1F
颯を先頭に、早速魔王城に向かって出発した。
道中、颯は全員と話をしていたが、意外にもリラックスしているようで安心していた。
(こういうときこそ落ち着いてくれるのはありがたいな)
次第に真往生に近づいていき、
「着いたな」
魔王上の、おそらくは側面の方に着いた颯は少し声を強張らせた。後ろを振り返り、ギャレットにさっそく尋ねる。
「ギャレット。裏口はどこに?」
「ああ。こっちだ」
そう言ってギャレットは颯たちを案内する。指さされた方を見ると、魔王城のちょうど裏手側にその扉はあった。
「ほ、本当にあからさまね」
ミツキはジト目になり、腰に手を当てていた。
颯も同じことを思ったが口には出さずに、
「それでは早速潜入を開始する。コハル、コトネ」
「は、はい!」
「了解です」
コハルとコトネはすぐ杖を構え、魔術を発動させた。するとすぐに颯たちの周りに結界が貼られ、透明になって見えなくなった。
展開を終えて、小春は颯の方を向いて、
「あの、あまり離れすぎると、その、結界の外に出ちゃう、ので。注意してくださいね」
「分かった。ありがとうコハル」
「は、はい!」
(うれしそうな顔をされると、自然とこちらも笑顔になるな)
颯はそう感じた後、再び緊張を戻して号令をかけた。
「では全員隊列を組もう」
颯の声を聞き、すぐに昨日決めた隊列が組まれた。
「ギャレット、慎重に扉を開いて進んでくれ」
「ああ。分かった」
裏口の扉がギャレットによって開かれ、ついに魔王城攻略作戦が始まった。
潜入後からしばらくして颯たちは、ほぼ明かりのない道を静かに、そして慎重に進んでいった。
何が起こるかわからない恐怖と緊張が颯の体力ををすこしずつ犯していく。と、道の奥についに求めていた光が見え始めた。
「……慌てるなよ」
颯は静かに全員に忠告をした。メンバーも静かに頷き、これまでと変わらない足取りを維持して進んだ。
そして明かりがある場所に徐々に近づいていき、光が道の左からさしていることに気づいた。
(部屋、か。誰かいるのか?)
颯たちは光源であるところの入り口から3mほど離れた位置で止まり、颯が中の確認のため忍び足で進み、入り口の壁から少し顔を出す。
すると中には――おぞましいほどの数の羽虫と、一匹の異常に大きいハエがいた。
(……なんだあれは)
颯は嫌悪感を極力抑え、部屋周辺の確認を進める。
全体的には豪華で華やかな印象があり、レッドカーペットも敷かれてある。そしてその奥には大きな扉があった。
(たしか、あの扉)
颯は以前あの扉のデザインを書物で見たことがあった。今は亡き魔王軍幹部のおばあちゃんから魔王城の話を商店街で聞いてから、気になってギルド協会の書物庫に行って魔王城についての本を読んだ。その時に見た正面入り口の扉と今颯が見ている扉のデザインが一致しているのだ。
(なるほど、つながっていたのかここは)
だがしかしこれは幸運だ。ここの通路を通り過ぎれば戦闘をしなくて済む。
颯は折り返して隊列に戻り静かに指示を出した。
「みんな、いまからここを通過する。いいか、物音はできるだけ立てるなよ。横を向いたりもせず、ただ通り切ることを考えうんだ」
メンバーは静かに頷いた。
「ギャレット、行ってくれ」
「ああ、分かった」
そうしてギャレットから一人ずつこの通路を突破……するはずだった。
コツンッ
「あっ」
颯が入り口を通り過ぎている途中、ギャレットが道にあった石を蹴飛ばしてしまい、それがどこかの壁に当たって音を立てた。ついでに声も出してしまっていた。
「っ! ダレダ!」
すぐにあの巨大なハエがその音に気付きこちらに振り返っていた。その声に、颯も思わずハエの方を見ていた。
(しゃべった⁉ いや、それよりもまずいぞ)
幸い迷彩のおかげで姿は見られてはいないはず。このままやり過ごせれば、
「オマエタチ! ソコニ、シンニュウシャダ! コロセ!コロセーーー‼」
「なんだと‼」
なんとあのハエは颯たちの方を見て、周りの虫たちに指示を出したのだ。あのハエたちは迷彩を無視できる能力でもあるのだろうか。
(そんなこと考えてる暇はない!)
