第15話: 光
夜が来た―――。空はもう真っ暗になり光は無くなった。
唯一、光を灯しているのは、外にある街灯だけ。あとは、病院の中に在る光だけ……。
何度、私はこの病院の夜を怖いと恐れたことか……。病院の夜は、どこか不気味だ。背後から何かが忍び寄ってくる……。
……なんて、ことは無い。まぁ、夜は嫌いだけど……。夜の病院を怖いと思ったのも事実。もっとも、怖いのは、私たち、人間だけどね。何も感情が無いまま、人を簡単に殺せるのだから……。
いつのまにか、手を握り締めていた。爪が食い込むほどに……。
日に日に、母への気持ち、罪悪感が増してくる。今でも、自分自身が信じられない……本当に自分が殺したのか、他人が殺したのか……。
でも、なんで私は母を――――刺したんだろう。死なせる理由なんて、一つも無いのに……。
一つも……?忘れていた記憶が、今、思い出す―――。
私は母に、虐待を受けていたんだ……。小さい頃からずっと―――。
母に気に入らないことがあると、いつも、私を蹴ったり、叩いたり……そんな毎日が続いていた。
でも、私は抵抗しなかった……。私のお母さんは一人だけ、その暴力が終わったら、いつもの優しいお母さんに戻るから―――。そう思って、私は我慢していたんだ。
小さくても、ちゃんと意志が在る―――。でも、その虐待に耐えられなくなり、私は自殺しようとした。
けれど、自殺は必ず未遂に終わる。
刃を肌に押し付けると、母の顔が頭の中をよぎる……。だめだ、こんなことをしては、お母さんが悲しむ……。そう思うと、今まで苦しかった思いが嘘のように消えて無くなる……。そんなことは何度も
あった。
死にたいけど、死ねない……。まるで母に束縛されているようだった……でも、それはあの日を境に終わる。
「やめてっ……! 憂!! ……今までの事は謝るからっ……お願いっ……私をっ
……殺さないでッ!!」
そんな、母の願いを無視し、私は母を殺した……。
鉄のような錆びた匂い、肉を裂く音、飛び散る赤、懇願する声―――。
私は無表情で、すがる母を刺した。次々と、甦るあの日の事……。
なんでっ……私は、殺してしまったのだろう……。肉親である母を、自分の手で―――。
「ごめんなさっ……お母さん……本当にっ……ごめんなさいっ……!」
どうしようもない思いで一杯になる。いつまでも、零れる涙―――。何度、謝ろうとも、罪は罪……
消え去ろうと、忘れようとしても、その罪は後から追ってくる……。消えなくてもいい―――。もう一度
お母さんに会えるのなら、何でもする――――どんなことだって。
紗夜は憂がいる病室のドアの前に、腕を組んで、扉によしかかっていた。憂の泣き声を聞きながら。
「そうそう……もっと、苦しめばいいわ。貴女なんか―――。ふふふ―――楽しーぃ、楽しーぃ♪ あんたなんか、死ねばいい……狂って、泣き叫んで、痛みに溺れればいい。あたしの、気持ちを知ればいい……
くすくすっ……さーて、次はどんな恐怖を味わいたい? ……フルコースは色取り取りよ? 前菜はどれにする? 自分で選ぶ? それとも―――あたしが選んであげましょうか?
……ごめんなさいって、まだ、そんなことを悔やんでいるの? バカだわ……あの女と一緒に暮らすと思うだけで、ぞっとする。よく、耐えられたものだわ……あたしなら、即、首を絞めて、サヨウナラーだけど。」
紗夜が笑みを漏らす―――。
「……どうなるのかしら。どちらが勝者になるか―――敗者になるか―――。」
紗夜は虚空を見つめ呟き、闇へと消えていった。
病院を照らすように月が顔を出した……。
何事もなく……ただ、淡い光を放ち二人を包んでいた。