷たく凍りついていく。その赤は憂の体温を奪うように、広がり出す。
「っ…!?」
もう、頭の中ではわかっていた。何かが家の中で起きたということは。
ドアを開ける前から、それは臭っていた。生臭い、匂い。鉄のような錆びくさい匂いが憂の鼻をかすめ、恐る恐るドアを開け放つ。血の匂い。けっして良い匂いとはいえないもの。うっとするような吐き気がする血の香り。
見たくは無いが、見なければならないと憂の本能が語っていた。見たくない赤い塊を憂の目はうつす。
塊それは、母。原型などわからなく、形もぐちゃぐちゃ。どこに顔があるのかわからないぐらいに、母は無残な姿へと成り果て、その姿で憂を迎えた。
目尻から熱いものが込み上げて来る。誰がこんな酷い事を行ったのか。憎い、憎すぎる。涙が流れ、血の上へと落ちた。
「…お母さんっ! ね…ぇ。起きてよ、冗談でしょっ…こん…なっ、おかあさん…!」
母へと手を伸ばし、血の滴ったものを抱き寄せる。
「う…わぁぁぁあああぁあっ!」
覆いかぶさるように母を包む。
「あら? だあれ?」
可愛らしい声が後ろから聞こえ、ぎょっとし憂は顔を上げる。振り向くとそこには自分がいた。血に濡れた自分とは違う白い顔。憂は錯覚を覚える。まるで大きな鏡に自分の姿を映し出しているよう。でも、憂は血の付いた包丁を持ってはいない。憂の目の前にいる少女は正真正銘の人間だ。鏡などではない。
「ふふふっ……初めまして、憂お姉ちゃん?」
少女は憂に微笑む。その笑顔は不気味で残酷なほど綺麗だった。憂は流していた涙をぴたりと止め、目を見開いた。
お姉ちゃん? 意味が分からない。憂には姉妹も双子も居ない。それなのにこの子は私のことを姉だという。でも、これじゃあまるで。
「くすくす…何がなんだか分からないって顔をしてるわね…。それもそう、私達は会った事も、話した事も無いんだから…。分からなくて当然だわ? あたしは貴女の双子の妹―――高木紗夜よ…。これから姉妹どうし仲良くしましょ? ね? ―――お姉チャン?」
そう言って紗夜は可愛らしく首を傾げ、憂の全てを見透かすように憂を見る。そして次の瞬間。ガンッと衝撃が憂の体に走った。紗夜は憂に馬乗りになり、憂を見下ろしていた。しばらく紗夜は憂の顔を見つめ、何か決心したように口角を上げた。
「―――また、遊びましょう? 今度は貴女が逃げられない場所で……疲れ、果てるまでたっぷりとその時は遊びましょうね? ――憂。約束よ? もし、破ったら……」
紗夜は途中で言葉を切って、満面の笑みを浮かべて憂に包丁を振り上げた。
「こうなるのよ?」
顔のギリギリで包丁は止められた。
がばっと跳ね起きるように憂は起きる。夢を見ていたのだ。あの日の悪夢を。
「っ…また。もう許して…」
張り付く髪を払い顔を覆う。
恐怖や不安は生きている限り、自分達を追い掛け回す。逃れたい、自由を手にしたいと願うたび恐怖は濃くなり鎖となって一生絡みつく。たとえ、それが愛だとしても。