颯は今考えていたことを頭の隅に追いやり、
「全員! 落ち着いて陣形を整えろ!」
「「「「了解!」」」」
そうしてすぐに隊列を組み、
「戦闘開始!」
魔王城での初陣が始まった。
戦闘の作戦は町が強襲されたときと同様だが、取り巻きの羽虫の数がすさまじいため、とてもミツキが前に出られる状態ではない。なので今は颯とコハルの二人で遠距離且つ広範囲の魔法でぎりぎり凌いでいる。
「こうしてみると気持ち悪いわね」
ミツキは列の後ろで顔を真っ青にしている。
「数もそうですけど、何より音が気になりますよね」
と、コトネはミツキに便乗してそう言った。
確かに羽虫独特の音はあまり心地良いものではない。戦闘訓練でメンタル面の強化をきちんと入れるべきだった、そう颯は後悔する。
この場で夕いつ、余裕そうにしているのがあのハエだった。
「クックック。イツマデ、モツカナ?」
ハエは颯たちを見てあざ笑っているように挑発してくる。
その時、颯は文献であのハエを見たことがあることを思い出した。
「ベルゼブブか」
ベルゼブブとは現実世界のファンタジー作品にも幾度となく登場してる悪魔だ。その実力は魔王軍の中でも上位と言われている。その他にも、過去にいくつのも村をあっという間に壊滅に陥らせたことがあるという。
そしてそこにはベルゼブブの特徴や弱点についても記されてあった。その内容、そこから導き出した作戦もすでに思いついている。しかし、
「ハ、ハヤトさん! このままだと、おされてしまい、ます!」
コハルは颯に必死にそう訴えかけた。もちろん颯自身も分かっている。だから、
「ミツキ、そろそろ準備を」
「ええ。分かったわ」
颯はミツキに声を掛けた。そしてコトネにも、
「コトネはミツキに防御魔法を!」
「はい!」
コトネは返事をして仲間全員に囲っていた結界を一旦解き、もう一度発動させる。すると光の幕がミツキの体を囲い、浸透していった。
それを確認したミツキは列の前に出て剣を腰の鞘から抜き、構えをとって颯に声をかける。
「ハヤト、いつでも行けるわよ」
「分かった」
そう聞いた颯は一旦攻撃を止め、荷物から残りの干し肉をすべて取り出した。その後すぐにコハルに話しかける。
「コハル、お願いなんだが地面に置いてある干し肉を腐らせてくれないか?」
「え⁉ そ、そんなことをして何を」
「いいから早く! いったん俺だけで持ちこたえるから!」
「わ、分かりました!」
コハルは指示通り攻撃を止め、干し肉を魔法ですぐに腐らせた。ちなみにこの魔法は数日前に発酵食品を作るため、颯とコハルが一緒に作ったものだ。
まさかここで役に立つとは。颯は魔法を連発しながらそう思った。
「ハヤトさん!で、できました!」
「ああ。ありがとう」
コハルにお礼を伝えた颯はそのままミツキに指示をする。
「ミツキ。その腐った肉をどこでもいいから投げつけてくれないか?」
「は⁉ 急に何言いだすの⁉」
「いいから頼む! これもこの場を切り抜けるためだ!」
「は、はぁ。分かったわよ」
やれやれといった感じでミツキは地面の腐った肉を持ち、
「そいやーーー⁉」
勢いよく投げた。
「そいやー!って……」
ギャレットがミツキの掛け声に飽きれながらつっこんだ。
「うるさいわねギャレットつぶすわよ」
「二人とも気を抜くな。見ろ」
颯がギャレットとミツキがじゃれあっているのを止め、二人は颯と同じ方向に向く。するとこちらに群がっていた取り巻きの羽虫は一気に落ちた干し肉の方に行った。
ハエは腐ったタンパク質を好む。羽虫どもはベルゼブブの取り巻きだからもしかしてと思いやってみたがどうやら正解だったようだ。
「コトネ! 一斉に撃つぞ!」
「は、はい!」
颯はコトネと連携し、一斉に群がった取り巻きに向かって、立て続けに魔法を浴びせた。煙が上がり、頃合いを見計らって攻撃を止める。
煙が上がると群がっていた羽虫は跡形もなく消えていた。
だがしかし、颯たちが倒したのは全体の約二十%で、残しの八十%はまだ親玉の周りをウロチョロしている。
だが颯には勝算はあった。
「よし。ミツキ、コハルは一個づつ肉を持ってくれ」
そう言われたミツキとコハルは言われた通りに、残りの四つから一つずつ持った。それを確認した颯は両手に残り二つを手に取った。
