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「んまぁ!? ジークちゃんたら! もう! そんな言葉どこで覚えたの! 息子が可愛過ぎて私間違いを犯してしまいそうになっちゃうわ!」
この人は子供の前でなんて事言っているのだろうか……とジークが抱きしめられながら、そう思った。そしてそのジークの思いを言葉にしてくれる人が扉の前に佇んでいた。
「……お母さま、あなたは一体子供たちの前で何をおっしゃっているのですか……」
そう言って書斎に入って来たのは、流れる金髪が眩しい美丈夫。名前をエールといった。ジークの6個上の兄である。
「あらエールじゃない。私はただジークちゃんを愛でていただけよ。何も悪いことなんてしていないわ」
「……愛でるのも限度というものがありますよ……」
「それでエール? あなたがここに来たってことは私に何か用事でもあるのではなくて?」
「はい、実はジークの『祝福の祈り』の件で少し問題が……」
ジークはその言葉を聞き、どんな問題ですかとエールへ聞こうと口を開こうとした瞬間──。
「──なんですって!? ジークちゃんの一世一代の晴れ舞台に問題ですって!? それは聞き捨てならないわ!? 今すぐ行きます! 案内なさいエール!」
エールの言葉に物凄い反応をみせたエレオノーラはすぐさまエールを捕まえると一目散に扉から出て行った。
去り際にジークに向かってグッと親指を立ててから連れ去られていったエールに、ジークも心の中でグッと親指を立て感謝した。
別に嫌ではないのだがエレオノーラの愛情表現は過激すぎてジークには少々うんざり気味であったのである。エールの機転には何回も助けられていた。頼りになる兄である。
そしてジークは去っていった母の姿を見てやっぱりチャーリーとカタリナの母親だなとしみじみそう思った。
「……………………」
「……………………」
ずっと傍観していた双子達はエレオノーラが去っていった扉を眺めていたが、ジークの方へと振り向き、また扉へと視線を移すと、またジークへと視線を戻す。
それを見たジークは双子達に質問した。
「どうしたんだ? 2人とも」
「……えっと、お兄さま。僕もエールお兄さまが言っていた問題のお手伝いをしても良いでしょうか?」
「……えっとね、兄さま。私もエール兄さまが言っていた問題の手伝いをしても良いでしょうか?」
双子達はジークを見つめながらそう呟いた。ジークは『祝福の祈り』関連の問題であればそうそう重大なことはないだろうと考え、双子達へと口を開いた。
「2人とも、あまりお母さまやエール兄さんに迷惑をかけないようにね」
「──はい! お兄さまの為にもチャーリーは頑張ってまいります!」
「──はい! 兄さまの為にもカタリナは頑張ってまいります!」
双子達は元気いっぱいにそういうと、入って来た時と同じように扉を開閉し、駆け足で出て行った。それを見たジークは本当に似たもの親子だなと嘆息するのであった。
一気に静かになった室内。
ジークは先程の聖歌の謎について調べようとまだ読んだことのない本棚へと向かおうと踵を返したその時──。
ふにょん──。
先程感じたエレオノーラとはまた違った柔らかさを持ったものに顔面を挟まれるジーク。ぷはっと顔を上げ視線をあげると、そこには天使と見まがうほどの美少女が佇んでいた。
ジークを見つめる優しげな瞳はサファイア色のような碧眼。その優れた顔立ちに整った鼻筋。黄金の金髪はサラリと腰まで伸びている。
妖艶な肢体を包み込むのは、膝丈までのメイド服。ホワイトブリムがきらりと光る。
「……シャル、足音を立てずに僕に近くなと何度言えばわかるんだ?」
「申し訳ございませんご主人さま。私の体を好きにしていただいて構いませんのでどうかご容赦を」
「……………………」
優しく微笑みを浮かべながら、そのようなことを平気で言うシャルロットにジークは顔を真っ赤にし素早く体を離した。
