表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
擬死態  作者: 面映唯
4/34

2

 日曜、正午。寒い日だった。街路樹の葉が消え失せ、木と枝だけになっていた。道端にはどこからか飛んできた枯葉がちらほらと散らばり、踏んづけてやるとクシャっと音が鳴った。中学時代に通った通学路に懐かしさを抱いた。歩き疲れ、あの頃に比べ体力が落ちたことを悟った。自分が大人になったということが身に染みた。


 私は母校の中学校の前にたどり着いた。当時は当たり前のように投稿していた学校だが、大人になった今、母校を前にすると感慨深かった。廃校になってからもう何年も経っているとはいえ、鬱蒼(うっそう)(そび)え立つ様は廃墟には見えず、いくらかましなホテルのように見えた。外観が廃れているとはいえ、ここに訪れた際に思い出されるのは当時の外観だった。黒くくすんで学校名の読み取れなくなった校門の石碑。当時はもっと白い石碑だった。二つの石碑にカーテンをかけるように閉ざされた柵もまた、黒ずんでいた。当時はもう少し映える塗装だった。今は塗装が剥げ落ちて錆びている。茶色いざらざらとした感触。私は門を抜けた。


 鍵は元々かかっていたようだった。南京錠と鎖が付近に無造作に放られている。この南京錠と鎖もまた、塗装が剥げていて、錆びて黒くなっている。


 私は中学生にでも戻った気分で脚を進めた。昇降口、一番右側の重い引き戸に手をかけると、砂利を擦らせる音とともに引き戸は開いた。中に入り再び閉じる。挟まれたように左右にあるのは木造りの下駄箱。ネームのシールが貼られていた跡。上履き用にスリッパを持参してはいたが、外来用の茶色いスリッパが用意されていた。新学期や学期はじめに上履きを忘れた際はよく履かされたスリッパだ。右端の方に一つだけ用意されている。大方、五人分用意されていたのだろう。私が最後だということだ。


 スリッパを履き、廊下を進んだ。埃が溜まっているようで、スリッパと床を擦る音が妙にざらざらしている。心なしか、空気も煙たく埃臭い。まるで大掃除でも始めようかという勢いだ。マスクでもして来ればよかったと一瞬嘆く。


 階段を上り、三階までで行く。三階に着けば私たちの教室だった場所はすぐそこだ。三年四組。クラスの後ろのドアを開けた。


 思った通り、すでに人がいた。……三人だ。私が扉を開けた音で、三人は後ろを振り返った。右から(みず)()八条(はちじょう)()友名(ゆな)。そして私。喜友名を除く三人は中学三年の当時、個々のグループではリーダー的な存在だった者たちだ。私より先に来ていた三人は、大きく間を開けて席に座っている。六×七で並んでいる座席の右端の前から三番目に水城、右から三列目の前から四番目に喜友名、一番左の列の後ろから二番目に八条が座っている。


 当時はそれほどかかわりがなかったとはいえ、懐かしい中学時代の思い出話をしているのかと思ったが――そうでもないらしい。水城はスマホでメールを打っているようだった。八条は腕を組んでいる。喜友名に至っては机にうつぶせになっている。学生時代はよく私もああやってケータイを隠しながら操作していた。


 私は左から三番目の列の一番後ろの席に座った。


 ほどなくして、まるで私が座ったの見計らったかのようにベルが鳴った。きーんこーんかーんこーん、という音階を歩く懐かしい音だ。突然その音が鳴った。三人は驚くことはせずに、その音を待っていたかとでもいうように顔を見上げ、黒板の上に設置されているスピーカーに注視した。


「皆さん、お集りいただたいてありがとうございます。いやあ、懐かしいですね、このベル。聞いただけで授業が始まりそうな勢いですよ……なんてさておき、皆さんは今日お集まりいただいた理由に心当たりはありますか? きっとありますよねえ。当然あるはずです。偶々グループラインを退会せずにしていたとは思わないでください。必然だったのです。ただの同窓会だったらきっと心当たりもなく、ただ参加した人もいるかと思いますが、『タイムカプセル』そんな言葉を聞いてしまったら居ても立ってもいられなくなったんじゃないですか? 単刀直入に言います。俺はお前たちのやったことを事細かく知っている。それが法律に反することだと知っている。でも法で裁こうとだなんて思っていない。あなたたちが罪を認めてくれさえすればいいんです。でもそんなことを言ってしまったら皆さんはきっと『罪は認めた』と豪語して、もう認めたからいいだろう、と偉そうにこの学校を去っていくことでしょう。俺はそんな罪悪感の無い認知など望んではいないですし、それだけじゃあつまらないです。せっかく久々に母校の中学校に戻ってきたわけなのですから、楽しみましょうよ。当時のことを思い出しながら。


