ゴブリンの呪いとエルフの始祖
『ゴブリンの呪いとエルフの始祖』
第27代 エルドレーニア国王 ミューレリア・ヒスティ・エルド=ホブレル 著
── まえがき ──
我々エルフの始祖は、ゴブリンであったと伝えられているが、そのことは今や王族の一部の者しか知らない。
しかし、これは忘れてはならない事だと私は考える。
故に、ここに彼らの歴史を物語として残そうと思う。
我が子が、孫が後世に語り継いでくれると信じて。
── 第一章 始まりのゴブリン ──
僕は呪われた種族に転生した。
迷信だけど、1000万回善行を繰り返し、一回も悪さをしなければ呪いが解けるって言われて育ってきた。
僕はひたすら繰り返した。
怒られても。いじめられても。ヒトに襲われても。
僕は善行をひたすらに繰り返した。
いつしか儂は年老いて、動くこともできなくなった。
だがこの夢は儂の願いは子が、孫が継いでくれる。
何も恐れることはない。僕が親から受継いだように、我が子に受け継ぐのだ。
数十世代後。
善行だけを行って生きていくには、この世界はあまりにも過酷で、残酷だ。
私たちの一族はヒトに襲われ、逃げ延びたのはたったの3人だった。
兄のジャリル、弟のベスケル、そして私、ミュール。
両親は殺されてしまったが、最後の最後まで歯向かうことなく死んでいった。
ここで抵抗すれば、相手を傷つければ代々引き継いできた善行の襷が途切れるからだ。
私たちは走った。ひたすらに森を走った。
そしてヒトから逃げ延びた。
逃げ延びた先で、私たちは傷ついたドラゴンの子供と出会った。
やせ細ったそのドラゴンは、翼が付け根から切り落とされ、胴体には無数の切り傷、足には鉄の枷。
お腹が空いているのか、うずくまって動かない。
これはきっとヒトの手によるものだ。
彼らは残忍で、私たち魔物を家畜のようにしか見ていない。
──悔しかった。
彼らは、私の祖母を、親を、家族を奪い、村を焼いた。
そして、目の前の小さなドラゴンもヒトによってひどい仕打ちを受けたのだろう。
今は立ち上がる事も出来ずに、私たちの前に横たわり、うつろな瞳でこちらを見ている。
食べ物がほしいと訴えるように。
私たちが逃げる時に持ってこられたのは小さな木の実だけだった。
弟が逃げる時にとっさに掴んだ大切な木の実だ。
しかし、これ1つでは3人が生きていくには到底足りない。
この先、この森で食べ物が得られなければ、そこらで野垂れ死んで獣の餌食になるだろう。
私たちが死ねば、先祖から代々引き継いできた夢はここで途切れる。
なんとしても生き延びねばならないが目の前のドラゴンを見捨てることも出来ない。
見捨てればそれは悪行となるからだ。
これは呪いだ。
私は心から運命を恨んだ。
そんな葛藤をする私と兄だったが──
──弟のベスケルは違った。
「これあげるよ」
最後の食料をそのドラゴンに差し出したのだ。
そんなたった1つの木の実では、ドラゴンに再び立ち上がる力を与えることは出来ないだろう。
だが弟は、焼け石に水なのを承知の上で、なんの躊躇もなく食べ物を分け与えたのだ。
極度の飢餓により自分では首を持ち上げることすら出来ないドラゴンのために、彼の口の中に手を突っ込んで木の実を飲み込ませた。
鋭い牙で自らの腕が傷つこうとも。
小さなドラゴンは涙を流し、最後の力を振り絞るように小さな小さな木の実を飲み込んだ。
瞬間──
──世界が白に染まった。
私は思わず目を瞑った。
そして理解する。この光は祝福の光なのだと。
一呼吸ほど開けてから、ゆっくりと目を開ける。
「なに……これ……?」
私の目に映ったのは──
──呪いが解けた二人の兄弟の姿だった。
私たちゴブリンの、ホブレル族の悲願。
呪いは解かれたのだ。
千年以上、数え切れないほどの世代を重ねて、託された願いが──いま成就したのだ。
後世の歴史学者の間では、この三人の事をこう呼んでいる。
エルフの始祖と。
彼らは生まれ変わったその場で天竜ヴァラゴニールを助け──
──共に我らエルフの桃源郷エルドレーニアを作り上げたと伝えられている。




