崩壊
五日目、午前中にパーティ全員で訓練をした後、一緒に飲食店に行き、そのテラスで食事をしていた。楓から時計回りにコトネ、ミツキ、コハル、ギャレットの順で座っている。
外食する余裕ができたのも、ミツキとコハルが想像以上の成果を上げてくれたからだ。そして明日はいよいよ、魔王の城へ出発になる。そのために少しでもここで英気を養っておきたい。
「~~~っ!うんめぇ! こんなにうまいメシ、久しぶりだぜ!」
「うん! このお店、街の中で一番評判が高いお店なだけあって、本当においしい!」
「うん、さすがね。評判通り、いや、それ以上のおいしさだわ」
「ふふ。みんな楽しそうね」
ギャレットがパスタを食べ大げさに感動し、コハルも特性パフェのおかげで普段のおとなしさが嘘のように消えている。ミツキもグラタンをゆっくりと味わい、それを見ているコトネはカルボナーラを食べながら、皆の様子をながめていた。
もちろん颯もペペロンチーノをおいしく味わい、同時に仲間との話に花を咲かせている。
これはこの世界にきて颯が知ったことだか、この世界の食べ物は、一貫して現実世界と同じ食べ物、それも日本で親しまれているものなのだ。名前も味も見た目も何もかもがそう。颯はそのおかげでどうも本当に異世界に来ているという実感が少し薄くなっていた。今までは魔王討伐には直接関係ないとして、この問題は隅に追いやっていたが。
颯以外のメンバーは、そんなこと知ったことではないとばかりに食事に雑談と楽しんでいる。
ギャレットはそんな明るい雰囲気の中、少し真剣な話題を出してきた。
「そういえばさ、近くに魔王の城がでてきたって話きいたか?おかげで魔物の数も桁違いに増えてるらしいぜ」
その話にミツキが反応した。
「ええ。今日の朝、訓練前に掲示板を見たときは驚いたわ。まさか掲示板からはみ出るほどの依頼が出ていたとはね」
「掲示板が埋まるほどに?」
ミツキの発言に颯は驚いた。
コトネは話の続きを説明する。
「はい。どうも他の町でも城が出たと伝わっているそうで。ハヤトさんも見られたと思いますが、今朝大勢の冒険者さん達がギルドハウスにいたのはそのせいだと思われます」
「確かに。今日はやけに人が多いと思ったら、そういうことだったのか」
訓練場に行くにはギルド協会内の専用の扉からじゃないと入れないようになっている。そのため、颯もギルド協会内の人だかりは目にしていた。何かイベントごとでもあったのかとばかり思っていたのだが。
颯は納得し、より焦燥感が増した。この食事を終えたら一刻も早く出発の準備を進めなければ。そう考えていた。
その時だった。
「やあやあ、昨日ぶりだね」
店の中から突然、昨日颯に商店街で魔王城の説明をしてくれたおばあさんがやってきたのだ。
昨日と同じような笑顔で、困惑する颯たちに近づいてくる。とっさに颯は平常時なの保ちながら質問をした。
「どうされましたか、おばあさん。何か御用でしょうか」
「ええ。依頼を受けてもらいたくてねぇ。これなんだけど」
そう言っておばさんは手に持っていた依頼書を颯に渡そうとする。しかし颯はそれを受取ろうとはしなかった。
「すみませんおばあさん。冒険者への依頼はギルド協会を通してもらわないと――」
その刹那、おばあさんの手に持っていた依頼書が何かの衝撃で手から弾かれた。その直後、コハルが、
「み、みなさん! その場から離れてください!」
颯たちはすぐにおばあさんから距離をとった。
そしてその直後依頼書が赤くなり――さっきまで楽しく過ごした場所が一瞬にして爆発。爆音と共に赤い業火に包まれた。
颯たちへの被害は査証源に抑えられたが、先程まで店にいた他のお客は、恐らくあっけなく炎に焼かれてしまっているだろう。
「あら、惜しかったねぇ」
炎に包まれた店の中からおばあさんが出てきた。その顔はさっきと変わらない笑みがあった。
颯は警戒を最大にし、睨みつけながらおばさんに問いかけた。
「あなたは、いや、貴様は何者だ」
そおばあさんは猫を被るのを止めたのか、目を見開き、狂気の笑みを浮かべ答えた。
「私は魔王軍将軍の一人である『狂〈きょう〉』。貴様ら人間の絶滅のために破壊の限りを尽くすものだよ」
「なっ⁉」
思わず颯は目を見開いて驚いた。
「「「――――――――‼」」」
そして町のいたるところから魔獣が叫びながら大量に出現した。建物を壊し、人を喰らい、本能のままに破壊を進めていく。
建物が崩れれる音、人間の断末魔が大量に大音量で耳に入る。
颯は必死に冷静になるように自己暗示をかけ、仲間に指示を出した。
「全員! 陣形をとって周辺の魔獣を一掃するぞ‼」
「「「「了解!」」」」
