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明衣は玖を騙す方法を考えた。玖がどんな手を使ってくるか吟味した。簡単に想像できたのは、被害者が受けた痛みと同じ痛みを被疑者に与えるといったもの。クラッカーの話では、玖から依頼された調査の中でも、特に卒業式でのことについて知りたいと、詳細に尋ねたそうだった。しかし、本当に玖が同じ痛みを与えようとするかはわからない。他人の行動を読み切れるのは神だけだ。ドラマの展開を予想したところで、まったく一から十までその通りの展開を想像することは難しい。
真子は卒業式の日、トイレの個室の上からバケツの水を放った。卒業式の日は、瞬時にスパイダーマンのように壁上部に張り付き、明衣が頭から水をかぶることはなかったが、以前からそういったいじめは受けていた。玖だとしたら、水ではなくアルコールやガソリンなどを浴びさせ、燃やすだろうと思った。ガソリンではなく、すり替えた水を浴びさせる方法を考えた。
水城は担任の首を絞めた。ネクタイが首を絞めた、ネクタイに結びつけられたひもを引っ張っただけだ、と言われればそれまでだが、水城は教室の壁一枚隔てた向こう側で担任を絞殺した。考えられるのは同じように水城も首を絞められ殺される。若しくは、明衣は担任から乱暴されていたため、殴る蹴る強姦の類もあり得るだろう。単純に水城と明衣が入れ替わればいいと思った。首を絞められても擬死でごまかせるだろう。暴力もレイプも嫌悪は抱かない。もし仮に本当に殴る蹴る強姦をするのだとしたら、男の八条しかいないだろう。彼に殴られ蹴られるのは悪くない。そこんじょそこらの人間に股を開くぐらいなら、八条の方がまだいいような気がした。
八条は、担任の死体を中庭に埋めた。八条は生き埋めにされるかもしれない。手首足首を結束バンドで拘束され、深さが五メートルはある中庭の穴に落とされる。八条は必死に抵抗する。人魚のように一本になった足と顎、額、顔を使って穴を上ろうとするだろう。若しくは、すべてを受け入れて空でも見上げているのではないか。穴から見える空は非常に狭く、そして汚い。広範囲を眺めれば綺麗に見える空も、一部分だけ見ればそれほど綺麗でもない。空も人間と一緒で汚い部分を持ち合わせているのだ。汚い部分を見かけによってごまかしているのだ。映画のエンドロールで主人公が涙を流すように、八条は感嘆する。感涙までするかもしれない。そして次の瞬間には頭上から黒く重たい雨が降ってくる。唇に砂が張り付く。足が埋まり、胴が埋まり、首元まで土が来た。次第に顔が埋まり始める。呼吸をしようとすれば砂が――目を開けようとすれば視界が――眼球が。目を閉じ息を止める。二、三分後、ゆっくりと真っ暗闇、音のない場所で鳴り響く鼓動を胸に、ゆっくりと息をひそめていく。
生き埋めから助けられるとしたら、埋められる前に助けるしかないだろうと思った。穴の深さにもよるが、助け出す前に八条が息をなくしていたら意味がない。「せいぜい蟻地獄の感覚でも味わえ」と八条を穴に落とした後、その場から被疑者が去るのだとしたらその際に助けることもできる。
「いっそ車で一酸化炭素中毒にでもしてくれれば楽なのに」雪国で立ち往生した車内で生き埋めになったという話は聞いたことがある。エンジンを切れば寒いため、暖房を付け続けるのだが、マフラーに雪が積もり、排気できなくなって死に至るのだとか。
そうであれば、車に細工するふりをすればいいだけの話だった。八条に当日車で来てもらい、八条と口裏を合わせ、死んだふりをしておいてくれれば問題ない。
「あ、でも監視カメラで見られ続けてたら難しいな」
逃げるにしても、どこかで一度、八条は起きなくてはならない。もし八条を見張る監視カメラがあったとしたら、玖が監視カメラから目を逸らしている際に車を脱出し、再び玖の視線が監視カメラに戻って八条がいないと認識するまでの間に用事を済ませなければならない。用事はゆっくりひっそりとが通例だ。故に、玖が監視カメラを見ている時間、監視カメラから目を逸らしている時間を知らなければ難しい。そもそも、玖は監視カメラから目を逸らすのか。
「そうか、監視カメラ……」
監視カメラに細工する方が手っ取り早いと気づいた。