そして颯は二人に作戦内容を伝えた。
「今からそれぞれ別方向にそれを投げる。そうして羽虫を別々に分散させ、各個撃破していく。構わないな?」
「分かったわ」
「わ、分かりました」
「よし。三、二、一で投げるぞ」
颯がそう言い、三人は構えをとった。
「三、二、一――投げろ!」
そうして三人一斉に肉を投げた。すると、作戦通りに羽虫が四方向に分かれてくれた。
「攻撃開始!」
颯の言葉を合図に、ミツキは左側、颯は左斜め前と右斜め前、コトネは右側にそれぞれ散らばった羽虫に一斉に攻撃をした。
だが倒すのは容易ではなく、全滅したのは三十分後だった。
「はぁ、はぁ……」
颯は思った以上に魔力を使い、息を切らしていた。それはとコハルも同じらしい。ミツキは魔法を使わないがそれでもこの中で体を動かしていたので当然疲れていた。
だが後一匹、倒さなければならない相手がいる。
「クックック。モウ、ツカレタ、ノカ?」
ベルゼブブは取り巻きをやられたにもかかわらず、まだ余裕そうにしている。
「どうする? さっきみたいに肉をなげるか?」
ギャレットが颯にそう質問をする。しかし颯は首を振り、
「いいや。さっきのあいつは肉に対して何も反応しなかっただろう? あいつには理性がある。そう簡単に倒れてくれないだろう」
「じゃあどうすんだよ」
「取り巻きと違って相手は一匹だ。とりあえず様子を見てみよう。ミツキ、いけるか?」
「ええ。いつでも」
ミツキはさっきの戦闘でかなり疲れているはずなのだが、今はその素振りを一切見せずに生き生きとしていた。
颯は安心して指示を出した。
「とりあえず様子をみたい。ミツキは前線に、俺とコハルは後ろで援護、コトネはミツキの支援を頼む。ギャレットは俺たちの壁になってくれ」
「「「了解!」」」
「俺だけ扱い雑だが了解!」
ミツキ、コトネ、コハルが返事をし、ギャレットも文句を言いながら声を出した。
「よし! 行けミツキ!」
「ええ!」
ミツキはやる気に満ちたような声でそういい、前線に飛び出した。高速でベルゼブブの正面に移動し、水平切りを浴びせる。
しかしベルゼブブはその体の大きさと比例しないスピードで上に上がり、攻撃をよけた。
そこにすかさず小春が魔弾を連射。逃げるベルゼブブを追うような形で向かっていくがそれよりも速く左の壁に沿って飛んでいく。
だんだんと後衛に近づいてくるのを確認した颯は剣に魔力を込め、それをを放つ。
だがそれも下へ急降下して避け、その勢いで颯たちに突進してきた。
「シールド、展開‼」
ギャレットはそう大声で言うと、彼の盾を中心にそれをかたどった黄色の魔力の壁が颯たちの前に現れた。
突進してきたベルゼブブはその壁に勢いよくぶつかり後ろにのけ反った。
「せぃやぁ!!」
そしてミツキがベルゼブブの後ろから切りつける。それがベルゼブブに当たり、出血した。 ベルゼブブは悲鳴のような鳴き声を上げ、すぐに正面入り口の方に飛び、距離をとった。
いったん落ち着いた颯はベルゼブブの能力を侮っていたことを後悔した。
「なんて素早さだ」
現実世界の常識で考えていた颯だったが異世界でそれは通用しなかった。もう少し視野を広げるべきか。
(だが、さっきのはあいつの素早さがあってこそだった。それなら)
颯は次の作戦を思いつき、その鍵となるコハルに次の指示を出した。
「いいか。今から俺とミツキであいつを誘導する。コハルはできるだけバレにくいところに重力魔法のトラップを設置してくれないか?」
「は、はい。でも分かりにくい場所って、どどこにすれば」
「そうだな。部屋の端とか真ん中とかはあからさまだから、分かりやすい場所から少し位置をずらした場所かな」
「なるほど、分かりました。や、やってみます!」
コトネは少し緊張気味に答え、早速罠の設置を始めた。
颯はミツキにも説明する。
「今、小春がトラップを設置している。その間にベルゼブブを俺たち二人で牽制、その後設置が完了したらそのままトラップの場所まで誘導し、引っかかったところに全力で一斉攻撃を仕掛ける。いけるな?」
「面白そうね。いいわよ!」
「よし。じゃあ仕掛けるぞ」
最後にコトネにも、
「コトネはミツキに、対重力魔法をかけてやってくれ」
「了解しました」
