不正
断定的な言葉に、ノエルは何を言われているのか分からない。
「不正……など、行っておりません。どのことを言われているのか……」
授業をさぼってお昼を食べていることだろうか。昼休憩だと勝手に解釈していたけれど、不正であることは間違いない。それとも、食堂の残り物を持ち出していること?
思い当たることがいくつかあることが、ちょっと悲しいところだが、こうやってわざわざ言って来られるほど悪いこととは思えない。
「どのこと?――はっ!さすが平民だ。あちこちで不正を働いているのだな」
そういう意味ではなかったのだが、彼は嘲りの表情を強くする。
ノエルは表情を変えずに、俯き加減で黙って話を聞いていた。
「お前ごときが算術で褒められるようなことができるはずがない。何をした?問題用紙でも盗み出したか」
――直近であったことだった。
そう言われれば、今一番難癖付けられそうなことはそれだ。
それは勘違い甚だしい。ノエルは本気で頑張って解いたのだ。
「そのようなこと、できるはずもありません。ただただ、私の勉強時間の全てを算術に費やしただけでございます。多数の教科を学ぶ皆様にはできるはずもない事。それを不正だと言われるのならば、そうなのだと思います」
なんてことを言っているが、実際は試験勉強なんてほぼしていない。
ガーリンに教えてもらったくらいだ。
ノエルにとって、時間は金と同じだ。
働いただけ金を貰える。有難いことにノエルは給金を保証されているが、仕事の量だってそれなりにある。
授業を受けさせてもらうだけでも破格なのに、勉強をする時間をそれ以上取れるか。そんな暇があったら寝る。
「そうだとしても!満点はおかしいだろう」
ノエルにしてみたら、あんだけ勉強してんのに、あなた様はどこで間違ったんですかと聞きたい。言ったら大騒ぎになりそうだから言わないけれど。
「たまたまでございます」
たまたま満点が取れたら苦労はしない。取れないから目の前の彼らは苦労しているのだろうけれど。
「何をした?言え!」
こっちの話を全く聞かない作戦に出てきた。何をしたって言ったって、何もしていない。
「正直に言えば、先生に話をしないこともできる。私の胸の内に治めておくということもできるのだ。さあ、どんな方法を使った?」
それは、『次は僕もその方法試してみ―ようっ♪』と言っているのと同じではないだろうか。
不正だと叩いておきながら、結局は自分もその波に乗りたいということか。
「特別なことはしていません」
「隠す気かっ!?」
そんなに頭が悪いから点数悪いのではないでしょうか。
分からないふりをして無邪気に言ってしまいたい衝動に駆られる。そんなことを言えば、今後に関わるので絶対に言えないのだが。
「どうしたらいいのかと勉強法をお聞きになりたいということで……」
「平民風情がっ!」
突然、肩を押され後ろに倒れ込む。
体力はあるつもりだが、男性に力任せに押されて平気とはいかない。
まともに尻もちをついて痛さに顔を歪めた。
「私に勉強法を教えようとでも言う気か?私がおまえに教えを請いに来たとでも思ったのか!」
そんなふうに受け取られてしまったのか。もう少し素直に聞いて欲しい。
痛さに身動きが取れないまま、上から怒鳴られる。
「そんな態度なら、私は告発するからな!分かっているのか。お前はもう、この学校にはいられないクビだ!」
証拠もないくせに。
そう考えて、でも相手が貴族で、取り巻きがいるそれなりの地位であることに思い当たる。
その場合、学校はノエルを守ってくれるだろうか。ノエルの言い分も聞いて調査にあたってくれる?
――NOだ。
満点を取ったからクビになりました。
理不尽すぎて笑いさえ浮かばない。
どんなに嫌でも、謝らないといけないだろう。自分の態度が彼の癇に障ったことは理解できる。今のこの生活は失いたくない。
ノエルが悔しさに唇をかんだところで、鋭い声が背後から聞こえた。
「お前たちは何をしているっ!?」
座り込んだまま振り向くと、ガーリンが長い足を猛スピードで動かしながら、すごい速さで歩いてきていた。
視線はノエルに絡んできた男子生徒に向かっており、怒りの表情だ。
「エクスィアート様っ……!?」
動揺した声には全く反応を返さず、ガーリンはノエルの傍に片膝をついた。
「大丈夫か?立てるか?」
立てないといえばすぐに抱きかかえられそうな雰囲気を感じ取って、ノエルは慌てて縦に首を振る。
心なしか残念そうな顔をしてから、ガーリンは男子生徒に視線を向ける。
「どういうことだ?」
「わっ……、私は、不正をただしていただけです!こいつは算術の試験で不正を行い有り得ない点数を取ったのです!私は、それを追及していたまでです!」
「不正?」
眉間にしわを寄せて、片膝をついたままのガーリンがノエルの顔を覗き込む。
その距離から顔を近づけられると近いな。
赤面してしまうことを危惧しながら、ノエルはできるだけ生真面目な表情でガーリンではない男子生徒に視線を向ける。
「私はそのようなことはしていません。私の態度が不愉快だったというのであれば、謝罪いたします。しかし、なぜ不正を疑われるのか分かりません」
態度が悪かったことは謝る。
どんな理不尽な理由で謝らせられても、悔しいけれど仕方がない。しかし、不正を認めることはできない。例え、不正を認めないとクビになるとしても、そこは認められない。認めてしまえば母に迷惑が掛かってしまう。
「貴様っ……!」
座り込んだまま見上げるノエルに向かって、男子生徒の腕が伸びてくる。
どこかを掴まれるのだろうと、身をすくめて待っていると、大きな衝撃音と共に、彼の呻く声が聞こえた。
「女性に手をあげるとは何事だ」




