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――そろそろ行ったか。このままじゃ火達磨になって死んじまう。
ひたひたとした足音が近づいてくる。玖は身構えた。
「まぶたあけてみい?」
女の子の声だ。
玖は瞼を開けようとした。しかし――あれ、あれ? 開かない。どうしてだ。
「きゅう、しんだふりしてるの? はやくめえあけてよう」
開けたいのはやまやまだったが開かない。そのとき気づいた。瞼だけではなく、手も足も動かせない。
もしかしたら俺は擬死の境地を手に入れたのかもしれない。手も、足も、無意識に動かせなくなるくらい擬死の技術が向上したんだ。そうだ、そうに違いない。すげえや俺。早く誰かに知らせな……。
知らせる相手はもういなかった。
肆、柒、陸、捌、みんなどこかへ行ってしまった。拷問教育時代は確かに苦しかった。肆たちと話すことは禁じられていたから話し相手は自分の中にいるもう一人の自分だけだった。
でもそこに四人がいてくれた。それだけでなんだか仲間意識が芽生えていた気がしていた。
――芽生えていた気がしていたのは俺だけだった。
最終教育の【擬死】を取得した俺たちに、零から選択肢が与えられた。
このまま零の元で護衛となるか。
社会に出て一人で生きていくか。
俺はこの選択が与えられたとき、皆、護衛を取るんだと思っていた。中学を中退してから外の社会にはほとんど出ていない。外の社会では働かないと生きていけない。しかし、社会の暗黙のルールやら礼儀を俺が体得しているとは思えなかった。
俺はあのとき想像した。五人で一緒に仲良く暮らす生活を。五人の話声は訊いたことがない。話したらどうなんだろう。皆どんな声をするのだろう。そんなことを考えていた俺が馬鹿を見る三秒前。
「一人で生きていきます」肆が言った。
「僕も」陸が続いた。
「俺も一人で……」捌が言った。
三人の言葉に零は「そうか。じゃあここでお別れだ。餞別だ」茶封筒を渡していた。おそらくあの中には札が入っていたのだろうと思った。茶封筒をもらった三人はそのまま去っていった。
「柒と玖、二人はどうする」零が問うた。
柒が先に答えた。
「私は――」
「玖、お前は?」
「俺は……」
気づいたら茶封筒を手にして、俺はのどかな廃屋の外で娑婆の空気を吸っていた。茶封筒の中には札が一束と一枚の便箋が入っていた。便箋には住所が書いてあった。
俺はその住所に向かった。
その日から俺は裏社会の住人となった。




