出会い
試験は驚くほどに順調にいった。
戦闘面を評価する実技試験、知識を量る筆記試験の二つだった。実技はたまたま一緒に受ける人の見よう見まねで通ったし、筆記試験も特にに大した出題はされておらず、ほとんどは現実で勉強済みなので簡単だった。
そんなこんなで楓は無事冒険者カードを作ることができ、晴れて冒険者になることができたのだ。
「おめでとうございます! これからの冒険者稼業、頑張ってくださいね!」
最初に受付をしてくれた受付嬢から満面の笑顔で送られた楓は、ギルド協会内の掲示板に行った。
そこにはクエストの情報やパーティメンバー募集の紙が貼られてあった。今回用があるのは後者の方だ。
「さて……」
早速楓は募集一覧を見ていく。どのギルドに入れば有利になるのか、それを考えながら絞りこんでいった。
するとその途中、楓は知らない女性話しかけられた。
「あの、すみません」
右を向くと、そこには話しかけてきたであろう黒髪の女性と、別の赤髪とピンクの髪の女性と女の子、そして金髪の男が一人いた。
「はい。なんでしょう?」
「ごめんなさい。突然話しかけて」
黒髪の女性は申し訳なさそうにそう言って会釈をした。
楓はそれ自体なんとも思っていなかったのだが、それよりもその女性陣に楓は少し既視感を感じていた。
そう、まるで現実世界で交友関係でいたような。
「あの、大丈夫ですか?」
思案していた楓を、黒髪の女性は少し心配するように呼び掛けた。
「ああ。大丈夫です。気にしないでください」
楓は一旦そのことを忘れ、聞かなければならないことを聞いた。
「あなたたちは何者なのですか?」
「そうですね。失礼いたしました」
黒髪の女性は少し咳ばらいをし、自己紹介を始めた。
「私はコトネと申します。ギルドではヒーラーを務めさせていただいていますが、治癒以外の魔法もある程度使えます。以後、お見知りおきを」
コトネはスカートを少し摘み上げ、優雅にお辞儀をした
柔らかい目と彼女佇まいからは、まさに優しいお嬢様といった雰囲気が醸し出されている。
その直後、赤毛の女性が前に出て、挨拶をした。
「私はミツキ。剣士をやってるわ。よろしく」
目つきが悪いものの、その凛とした立ち振る舞いから彼女の気の強さが感じられた。
「つ、次は私、ですね」
ミツキの後ろで控えめに立っていた女の子が小さな声でそう言った。
ピンク色の髪に幼さが残る顔。背も低くどこか庇護欲が掻き立てられるような感覚になる。
そんな女の子は詰まりながらも、颯に自己紹介をしてくれた。
「わ、私はコハルといいます。魔法師です。よ、よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げ、すぐにミツキの背中に隠れてしまった。
その後、一番後ろにいた金髪の少年が前に出て、颯に申し訳なさそうにしていた。
「すまねぇな。この子人見知りだからさ、勘弁してやってくれ」
「いえ、とくには気にしていませんので」
そう言った後、颯は改めて少年の姿を見た。頭部以外、ガチガチに堅そうな鎧を身に纏っている。各部一つ一つがさっき見た店には並んでいなかったものだ。光沢もその中で一番高かったものより凄い。ということはオーダーメイドだろうか。この鎧は野球少年顔の男に、驚くほどに似合っていた。
「ああー、そうまじまじと見られるのは恥ずかしいな」
少年は、照れを隠すように頬を掻いていた。
「すみません」の一言の後、颯は咳ばらいをして、
「それで、あなたの名前は?」
「ああ。そうだな」
少年も咳払いをし、右手をグーにして鎧の胸板に当て、大きな声で名乗った。
「俺はギャレット。タンク担当だ。硬さなら誰にも負けないぜ。よろしく!」
そしてその右手を前に出し、親指を立てた。
「はい。よろしくお願いします」
楓はギャレットと同じように右手を出して親指を立てた。
これで一通り、彼女たちのことを聞くことができた。しかし、初対面であるように思えない感覚は何一つ拭えないままだ。特にコトネにはまた一つ違った違和感が――。