颯たちの、決死の防衛戦が始まった。
あれからどれくらいだったのか。
颯たちが戦いを始めてから魔獣は際限なく湧いて出て容赦なく町と人を襲った。
ある所では炎が上がり、ある所からは悲鳴と狂喜の声が聞こえてくる。つまるところ、状況は少しずつ悪化していった。
その結果は同時に颯たちの体力と指揮を蝕んでいった。火事による酸素の減少、多勢に無勢な戦況に加え、パーティ全体での実践経験の少なさが仇となり、壊滅するのは時間の問題だった。
しかし。
「ふぅ……」
ただ一人、颯だけは違った。
激戦になってから彼の本領が発揮されたのだ。
「よし、さっき言った作戦を今から実行する。準備はいいな?」
「ああ、任せとけ!」
「ええ。いつでもいけるわよ」
「が、頑張ります!」
「私も、準備は出来ております」
どうやら全員、問題は無いようだった。
「では、作戦開始!」
颯の一声で、一度全員は隊列を立て直した。
前からミツキ、ギャレット、コハル、ハヤト、コトネの順で並び、
「いっくわよー!」
まずはミツキが剣を片手に持ち、前に飛び出した。勢いよく、敵軍の群れにつっこんでいく。
周辺の魔獣はそれに気づき、何の躊躇もなく、襲いかかった。
「遅いわよ」
そうつぶやき、ミツキは一瞬にして六体の魔獣を切り刻んだ。体の断面からは大量の血が流れている。
「次!」
ミツキは続けて他の魔獣を始末していく。
「コハル、俺たちもいくぞ」
「は、はい!」
ハヤトは右手に持った剣に、魔力を込める。刀身が白い光で包まれたのを確認し、
「ふっ!」
魔獣に向かって切るように振った。
すると、刀身の光が剣の軌道に沿った形になり、目標に向かって飛んでいき、命中した。魔物の体が真っ二つになり、血が噴き出した。
続いてコハルも、杖に魔力を集め、放つ。
それが魔物の頭に当たると、その一部が破裂したようになくなり、倒れた。
「まだまだいくぞ!」
「はい!」
颯とコハルは、ミツキの周辺にいる魔物を蹴散らしていく。しかし、いくら強力でも、数の力には叶わないようで。
「っ⁉ しまった!」
颯は攻撃に集中しすぎてしまい、こちらに迫る魔物を見落としていた。段々とこちらにそこそこの数の魔物が押し寄せてくる。
「俺に任せとけ!」
ギャレットは盾を敵の方にむけ、
「シールド、展開!」
瞬間、盾から透明な魔力の塊が広がっていき、一つの大きな盾を形成した。
魔物はそれでも進行を止めず、突進した。だが通れるはずも無く、先頭が壁にぶつかっり、それに続いて他の魔物が前に詰まっていく。
「せやぁ!」
「はあ!」
それを颯とコトネで一気に仕留めた。それと同時に盾は姿を消した。
「ありがとう、助かった」
「いいってことよ!」
颯の礼に、ギャレットは親指をたて、笑顔で応えた。
しかし、ここは凌げたものの、ミツキを一人にさせてしまっていた。
「ミツキはどうなったんだ」
彼女の方を見ると、なんとか一人で持ちこたえている、といった様子だった。体にはいくつか傷が見える。
「私が治療いたします」
コトネは杖を持ち、魔法を発動させる。すぐにミツキの上から光の粒子が降り注ぎ、傷が跡形もなく無くなっていた。
ミツキは敵をある程度まで減らし、一度こちらに下がってきた。
「ありがとう、コトネ! 助かったわ」
「いえいえ、お礼はいりませんよ」
颯は二人のやりとりを見たあと、一度戦況を振り返った。
さっきの流れで、ある程度の魔物は片付いたが、やはりこのままではあじり貧だ。一度魔物を倒してから黒幕を攻める予定だったが、それを変えることにした。
「全員、目標変更だ。奴を狙うぞ」
そう言って颯が指さした先には、時計塔の一番上で高みの見物をしている魔王軍将軍だった。
「作戦は何かあるのですか?」
そう聞いてきたコトネに、颯は説明をする。
「とにかく、奴を地上に引きずり落とす。そのためには、全員の戦力を会わせる必要があるのだが、如何せん魔物が邪魔だ。それをどうにかしないといけないのだが」
「俺たちに、任せとけぇ!」
突然横から、この町の冒険者であろう男たちが現れた。そのうち一番前にいたモヒカンの男が名乗りを上げてきた。
「取り巻きは、俺たちが抑える。その間に、あんたらはあのババァを倒してくれ!」
「それは、うれしいのですが、本当によろしいのですか? 見た感じ、かなりボロボロのようですが」
颯から見ると、彼らの装備はもうボロボロで、体にもいくつか傷が入っていた。
それでも彼らは笑みを浮かべて、
「この町は俺たちの故郷! 逃げるわけにもいかねぇ! だがあいつを倒す術はねぇ。だから、お前たちに託したいんだ」
モヒカンの言葉に、後ろの男たちも頷いていく。彼らの願いをむげにするわけにはいかない。
