第13話: 変化
「私が……お母さんを殺した……」
憂は繰り返すように、言葉を呟く。
「なんでっ……! 私が? どうして紗夜じゃないの!?
私が何をしたっていうのよっ……!!」
悲痛な叫びとは反対に、楽しげな声が笑う―――。
「ウフフッ――。さあ? 誰でもいいじゃない、そんなの。
誰が殺したって同じ事よ? 貴女に罪は無いわよ? あの女が貴女をそうさせたの…」
だから、憂は悪く無い―――。
そう言って、紗夜は憂の耳元で囁く。
甘い誘惑の言葉とともに、穢れた手で、獲物を染め上げていく―――。
まるで悪魔の囁き。
「悪く無い……? 私は悪く無いの?」
虚ろな眼で憂は紗夜を見る。
「そうよ? まだ、分からないの? 憂? 貴女はあたしの言う事を聞いていれば良いの。」
「紗夜の事を聞く?」
「えぇ、そう。」
後、もう少し―――。
そんなことを思いながら、紗夜は笑みを深める。
私は悪く無い―――。その言葉を自分に言い聞かせ、問う。
何が忘れていない? 大切な事を―――。
駄目!! 忘れては! あの日の事を……。
自分の犯した罪を、忘れては―――。
紗夜の言う言葉に惑わされないで……。
惑わせる?
そうだ、私は自分を失いかけていた。
紗夜の言葉を信じてはいけない……。
私は何度、紗夜に怒りを覚えたか……。
いまでも、その事を思い出せば甦ってくる。
お母さんを……殺した事は、消せないけど……。
私は掌を強く握り締めた。
曇りの無い、真っ直ぐな瞳で憂は紗夜を見つめた――…
……チッ。もう少しだったのに…!
どうして、あんたは揺らがないの?
なんで、あたしに跪かないの?
素直に、あたしの事を聞いていれば良いものを……!
あたしに向けられた、あの瞳。見ているだけで嫌気が差す―――
穢れていない眼、最後まで自分の意志を貫くような瞳。
その全てが気に食わない。
苛つく……。
その瞳を踏み躙ってやりたくなる―――。
憂の恐怖に歪んだあの顔―――。
もうちょっとで屈服させられると思ったのに……
いとも簡単にかわすなんて……。
何か策を練らないと―――
でも、どうすれば?
そう紗夜が考えていると、憂が口を開いた。
「もう、迷わない――――。絶対に。
私を卑しい言葉で狂わせようとしたって、そうはいかない。
絶望のどん底に落とされても、私は何度でも、
そこから這い上がってみせる。―――覚悟しなさいよ? 紗夜。」
憂はもう悲しみを見せない。
自信を持ったような、余裕の在る笑みを紗夜に浮かべた。
「……!」
なんで、そんなふうに言えるの?
あたしの言葉が……憂に、希望を与えた?
そんなの許さない!!
あんたは、苦しみに悶えていればいいのよ……!!
そう思って気が付いた。
あたしの手が、体が震えている―――…。
このあたしが?
たかが憂の言葉でしょ?
他人に感情を左右されては駄目。
そんな事を思いながら言う。
「ふーん。楽しみね……。貴女がどんなふうに変わって行くのかを……
その時まで、あたしは待ってるわ?」
あたしは、この時、平静を装うのが精一杯だった。