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橘家の人人・アルマゲドン  作者: 佐々原廠
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第五話「攘夷主義者(ジハーディスト)と二人の警察官」


 ドーナツ店に向かった二名の江戸市警交通課同心、大淀と利根屋。

 やがて、店についた。

 大淀は、ミニパトを徐行させ、するすると駐車場に進入させていく。

 先に気が付いたのは、利根屋であった。


「おい大淀、あれ……」

 窓の外を見ていた利根屋が、見てみろよ、と指さした。

 大淀は、見る。

 黄色いナンバープレートをつけたミニバンが一台、停車していた。

 カラーは濃いブルー、年式の古いスズキ・スーパーキャリー。薄汚れている。


「まさか、あれは」

 大淀、赤色灯をつけた。

 しかしサイレンは鳴らさず、バンの後方へ静かに回り込む。

 ゴムタイヤの軋む低い音――。大淀は、確認した。


「間違いないですね」

「ああ」

 利根屋も頷き返す。二人の表情は真剣であった。警察無線でいうコード3、重罪が進行中。


「あのやろう、身障者スペースに駐車してやがる。ステッカーなしだ」

「人間のやることじゃない……」

 大淀はパーキングブレーキを引き、シートベルトを解いた。

「行きましょう、利根屋さん」

「よっしゃ」

 大淀と利根屋は、十手を抜いた。



 それは一見、何の変哲もない軽バンであった。

 商業用から家庭用まで、幅広い用途に使われているオールマイティな大衆車である。

 だがまさにこのとき、それは法を犯していた。

 車椅子のマークがついた駐車場のスペースに、身障者のシールを貼らないで停めていたのである。これは当時の相場で、二百両の罰金に相当する罪であった。


 ――反対側へ回ってください。

 大淀は足音を忍ばせて近付きつつ、利根屋にハンドサインを使って合図した。

 ――OK。

 利根屋もハンドサインを返し、バンの運転席側に回った。

 大淀は、助手席側。


「だれもいない……?」

 覗いてみると、バンのなかは無人であった。ドアは施錠されている。

「困ったな、大淀。これじゃ罰金を徴収できない。――やってくれ」

 大淀は十手を振り、バンの窓を叩き割った。警報は鳴らなかった。

 鍵を外し、ドアを開ける。

 グローブボックスやサンバイザーの裏を開け、金目のものを物色。罰金を取るのだ。


「現金か、金になりそうなものを探すんだぞ」

 側面のスライドドアを開け、利根屋も車内の捜索を開始した。

 大淀は運転席を、利根屋はうしろの荷物室を捜査する。

 大淀は、ドアポケットに入っていた小銭入れと、充電ケーブルのついた格安SIM入りアンドロイド一個、金メッキの灰皿、カーステレオを押収した。


「犯罪者どもめ。身障者スペースに停めるなんて、人として最低だ」

「天罰ですね」

 大淀は、ねじ回しでカーラジオを取り外している。まだ罰金の相当額には程遠い。このまま何も出なければ、クルマをレッカー移動し、パーツに分解してクルマ屋に売り払ってしまうしかない。

 利根屋も、後席の捜索を進めている。すると――。

「大淀、ちょっと来い」

 利根屋は、何かを見つけた。



 店のなかに、二人の男がいる。

 ともに長州、毛利家の家臣。後の井上馨と伊藤博文は、この頃それぞれ、志道聞多しじもんた、伊藤俊輔と名乗っていた。


「昨日のカープとタイガースの試合、見た? すごかったのう」

「俊輔、わりゃしてそがいにケチャップなんぞ塗りたくるがや。気色悪いなあ。ホットドッグは十八歳以上ケチャップ禁止じゃど」

「何を言うとるが、こんなァ飯いうモンの喰らい方よう知らんけェそがいに言うけんのう、ケチャップは元はトマトじゃけえ身体にえっとエエがに。尊王攘夷の志士ゆうモンは、栄養っちゅうことも考えにゃいけんのよ」


 俊輔は、トッピング無料のサルサをホットドッグにたっぷりと載せ、実にうまそうに頬張っている。この時期、二人はまださしたる名も為していない使い走りの若者であった。志道聞多、二十七歳。伊藤俊輔、二十二歳。