「分かりました。では、お願いいたします」
「おう、ありがとよ!」
礼を言った後、モヒカンは男どもを連れて、魔物狩りを始めた。
「これは、ご期待に応えなければいけませんね」
「ああ。そうだな」
颯は一度深呼吸し、
「ではこれより、魔王軍将軍を討伐する!」
「「「「了解」」」」
まずは颯とコハルで遠隔攻撃を仕掛ける。ただし狙いは本人では無く時計塔だ。
無数の球が根元を破壊していく。
「無駄なことを」
将軍のつぶやきは無視し、攻撃を続ける。
しばらくした後、ついに時計塔の根元が折れて地上に激突した。
煙が上がり、将軍の姿が全く見えなくなる。
「警戒しろ!」
颯は声を上げて、いつでも攻撃されてもいいように構える。
次第に晴れていき、将軍の姿が視認出来るようになった、はずだったのだが、
「っ! いなくなってる⁉」
ミツキの言うと通り、いつの間にかその陰は無くなっていた。
(どこにいるのか、分からないが)
颯は目を閉じ、気配を探った。
耳を澄まし、音を聞く。空気が流れる音、何かが燃える音、魔物を着る音、誰かの息づかい、見えていたものにあった音の中に、見えないものの音を探っていく。
探り、探り、探り、探り、探っていき、――そして見えた。
颯は剣を強く握り、右斜め後ろに切っ先を向け、剣をまっすぐに突き出した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ⁉」
手には確かな手応え、それと同時におばあさんの叫び声が聞こえてきた。
剣がある方を見ると、そこには胸の真ん中を貫かれている将軍の姿があった。その右手には、逆手に握られたナイフがあった。
「な、ぜ」
「なに、特別なことは何もしていない」
苦しむ将軍、颯はそちらに向き直り、さらに剣を深く刺す。
「俺は生まれつき聴覚がいいんだ。普段はしないが、良く耳を済ますことで細かい音まで拾えるようになる。まあ、絶対音感は無いがな」
「ば、かな」
「俺からすれば、貴様がなぜ姿を消してこちらに接近出来たのかが謎だが」
颯は剣を抜いて、上に上げた。
「正直どうでもいい。今すぐここで死ね」
そのまま勢いよく振り下ろした。
「ま、やめ――」
将軍の懇願するような声は最後まで紡がれることはなく、あっけなくその首が落とされた。ごろんと頭が地面を転がり、体は力をなくして地面に倒れた。
「さすがに、人の姿をされるときついな」
颯は将軍の死に顔を見てしまい、意思とは反して少し気持ち悪くなる。
絶望、という言葉がお似合いの死に顔が脳に張り付いてしまっていた。
「だ、大丈夫か」
ギャレットが颯の後ろから声をかけてきた。
「ああ。問題はない」
「いやいや、お前そんなこと言ってるけど顔色悪いぞ」
「ほ、本当に大丈夫じゃ、なさそう、ですよ?」
「あんた一旦休んどきなさいよ」
コハル、ミツキも、颯を心配してか、こちらに駆け寄ってそう促してきた。
「颯さん、ここは休むべきです」
少し離れたところにいるコトネも、同じ気持ちのようだった。
「すまん。こういうのに慣れていなくてな」
颯は深呼吸を繰り返し、なんとか落ち着きを取り戻していく。
「ふぅ。よし、まだ魔物は残っている。残さず殺すぞ」
「ああ。無理だけはするなよ」
「もちろんだ」
こうして颯たちは魔物の群れの完全駆除を開始した
それは終戦から三十分後のことだった。
颯一行のおかげで街は守られ、そのことで颯たちは街の人達からひたすらに感謝の言葉をかけられつづけた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「あんたたちはこの街の英雄だ! 宴だ! 宴をやるぞぉ!」
と、こんな感じで詰め寄られた颯は少し戸惑いながら対応したのだった。
そうして事態? が落ち着いた後、颯たちは今後の動きについて話していた。
「今すぐにでもこの街を離れて出発すべきだと思う」
颯は単刀直入にみんなにそう言った。
それに対してメンバーは頷きながら、
「はい。私もそう思います」
「ええ。一刻も早く魔王を殺さないと、いつまたこの街が襲われるかわからないわ」
「わ、私も、同じ考えです!」
「ああ。そうと決まれば早く行こうぜハヤト!」
コトネ、ミツキ、コハル、ギャレットはそろって颯の意見に賛成した。
「よし」と、颯はそうつぶやいてからメンバーに指示を出した。
「では、今から各々荷物をまとめ、二時間後に広場に再集合しよう。その際、親族には必ず一言挨拶しておくこと」
「「「「了解!」」」」
そして二が時間が経ち、広場に再集合した一行は魔王城に向かって出発したのだった。