「あら、もっと私の胸の感触を楽しまれてもよかったですのに……」
「──楽しんでたまるかっ! 本当にシャルは、いつもそうやって僕をからかうんだから
……」
「別にからかっているつもりはありません。私はいつも本気です」
「──だったらなお悪いだろ!」
「ふふっ、申し訳ございません。このお詫びはやはり体で返すしかございませんね」
「──いや、もう本当にいいからっ!!」
そうですか?──。
そう言って首を傾げるシャルロットにジークは辟易するもどこか憎めない存在がシャルロットというメイドであった。
シャルロットはジークの専属メイドである。ジークが生まれてからずっと彼に仕えて来た。ある意味家族よりも長い時間を過ごして来た為、家族以上の存在と言っても過言ではないとジークは密かに思っていた。
「……それで、シャルは僕に何のようなんだ?」
「ご主人さまの専属メイドである私がお側にお仕えする事に何の理由が要りましょうか。私はただご主人さまのお側に控え、ご命令のまま動くまでです」
「……そ、そうか。それは助かる」
若干引き気味なジークに全く気付く様子がないシャルロット。メイドとしては超一流な彼女だが主人の心の動きにはトコトン鈍感なメイドである。
シャルロットの事は気にしない事にしたジークは分厚い本を手に本棚へと歩いていく。そしてその後を無言で付いてくるメイドが1人。
「……………………」
「……………………」
背後からの無言の圧力にジークは耐え切れず、声をあげた。
「……シャル、僕、何だか喉が乾いたから、紅茶でも飲みたいなぁ、用意してくれないか?」
「──はいっ! このシャルロットめにお任せくださいご主人さま! 最高級の茶葉をご用意いたしますので!」
「……ゆ、ゆっくりでいいからね〜」
メイドとは思えない俊敏な動きで書斎から出て行ったシャルロットを見送ったジーク。
すぐさま本を棚へと戻すと、書斎からこっそりと出る。
*
(シャルは可愛いけれど長時間相手にするのは疲れるんだよな)
シャルロットについて色々と頭を悩ませながら、ジークは廊下を歩いていた。掃除がよく行き渡っていて煌びやかな貴族としての品格を現す芸術品が一定の間隔を空けて並んでいる。
(……しかしこの壺、何だこの形は……? 全くお父さまの趣味は前衛的でよくわからないな……)
自分の父親の趣味を軽く否定しつつ、廊下に飾られている芸術品を眺めるジーク。
──ふと聞こえて来た、窓に当たる雨音にジークは顔を上げた。そして窓越しに空を見上げると、空は真っ黒な雲に覆われていた。
(……雨に良い思い出ってないんだよな)
雨雲を見た途端、ジークの表情も曇る。
天気が悪い日には昔からろくな事がないジークである。先日の雨の日には楽しみにしていた狩猟の中止、その前には大雨のせい領内の道が崩れ落ちる始末。ジークはそれに巻き込まれるところであったのだ。
とにかく雨の日は嫌いだ──。
どんどん強くなっていく雨と同じのように、ジークの気持ちもどんどん不安が強くなっていく。見たくない気持ちの方が強くのに、雨から目を逸らすことが出来ない。そしてゴロゴロと雷音が聞こえて来て、目を閉じたくなる程の光がジークへと降り注いだ。
──ピシャーッ!! っと屋敷の近くに雷が落ちた。
──その時、一瞬だけジークの目には血の雨が降っているように見えた。
(……いや、気のせいだろう)
ドキリと思わず跳ねる心臓に抑えながら、ジークは再び廊下を歩き出す。
するとジークの前方に複数の声。
声のする方向へと視線を向けるとそこには、伯爵家で働くメイド達が数名、窓拭きや床の掃除をしたり、芸術品を運んだりと忙しそうに働いていた。
労いの言葉でもかけようと、ジークはメイド達へと歩みを進めた。それにいち早く気付いたのは妙齢の女性だ。
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了