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擬死態  作者: 面映唯
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【擬態】

「そうか、皆死んだか。ああ、ああ、わかった」


 零は電話を切り、ソファの上に携帯を放った。自分もソファに腰を下ろした。


 自分が愚かなことをしているのはわかっていた。自分の護衛のために育てた精鋭を、自ら殺させることになるとは――。


 いわば監禁であった。人里離れた山奥の廃屋に彼らを収容した。彼らを十年近く監禁し、拷問し、戦闘技術を身につけさせた。監禁した十年もの間、彼らに会話を許さなかった。向き合うのは己だけでいい、そう思ったからだ。


 椅子と鎖があるだけの拷問部屋――空きテナントのようなコンクリートむき出しの闘技室――一人ひとりに与えられた寝床は柵のない刑務所――そこを行き来する毎日だったはずだ。寝ても覚めても彼らは体を痛めつけ、空間把握能力、身体能力と技術の向上を図った。彼らは何を思っていただろうか。やめたい、逃げ出したい、と思わなかっただろうか。話すことを禁じ、拷問によって裏付けることで彼らの思いが言語に変わることはなかった。彼らは四六時中己と見つめ合ったはずだ。或いは、そんな余裕もなく淡々と行われる戦闘に身を任せていたのかもしれない。


 己を掘り下げた人間は賢かった。


 彼らが、外に出たいとも逃げたいとも思わなかったのはきっと、外界に出たところで社会は滅びている、そう思ったからに違いない。零という男は監禁しているのではなく、匿っているのだ、そう思ったからに違いない。


「己の力量を見誤るな」零は再三言って聞かせた。そもそも力量を図るための対象がここには少なすぎた。比較対象は自分以外の四人の同胞と零だけであった。外界では自分らと同じような教育を受けた人間たちがごまんといる。そう思った奴もいたかもしれない。ここを抜け出したところで、目の前の拷問や戦闘から逃げたところで、何も解決はしない。裸一貫のまま外界に逃げても、資本や技術を身体にぶら下げる人間たちに返り討ちに会うだけ――利己的な人間は様々な数秒先の未来や行動によって生じる分岐、影響を予測して吟味できる。論理的に生きる人間の内面は豊かだ。何かを予測できるイコール他人に与える影響も予測できるわけなのだから、利己的であると同時に利他的でもある。


 それでも、と零は思う。普通に考えれば十年も耐えられるだろうか。いや、耐えていたのではなく能動的であったのかもしれない。それでも、彼らがここに居る理由を正確に説明した覚えはなく、「私の護衛を作る。今日から教育の繰り返しだ」と簡潔な文章を彼らが初めて廃屋に訪れた際に説明したきりだ。動機や理屈は後付けでいいから各々考えてくれと零は丸投げした。


 明確な理由も知らされず、なぜ自分の身体を痛めつけているのかも知らず、いつまで続くかゴールも見えない。何もかもが不安定な環境の中、それでもルールを破らず逃げださなかった五人の心情。零自身が話すことを禁じたというのに、彼らが当時何を思っていたのか知りたかった。


 人間やはり、他人の心を透かしてみたいと思わずにはいられないみたいだった。真実などどうでもよく、わからないのなら自分で真実を作ればいいと思っていた零にとって、久しい感情だった。冷酷とは程遠い、温み。人間らしさ。労わり、愛情、慈しみ。人間は温かいもんだ、と価値観を押し付けてくる輩が嫌いだった頃は、将来自分に他人への愛情が芽生えるなど思ってもみなかっただろう。


 やはり嘘は嘘でしかない。作り上げた真実にも虚栄の残像が窺えてしまう。


 本当のこと、が欲しかった。己の中にある欲すら常に疑い、それが本当のことであるのかいささか疑問だ。であれば、他人の話した言葉が他人の心情を現している、というのにも疑問が残る。


 諦めろ。誰にもわからない。訝るくらいなら言われた言葉をそのままの意味で素直に信じて疑わない努力をした方がいい。


 そうしたら騙されるかもしれないではないか。


 疑心暗鬼になるんじゃない。そうか騙されたのか、と笑い飛ばす懐を手に入れるんだ。


 私はそうはなれない。


 他人を思い通りに動かせたところで、彼らが嫌々動いていたと知ったら善良な心が泣き止まなくなる。奴隷にしたところで、表面的なもの、立てた計画通りに進んでいるという点においてのみ、満たされるだけであった。


 他人同士が互いに求め合い、一人がこうしたいと言えば、もう一人もそうしてもらいたかったと言う。


 零は、そんな護衛を育てたかったのだった。実際のところ、戦闘能力などどうでもよかった。ただ、きみたちが零が抱いた感情と同じような感情を抱き、同じように求めてくれればそれでよかったのだ。


 それはそれで嘘っぱちだ。自分で同じ感情を抱く人間を作っているのだから。


 だが忘れる。互いに求め合う関係性に人は酔いしれる。偶然か人為的かなど区別は必要ない。偶然出会って、偶然惹かれ合って、自分は何も心理学など駆使していないにもかかわらずこんなにも馬が合う。相手の思いを図りとれるくらい相手は自分と同じ心を持った他人。それが本当に偶然なはずがない。知らず知らずのうちに共鳴したのだ。知らず知らずのうちに同調していったのだ。知らず知らずのうちに性格が上書きされ、形を変え、適応していったのだ。それが心理学のメカニズムの仕業だろうと寄生虫の仕業だろうと関係ない。物事に偶然はない。結果があるからには原因がある。課程がある。そういう思考回路が染みついた人間にロマンチックな恋は永久に訪れない。


 理屈を知らない。これが最大の幸せだ。


 好奇心を消すことができたなら。探求心のなくなった人間になれたら。それはそれでつまらない人生。両方は烏滸がましい。両方選んでしまえば五十、五十、で百パーセントにはならない。同じものを磨くのであれば、取って付けた思考回路よりも、先天的なものを磨いた方が美しいはずだ。日本人であれば黒髪が美しい。外国人はブロンドが美しい。


 死ぬ前に夢を見たかった。


 だから零は彼らに情を与えた。心を鬼にするのは彼らのためだ。それこそが愛情だと信じて。

 零は彼らに情を与えたつもりであった。愛が芽生えているものだとてっきり思い込んでいた。

 零は、独り立ちするか零の元に残るかを彼ら自身に決断させた。


 愛は芽生えていなかったらしい。


 久しく聞いていなかった彼らの声は、淡々としたものだった。淡々とした口調で答え、彼ら四人は独り立ちしていった。


 零の元に残ったのは柒だけだった。柒だけでも自分を選んでくれたことは零自身嬉しかった。「柒、これからも一緒に頼むよ」零は優しく語りかけたつもりであったが、柒は浮かない顔をしていた。


「わたし、彼らを連れ戻してきましょうか?」


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