「明治国家の大臣となった者のうち何名かは、テロ活動の容疑者であって、さらに何名かは殺人者でもある」

 明治維新後、英国の外交官が本国へ送った報告でそのように述べている。

「何名か」

 というのは、聞多と俊輔であった。

 数ヶ月前のこと、品川に造営中の英国公使館が焼ける事件が起きたのだが、その犯人も彼らであった。いわば、明治の元勲の「テロリスト時代」といえる。


 このころ、志道聞多と伊藤俊輔には、ひとつの計画があった。

 英国の首都、ロンドンへ行く、というものである。

「このせまい日本で、攘夷、攘夷とうるさく騒いでおっても始まらん」

 長州における彼らのテロ指導者は、高杉という名の喘息持ちの男であった。彼はこの当時、過激な攘夷主義者のリーダーで、いまは下関にいる。


 今日未明、二人はその高杉から指示を受けた。高杉晋作は、入り浸りの女郎屋から二人に電話をかけてきて、計画のことを語った。

「横浜や京都で、一人や二人の天誅をしても何にもならん」

 英国に行け、というのである。必需品の用意はすでに整えてあるという。


 彼らはその品をバンに積み、渡航の準備を始めたのだが――。

 不用意であった。

 うかつにも身障者用のスペースに停めてしまったために、バンが奉行所の手入れを受けてしまったのである。彼らはまだ、そのことに気付いていない。



 人間の歴史が始まって以来、バンは、実に様々なものを運んできた。

 バンのなかで生まれた命もあれば、バンのなかで殺された命もある。生命を救う薬を運んだかと思えば、その帰路に大量殺戮の道具を運んでいたりもする。

 そして、大淀と利根屋が発見したこのバンは、どうやら後者に属していた。


「すっげー」

 利根屋は思わず、息を洩らした。

 大淀も、みた。

 バックハッチを開けると、カラシニコフ自動小銃が木箱のなかに山と積まれていた。まだグリースも拭き取られていない、ぴかぴかの新品である。


「一箱に半ダース、二十四挺ですか……」

 実包の詰まった三十発弾倉、百個入りのケースも見つかった。

 大淀はタブレットを取り出し、数字を打ち込んだ。


「新品のカラシニコフ銃の価格は、現在かなり高騰しています」

 長い平和のためであった。

 諸藩の武器庫は管理がおろそかになっており、倉のなかですっかりポンコツになってしまったライフルが多い。このごろ、動乱がにわかに起こり、各藩とも武器を新調しようと急いだため、銃の需要はうなぎのぼりになっていた。

 大淀がこうして時価を調べているあいだにも、一分おきに値段が上がっていくほどである。


「一ヶ月ぐらい取っといて、それから売ったら大儲けになりますよ」

「まじ? すげーじゃん、ばいはあたしに任せろ。ブツをさばくのは得意だ」

「利根屋さん、私たちは警官ですよ。これは市警のお金です。そして私は与力になって、警部になるんです。そこに積んであるもの、何ですか?」

「これか?」

 利根屋は箱に立てかけてあった円筒形のものを持ち上げ、ゴロゴロと転がして大淀のところへ持っていった。物体は銀色で、なかに気体が入っているらしい。危険物、取り扱い注意、というシールがあちこちに貼ってある。


「VXガスのボンベだ。噴霧器と合わせていくらだ?」

「神経ガスですか? これは市場価格はないですよ」

「じゃあ売れないのか。使えねえ」

「欲しい人を見つけて売ったらいいじゃないですか。ルートがあればですが」

「こんなの欲しがるってどんなやつだ? 変態だな。おっと、こっちには地図があったぞ。なんだこりゃ、横文字だなあ。大淀、これどこだ」

「イギリスのロンドンですね。地下鉄の路線図ですよ」

 大淀はほかのものを物色しながら答えた。


 見つけたものは、いちいち表計算ソフトに入力していく。

 ダイナマイト十二本、自爆用ベスト七着、手榴弾十八個、自動拳銃十二挺、軽機関銃一挺、RPG発射機とその弾頭六個――、といった具合に名前が埋まり、全部の価格の合計が計上されていく。


「全部で一万両ぐらいになりますよ、オークションで売ったらもっとです。すごいなあー、署長ぐらいにはなれますよ」

「やったぜ、がははは。おっ、これは旗だな。どれどれ?」

 利根屋は、丁寧に折り畳んであった黒い布きれを開いて、大淀にみせた。

「長州の聖戦・アルカイダ組織……?」

 書いてある文字を大淀が読んだ。俊輔と聞多が、そのとき店から出てきた。


「あっ、ぬしらァ何をしちょるんだ」

 聞多がさけび、大淀と利根屋は一瞬、顔を見合わせた。

 大淀、あわてた。

「わ、わかった! 利根屋さん、これはテロリストのバンですよ!」

「は? いま気付いたの。遅くね?」

 出世欲というものは、得てして人を盲目にさせるものである。

 乱闘になった。










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