出会いverガーリン
ガーリンはやかましく鳴る腹を抱えてイライラと中庭を歩いていた。
それもこれも、仕事をやりたがらない貴族どものせいだ。
普段は出すことのない不満を表情で思い切り現して、舌打ちまでする。
ガーリン・エクスィアート。
彼は、この国最大の商人一族の跡取りだった。
貴族たちに顔つなぎに有効だということで入学し、勉学に励み、誰もやりたがらない雑用もにこやかにこなしてきた。本当のことを言えば、『自分でしろ』と何度思ったことか。
その功績(?)が認められ、最上学年となった今、生徒会長と言う名の最大級の雑用係を請け負っている。
ガーリンはそこらの貴族よりも裕福だ。下手をすると、王族よりも資産だけで言えば大きなものを持っているかもしれない。
しかし、その金は貴族どもから巻き上げた金で形成していく。
だからこそ、エクスィアート家は顔が広い。強く広い人脈を持っているのだ。それをガーリンの代で潰すわけにはいかないし、潰す気もない。もっと広げたいとさえ思っている。
この学校でやっていることは、その布石だ。
だから、分かっている。今やっていることは必要なことなのだ。必要――なのだが……。
「くそっ!意味のない無駄話で時間を無駄にさせやがって」
もうすぐ卒業と言う段になって、突然、女が群がってくるようになったのだ。
元々、ガーリンの容姿は整っている。微笑めば人好きのする顔をしているし、背が高く体格にも恵まれている。体力が必要で鍛えてもいるので、それなりに筋肉もついている。
それなりにモテてはいたが、今ほどじゃない。
それもこれも、卒業=将来が見えてきて、有望な男性を探し始めた貴族たちのせいだ。底辺の貴族よりも、よほどエクスィアート家は権力を持つ。さらに、ガーリンの継ぐことになる莫大な資産。
それらを手に入れようと、貴族の女が群がってくるようになったのだ。
うんざりだ。
しかし、それらさえも上手く回して人脈につなげたいと思う気持ちもある。
だからこそ、ガーリンの休み時間は全く無かった。
今日も食堂に行けなかった。
しかも、普段から持っている携帯食を見つかってしまった。それを、図々しいことに、「どんなものか食べてみたいですわ」などとぬかすのだ。あの胸についている余分な脂肪は、食べ過ぎでついたに違いない。
人の昼食まで手を伸ばすなんて、何て卑しいやつだ。
心の中は罵り言葉で溢れるけれど、ガーリンは困ったように笑いながら、「大したものではないのですよ?お嬢様のお口に合うかどうか」そう言って差し出した。
「庶民の皆様はこのようなものを召し上がるのね」
美味しいともまずいとも言わず、珍しいと一口かじっておしまいだ。
その途端、次から次へとハイエナのように「私も」「私も」と現れたのだ。ガーリンが食事をとっていないことには、誰一人として気がつかない。そんなことを気がつける人間がいない。
残されたのは、中途半端に残された携帯食。
あいつらの食べ残しを食べるほどには飢えていない。世界中であれしか口の中に入れることができない。あれを食べなければ死ぬとまでなったら食べるかもしれないが、昼食をくいっぱぐれたという理由だけであの残飯を食べる気にはなれない。
大体、人のものもらって残すって、どういう神経しているんだ。
結局、昼休みが終わる時間には、空腹をかかえたガーリンだけが残された。
明日からは、多めに軽食を準備して、見つからないように金庫にでも入れなければいけない。
――情けない。
この愛想笑いもそろそろ限界が近づいている。
イラついた表情が表に出ないようにするだけで一苦労だ。
誰を気にするでもなく大きくため息を吐いたところで、視線の先のベンチに誰か座っていることに気が付いた。
食堂の白い制服を着て、膝の上に箱を取り出しているところだった。
その小さな姿に、ガーリンの頭には食堂で雇っている学生と同じ年頃の男の子がいることを思い出した。
平民ごときが授業を受けるなんてと蔑む意見が多いが、教師からは真面目だとおおむね受けがいい。
会ってみたいと思っていたが、こんなところに。
話をしてみたいと近づいていくと、どうにも違和感がある。
……男と聞いていたけれど?
両手でパンを持ち上げて、満面の笑みでそれにかぶりつく様は、普通に愛らしい少女のようだ。
見目麗しいという噂は聞かなかったが、幸せそうに食べる姿は、見惚れるほど可愛らしかった。
こんなところで、手で直接食べ物を掴む姿にも興味を惹かれる。
商人は常に新しいものを探し求めている。
ガーリンには、彼女こそが新しく、心惹かれるものだった。
近くまで来たものの、一生懸命食べているその愛らしさに、しばし見惚れて突っ立ってしまった。
男と聞いていたけれど、何かの間違いだろう。
髪の毛こそ短いが、平民は短い髪の人間なんかたくさんいる。……残念だが、貧しい人間ほど、身なりに金と手間をかけられずに、短く切ってしまう。
彼女のさらさらの黒髪は、短く切られながらも光を反射して綺麗だった。
ガーリンが見つめ続けていると、声をかける前に彼女に気が付かれ、いぶかしげに見上げられてしまった。
声をかける前に見つめるなんて礼を失してしまったと慌てる。
そして、一言目は何と声をかけようかと考えていると、彼女が持っているパンに目が向いた。
パンの間に、いろいろな食材が挟まっている。
ごっちゃごちゃに見える。
「それは……おいしいのか?」