もちろん、玖が監視カメラを仕掛けていればの話だ。当時学校に設置されていた監視カメラは、すべて使えなくなっているはずだから。
明衣の頭の中で道筋はほとんど出来上がっていた。クラッカーの情報から、玖が監視カメラを購入した監視カメラの映像を入手した。彼はそのまま中学校に監視カメラを取り付けに行ったようだった。彼が中学を後にした後、明衣は先程玖が取り付けたばかりの監視カメラを外し、持参していた監視カメラに取り換えた。中庭、三年四組の廊下、家庭科室、昇降口、駐車場、放送室手前の廊下の六ケ所だ。
真子が中庭で燃える映像。
水城が玄関で首を吊る映像。
八条が車内で眠る映像。
当日まで誰がどこでどうなるかというところまでは読み切れない。だから当日にその映像を作り、明衣の取り付けた監視カメラに送ったのだった。中学校を訪れ玖から指示を受けた三人は、三年四組に教室ですぐにその内容をクラッカーの元へ送った。「僕は何でも屋じゃないんですよ」「お願いね」「うん、先払いで」彼は請け負ってくれた。
校舎内の監視カメラに加えて、明衣は放送室内にも小型のカメラを仕掛けていた。ばれることはないだろうと思ったが、念には念を、小型にしていた。
これで玖の動きが手に取るようにわかった。明衣のしている液晶型の腕時計には放送室内に取り付けられた監視カメラの映像が映るようになっていた。少なくとも、玖が放送室の外に出れば、確認できた。
理由はどうであれ、玖は確実に明衣のことを殺しに来るだろう。そもそも殺す気がないのならここまで手の込んだことはしないはずだった。クラッカーに柒のことについて調べさせている時点で彼は殺す気満々だ。念には念をと、必ず成功させなければならないことほど慎重になるのは当然だ。
本来、肆や玖たちは別だった。彼らは戦のまっ最中の戦場に突然放り込まれても勝鬨を上げる。視野が広く、些細なヒント、音、視線、肌触り、気配、そういった五感から第六感まで駆使して状況を把握する能力に長けている。そんな彼らが事前に調査を依頼するなど絶対の殺しに来ているはずだった。加えて己以外信用しない彼らが、他人に調査を依頼している。陸と捌に関しては共謀した。世の中のことを何一つとしてリアルに受け入れず、唯一自分だけを信じて生きているムーダーの彼らが共謀した? 馬鹿な、切羽詰まりすぎ。彼らを知っている者から見れば、長髪の美女がショートカットを通り越して坊主にするくらいの驚愕だ。
殺し合い――おそらく一対一になるだろう。肆を殺したときもそうだった。彼は確かに明衣のことを殺しに来ていた。しかし覇気がなかった。拳に迷いが感じられた。
己を信じ抜いて居れば私が負けたかもしれない――肆を海老反りにしたとき明衣は確かに思った。肆との力量の差は拷問時代からはっきりしていたことだ。
だから一番強い肆の前に陸と捌を殺したのだ。単数では肆の力量を下回る陸と捌だが、二人が手を組めば陸と捌の方が当然力量を上回る。陸と捌対肆であれば、陸と捌の方が力量が上回る。自分より力量を上回る相手を倒した柒は、肆の目にどう映るだろうか。
それを見越してだ。
真っ向勝負であれば負けていた。
これは事実だ。
殺った殺られたの勝負にルールはない。一人殺すために百人の軍隊を寄こしても構わないはずなのに、なぜ肆はひとりで来たのか。
他人を信用していないから?
大人数だと動きづらいから?
人は不安になると気になるようだ。
人はどこまでもチャレンジャーだ。
肆は確認しに来たのだった。
――俺の方が強いだろ――と。
それは玖も同じだった。陸と捌、肆が死んだ。自分よりも強かった三人が自分らより下だったはずの柒に殺された。不安しかなかったはずだ。
結果的に玖は明衣の期待を裏切ることになる。彼はおびえてなどいなかったのだ。「好き」愛の告白をし、「誰にも渡したくない」そういう理由で明衣を全力で殺しに来ていた。明衣一人であったらやられていたかもしれない。いや、やられていた。しかし、明衣は仲間を買っていた。不安はあった。手名付けた絶対服従の奴隷ではない。小手先で金を使った安価な売買。対価として金を渡したとはいえ、人間だ。裏切り、逃げ出すことも考えられなくはなかった。
明衣も彼らと同じだった。
試したかったのだ。誰かを信用しなければ助からない状況で戦うリアルを。




