こんな癒しの召喚獣なんてゴメンですから!
「桃? 桃が顔についてるの?」
ビアンカは目の前に浮かぶ“ソレ”を理解できず……いや、理解したくないと脳が全力で拒否していた。せめて何か別のものに置き換えようとして、意味不明な呻きを漏らす。
助けを求めて周囲を見渡せば、クラスメイトの半数はドン引き。もう半分は腹を抱えて笑いながら、ビアンカの目の前のソレを指さしていた。
唯一冷静なのは、召喚術の教師サットン先生だけだった。
――小さな犬のような体に、堂々とついたお尻そっくりの顔。二頭身でプカプカ浮かぶ、珍妙すぎる召喚獣。
「なにこれ気持ち悪い!! 先生これヤダー!!!」
自分で呼び出したくせに、まるでゴミでも見るかのように杖をブンブン振り回すビアンカ。
サットン先生は深いため息をつき、「落ち着きなさい」と杖でコツンと小突いた。
「私は火属性の召喚獣を呼び出すよう指示しましたがね……火どころか、ずいぶん珍しいものを呼びましたね」
『珍しい』の一言に、笑い転げていた生徒たちも急に静まり返る。
「これの属性は“光”。下位ではありますが、癒しの召喚獣です」
「「「えええっっーー!!!」」」
教室が一斉に沸いた。
「癒しの召喚獣!?」「初めて見た!」と口々に騒ぐ中、ビアンカだけが泣きそうな顔。
「癒し? 珍しい? ……だからって気持ち悪すぎて一緒に歩けるわけないでしょ!!」
「今回の契約は一週間です。呼び出した以上、責任を持ちなさい。それに、この子と仲良くなれれば、上位の癒しの召喚獣も呼び出せるようになるかもしれませんよ」
ニッコリ笑うサットン先生。
召喚術には契約期間が定められていて、今日の授業では一週間の契約と決まっていた。つまり――呼び出した以上、一週間は常に一緒に過ごさなければならない。
「ぜっっったいにイヤ!! みんなに笑われるじゃない!!」
ビアンカの絶叫も虚しく、授業終了の鐘が鳴り響いた。
その後の時間は、地獄だった。
クラス以外の生徒や先輩たちもソレを見るなり、クスクス笑うかドン引き。ごく稀に「おお、珍しいな」と感心する人もいたが、そんなのは指で数えられる程度。
ビアンカの隣をプカプカ浮かんでついてくるソレは、百歩譲っても“お尻のかぶり物をした子犬”にしか見えない。
「……契約短縮とか、キャンセルって無いですよね」
ダメもとで頼んでみるが、ソレは「プ?」と首をかしげただけ。
召喚契約の期間短縮やキャンセルは絶対に不可能。分かってはいたが、改めて肩がガクンと落ちた。
家に帰るなり自室にこもり、机に突っ伏したまま一時間。
(はあ……どうしよう。明日から一週間サボろうかな……)
憂鬱な気持ちで顔を横に向けると、目の前にソレのお尻――いや、顔があった。
「ぎゃっ……!!」
叫びかけた瞬間、ソレがぐいっと頭を押しつけてくる。
(いやぁぁっっ……! お尻が顔に……!? ……ん?)
ふんわり温かく、マシュマロみたいにフワフワした触感。胸のざわつきや憂鬱が少しずつ和らいでいく、不思議な感覚。
体に手を伸ばせば、モフモフの毛並みが心をとろかす。
(なにこれ……めちゃくちゃ気持ちいい……!)
思わず両手で堪能していると、サットン先生の言葉が頭をよぎる。
「これは癒しの召喚獣です」
まさか――と思いながら顔を上げ、ビアンカはつぶやいた。
「癒しの召喚獣って……“下位の癒し”って……フワフワモフモフでホッコリしてくださいって意味だったの?」
「ププッ」
ソレは満足げに頷いた。
「……それにしたってさぁ……見た目どうにかしろよ!! どこのバカがこんな召喚獣デザインしたんだよ!!」
毒づきながらも、結局フワフワに頬をうずめるビアンカであった。
――おしまい