コトネはすぐに魔法をミツキに対し、発動した。
事前にすべきことを終えて、
「よし、作戦開始だ」
颯のその言葉を聞き、早速ミツキは前に攻めて行った。
切りつけては避けられ、颯が追撃をして、どれだけ攻撃しても当たるのはごくまれ、という状態が続いた。だんだんと二人は疲弊していく。ミツキも攻撃を受け防御魔法の効力が弱まり、傷が増えていく。コトネはミツキの回復を行うも、増えていく傷の数に追いつけなかった。
だんだんと体力が削れていく。と、そこに朗報が入った。
「ハヤトさん、設置終わりました! ポイントはそこです!」
コハルはそう言ってある場所をベルゼブブにばれないように指さした。
そこは部屋の右上の対角線上にある場所だった。颯のアドバイス通り、少し中途半端な場所で、ばれないように隠して作られていた。
「ありがとう。あとは俺たちの仕事だ」
颯はコハルにお礼を言った後、
「ギャレット、お前の魔術、遠隔であいつを押し出したりはできるか?」
「ああ。できなくはないがダメージは与えらねえぞ」
「ああ、それで構わない。発動時間は?」
「残留時間が少ない盾ならすぐにできる」
「分かった。では俺が合図と一緒に押し出して欲しい方向を言うから、そうしたらすぐに盾をを頼む」
「任された!」
ギャレットは楽しそうに笑みを浮かべた。
そして引き続き颯とミツキでベルゼブブに追撃を掛ける。少しずつ、少しずつ誘導していき、
「いまだギャレット! 右に押し出せ!」
「おりゃあーーー‼」
颯が合図を出し、ギャレットは魔法を発動させた。 それによりベルゼブブは押し出されていく。
「グビャア‼」
そしてトラップの範囲に入ると魔法が発動。瞬時に結界が張られベルゼブブは縦への強い力に耐えられず、床に押しつぶされた。
「いまだ! 全員一斉攻撃!」
颯はすかさず全員に指示をした。
「うりゃあ‼」
事前に対重力魔法を受けていたミツキがベルゼブブを滅多切りにし、
「え、えーーーーい!」
コハルがありったけの魔法を喰らわせ、
「もういっちょ、今度は強いのくれてやる!」
ギャレットが盾で思いっきり殴り、
「ハヤトさん。とどめを!」
コトネが物理攻撃のバフをかけて、
「これで、終わりだ」
颯は剣に魔力を込め、連続で発射した。
「グビャァァ!アウべァ#$%&$#」
ベルゼブブの断末魔がだんだんとひどく歪になっていき、
「――」
颯たちの攻撃が止むころには、もう動かなくなっていた。
「なんとか、倒したか」
颯は思わずほっとし、ふぅーっと息を吐いた。
「思ったより大変だったわねぇ~」
ミツキがフラフラとしながら颯たちのところに戻ってきた。
「つ、つかれましたぁ~」
コハルもヘロヘロとした様子で地面に座り込んだ。
「ほんと、どうなるかと思ったぜ~」
ギャレットもまた安心して胸を撫でおろした。
しかしミツキは途端に目をギラっとさせギャレットの耳をつかんだ。
「誰のせいだと思ってんのよこのぽんこつ!」
「いででっ! すますまん! 悪かったからさ!」
颯は二人のやり取りをみてなんだか少し安心したように感じた。そこにコトネがやってきて、
「何とかなって助かりましたねハヤトさん」
「ああ。最後の支援、助かった。ありがとう」
「いえいえ。お役に立ててうれしいです」
コトネは嬉しそうにそう答えた。
みんなこの勝利をそれぞれ味わっている。とはいえ、ここで足踏みはしていられない。
颯は次のステップに進むため、みんなに呼びかけた。
「休んでいるところすまないが、あまり時間がない。すぐに隊列を整えて先に進もう」
その呼びかけに一番早く応じてくれたのはミツキだった。
「ふぅ。それもそうね。早く行きましょ」
そしてギャレットの耳を離した。ギャレットは立ち上がり、耳を痛そうにして押さえて応じた。
「いてて~。そうだな。早く終わらせて町でゆっくりしたいぜ」
今度はコハルが立ち上がり、
「そう、ですね。一刻も早く、この城を、攻略しなくちゃ!」
手をぐっと握りしめてそう言った。
「それでは、行きましょうか」
コトネは颯にそう言い、「そうだな」っと軽く返事をした。
「隊列を組んで早く出発するぞ!」
「「「「了解!」」」」
そうして颯たちは次のステップへ進むため、進軍を再開したのだった。