 ゲームをしましょう。このゲームが終わったら潔く皆さんは家に帰っていただいて構いません。ですが、その前にゲームを放棄してこの学校から出てしまった場合、俺はすぐに警察に通報します。あなたたちが犯した罪を俺は明確に存じ上げています。証拠は当然把握しています。皆さんももうこの歳にもなれば恋人とかいるでしょう。口をきいていなかった両親のありがたさを理解し、親孝行したい年齢じゃないですか? もしかしたら既に新しい家族がいる人もいるかもしれません。子どもは可愛いですよねえ。そういう幸せ、壊したくないですよね。


 ご安心ください、大丈夫です。このゲームが終わればすべてチャラにすることをここに誓わせていただきます。あなた方の罪は全部闇に葬ると約束いたします。ですから今回だけはお付き合いください。


 ゲームの詳細については追って連絡します。そう心配することはございません。簡単なゲームですから……本当に単純なゲームです。まずは、教卓に置かれた学生服とセーラー服に着替えてお待ちください」


 再びベルが鳴る。音階を下がっていったベルは鳴りやんだ。途端に静寂がやってきた。


 まず動いたのは八条だった。教卓に向かい、学生服を手に取ったようだ。それを見たのか、続いて水城、喜友名も教卓へと歩み寄った。二人ともセーラー服を手に取っている。


 八条はすでに学ランに着替えていた。着替え終わると再び席に座り、腕を組んで目を瞑っている。

 水城と喜友名は一応廊下に出たようだった。ここに居る男は八条だけだが、その八条は目を瞑っている。それでも一応廊下に出て着替えているようだった。


 私も席を立って教卓に向かった。一着だけ残されたセーラー服を手に取り、自席に戻る。戻るやいなや、来ていたブラウスとチノパンに手をかけて着替え始めた。


「ねえ八条、あんたなんで今日ここに来たの?」


 席に座っている八条に、私は着替えながら訊いた。返事は返ってこない。間をおいてから八条は口を開いた。


「どういう意味?」

「さっきの放送で言ってたじゃない。あんたなんか罪を犯したんでしょ?」

「妙に見下すような言い草だな。お前も俺と同類のはずなんだけどな」

「……ええ、そうよ。なんとなく読めて来たわ。なんで当時仲もよくなかった私たちがここに集められたのか」


 私がそう言い終えると、八条は接着剤でも張り付けたかのように口を堅く縛った。


 セーラー服の赤いリボンを結び、私は再び席に着いた。ちょうど廊下の二人も着替え終わったようで、教室内に入ってきた。二人は一緒に出て一緒に入って来たものの、会話している様子は一切なかった。


 ほどなくして、全員が着替え終わったのを見届けたかのようなタイミングでアナウンスが鳴った。


「皆さんお似合いですねえ。中学時代が懐かしいです。まあそんなことは置いといて、ゲームの説明をしましょう。ゲームは鬼ごっこです。普通の鬼ごっことは少し違うのですが、ルールは簡単です。誰でもいいから捕まえてください。そして捕まらないようにしてください。全員が鬼でもあり、逃走者でもあるわけです。全員敵ってわけです。


 注意事項としては、鬼ごっこのフィールドはこの校舎内です。渡り廊下と中庭以外、外には出ないようにお願いします。捕まえた際は、放送室に捕まえた人を連れて来てください。捕まえて放送室に連行した人は、そのまま自宅にお帰り頂いて構いません。


一応制限時間を設けました。膠着(こうちゃく)してだらだらと続いては終わりが見えませんからね。制限時間は明日朝、九時までです。明日朝の九時から校舎解体の工事が行われるからです。一応制限時間を設定しましたが、明日朝までかかることはまずないでしょう。たった四人ですからね。長くても数時間あれば終わるでしょう。


 説明は以上です。三十分後に始業のベルを鳴らします。そのベルが鳴り終わったらスタートです」


 アナウンスはそこで途切れた。


「捕まった奴はどうなるんだ」


 八条が呟いたようだ。しかし、その声がアナウンスの向こうの人物に届いてはいないだろう。そのはずなのに、八条の問いの返事を返すかのように再びアナウンスが流れた。


「言い忘れてましたが、捕まった人に特に罰を与えることはありません。俺はただ、中学時代を思い出してほしいんです。もう鬼ごっこなんて何年もやっていないでしょう? 楽しんでもらいたいだけです。お付き合いください。然るべき時間が来れば、捕まった人も開放しましょう。これ以上の皆さんとの干渉は鬼ごっこが終了するまでありません。では、しばし三十分後――」


 アナウンスはぶつっと切られた。


 それと当時に、八条は席を立った。


 水城、喜友名も席を立って二手に分かれて廊下の先に消えていった。


 奇妙だった。まるですべてを納得して鬼ごっこの準備に取り掛かろうとしているみたいだった。私は呆気にとられていて動けなかった。違和感や、つじつまの合わないことが多すぎ、頭の整理が追いついていなかったから。私は席について頭を掻き、一つ一つ物事の経緯をたどって整理する。


 まず、私たちが呼ばれた理由だ。音沙汰の無かった中学時代のグループラインに同窓会の知らせが届いた。ほとんどの人が退会済みで、グループのメンバーに残っていたのは五人だ。美男グループの八条、美女グループの水城、転校して来てから不登校気味で、唯一孤立していた喜友名、そして共通の趣味で繋がることのなかった余り物グループの私、それぞれクラス内では別々のグループに所属していた四人だ。