颯が考え事しているとギャレットが話を進めた。
「よし! 次は君のことを聞かせてくれよ」
ギャレットは颯を指さした。彼の声で我に返った颯は、その没頭癖に自分で飽きれながら答えた。
「僕はハヤト。職は剣士をとっている。よろしく」
颯は軽く会釈をした。
これで全員の自己紹介が終わった。手短に済ませるため、早速本題に入ろうと颯は口を開く。
「それで、あなたたちはいったい僕にどんな用事が?」
「それについては私から」
ミツキが手を上げ、颯に簡潔に答えた。
「単刀直入に言うわ。あなた、私たちのギルドに入らない?」
「あなたたちギルドに?」
それは颯が願ってもないお願いだった。しかしなぜ見ず知らずの颯なのだろう。
その疑問はコトネが晴らしてくれた。
「いきなり初対面で申し訳ないのですけど、人手不足なんです。この前まで戦闘指揮をしてくださった人が辞めてしまい、誰も指揮できる人がいなくなりましたの。いいえ、正確にはできなくはないですけど、以前よりどうしても上手くいかないのです」
「それは分かりますが、なぜ僕なんですか?ベテランの方ならいくらでもいるでしょう?」
「それが、いまこの街の冒険者の数が少なく、上級者はみんなこの街から離れて都市部の方に移動していますの。そちらの方が仕事も多いですし、報酬も高いですから」
「なら思い切って上京するのは?」
「そうしたいのですが、悔しいのですが、そんなお金もありません」
「なるほど」
颯はコトネの話を聞いて少し驚いた。この話は決して他人ごとではない。仲間もいなければ魔王討伐も叶わない。都市に行くお金も、もちろんだが今の颯にはない。貯めていくのはありだが、期限は一週間だ。余裕などありはしない。
そのとき、ギャレットが声を上げた。
「俺、さっき見たんだ。ハヤトが試験を受けているところ」
「み、見ていたのですか」
「ああ。今まで冒険者じゃなかったのがおかしいくらいに剣の腕が立つし、戦闘の運び方が俺たちよりも的確だった。思ったんだ。あいつが仲間になってくれればどれだけ心強いんだろうってさ」
ギャレットは楓に己の右腕を差し出し、
「なあ、ハヤト。俺たちのパーティに入ってくれないか?」
そう問いかけるギャレットの目は本気だった。もちろんほかの三人もそうだ。しかし、彼の瞳は他のみんなより人一倍覇気があった。
颯は少し考えて、
「分かりました。その代わり、こちらとしてもお願いがあります」
「お願い?」
ギャレットは首をかしげる。そんな彼に楓は堂々と言い放った。
「魔王討伐への協力。これが俺がこのギルドに入る条件だ」
「魔王の討伐か」
颯の言葉を聞いたギャレットは魔王、という言葉を聞いて怖気づいたのか、半歩下がってからうつむいた。
無理もないか。そう納得した楓は諦めて別の人を探そうと決めた。が。
「それいいな! きっと魔王を倒せば報酬もガッポガッポだし、いいじゃん!」
なんとギャレットが目を輝かせながら楓に迫ってきたのだ。楓は突然のことで驚き、後ろに少しのけぞった。
その様子を見たほかのメンバーは全員そろってため息をついていた。そしてミツキがギャレットの近くまで行き、突っ込んだ。
「あのねぇ。そもそも私たちはそのためにこのギルドを組んだんでしょ! なに呆けたような真似してんのよぶっ潰すわよ」
「悪かった悪かった。忘れてねぇよだからその拳さっさとしまってくんねぇかな⁉」
鬼のような形相をしたミツキをギャレットは必死に収めようとしていた。
そんな二人をよそにコトネは颯の前まで歩み寄り、笑顔で、
「あなたと私たちの目的は一緒、というわけで、よろしくお願いいたしますね」
「ああ。よろしく」
「あっ、これからは同じギルドの仲間なのですから、敬語は不要ですよ。私はこれが標準ですので」
「ありがとう。じゃあ、これからはそうしよう」
こうして颯はギルドに加入することになったのだった。