 そこで、そう言えば五人目は誰だったのだろうと思った。残りの一人、恐らくさっきアナウンスしていた人だ。考えても思いつかないので、ラインのトーク画面を開いて確認しようとした。名前は『()』と書いてあったが、当時そんな名前の生徒はいなかったはずだ。というかそもそもクラスメイト全員の下の名前を憶えていない。偽名というか、ニックネームな気がした。


 誰なの、この玖という人は……。


 そんなことを考えていても仕方がなかった。わからないものはわからない。次に行こうと頭を掻く。


 私たちの母校の取り壊しが始まるということで、この中学に私たちは呼び出された。そして三年四組の教室に来ると、すでに三人の生徒がいた。言わずもがな、水城、八条、喜友名の三人だ。同窓会、という(てい)で来ているにもかかわらず、彼らは皆静かに席に座っているようだった。まるで、幹事か誰かの指示を待っているかのように。


 そしてここからだ、一番の訳が分からないところは。


 私が席に着いたのをどこかで確認したのか、玖はアナウンスを始めた。彼の言った言葉の一つ一つが思い出される。


 ――今日お集まりいただいた理由に心当たりはありますか?――

 ――タイムカプセル――。


 私には心当たりがあった。中学時代私の犯した罪。それを闇に葬るために使われたタイムカプセル。


 少なからず、その罪に対して罪悪感はずっと抱いていた。だから今日もここに来たのだ。その罪が表ざたになることを恐れたのかもしれないし、早く私を逮捕してくれと願ったのかもしれない。どちらにしても気になったのだ。


 玖は、アナウンス内で「皆さんは」と言った。


 もしかしたら、私以外も同じように罪を犯していた? 中学時代に。でも何の得があって玖は今更そんな昔のことを掘り返そうとしてるんだろう。


 わからないことだらけだった。


 それは鬼ごっこについてもだ。そもそもなぜ鬼ごっこなどしなきゃいけないのだ。罪を認めさせたいのならもっと拷問するとかやりようがあるだろうに。なのに、それどころか玄関のドアは今も開いているはずだ。逃げようと思えば逃げ出せる環境だ。でも、水城、八条、喜友名は玖の言うことをあっさりと訊いて納得している様子だった。それともさっき教室から出て行ったのは、馬鹿馬鹿しいと学校から抜け出すためなのか? いや……そんな様子には見えなかった。


 鬼ごっこのルールについても気になる点は多々あった。まず四人全員が鬼でもあり逃走者でもあるという点。これが十人とか数十人でやる鬼ごっこなのだったらまだわかるが、今回は四人しかいないのだ。一人が一人を捕まえてしまえば、その二人はゲームから外れることになる。一人は捕まえたことでこの学校を去ることができ、もう一人は捕まってしまったので放送室で捕縛されることになる。そうすれば、残りは二人しかいない。追うも逃げるもなくなってしまうのだ。仮に、水城と八条が残り二人になったとして、二人ともが鬼の意識を持って追いかけていたらどうなるのだろう。廊下の向こうとこっちで出くわした際、二人は互いに向かって走り出すだろう。そりゃそうだ、二人とも相手を捕まえようとしている鬼なのだから。相手がタッチしたタイミングで捕まる捕まったが決まるのだろうか。曖昧過ぎる。


 それに、二人ともが逃走者の意識を持っていた際も同じことが言える。相手を捕まえる意識が二人ともにないのだから、明日の九時までゲームが終了することはなくなる。


 意味が分からない。


 意味が分からないことだらけなのに、私以外の三人は納得しているように教室を出て行った。


 そうか、三人がグルになって私のことを捕まえようとしているのか――そう一瞬思ったが、このルールの鬼ごっこで三人グルになったところで解放されて家に帰れるのは三人のうち一人だけなので意味がない。それに、三人とも口を交わしているような様子はなかった。


 一番の奇妙な点はそこだった。逃げようと思えば逃げられる環境で、彼らは逃げようとしないのだ。それどころか、玖の言うことをすんなりと受け入れてしまっている。普通なら反発してもおかしくないのに。


 何かがおかしいということは私にもわかる。なのに、どこがどうおかしくて、それがなぜなのかという筋道を立てて説明することができなかった。


 不安だ。


 いっそのこと、過去の罪を玖のところへ行って話してしまおうか。彼はきっと放送室にいるんだろう。


 そうだ、タイムカプセル……どこに埋めたんだっけ。確か中庭だった気が……。


 教室前方の、黒板の上の壁に掛けられた丸い時計は、十二時四十五分を指している。玖のアナウンスが終わったのが十二時半ごろだったから、鬼ごっこが始まるのは十三時だろう。


 その前にタイムカプセルを掘り起こしてみようか。昔、蓋をした私の罪がばれてしまう。あの中に私以外の三人の罪を裏付ける物証も入っているのだろうか。


 なんだか嫌な予感がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