講義1: 多点収束学 (2)
「お前達に出した筆記試験。
その問4の問題はなんだったか。
エレナ、答えろ」
「『3点収束魔術』『6点収束魔術』について知っていることを書け、です」
「そうだ。
今回の筆記試験の問題は俺が作った。
お前らの回答も全て目を通している。
エレナ、ノム、レイナ。
3人ともおおよそ正しいことを書いていた。
そういう意味では、もう教えることはない」
いや、教えてよ!
怠慢なの?
講師料だけもらって、ぐっへっへ、後は知らん、なの?
やっぱり、ノムから爆破されたの根にもってんの?
「『基礎』はな」
サイトゥ教官が付け足した。
その一言で、ヒートアップしていた私の脳内が落ち着きを取り戻す。
よかった。
「お前達に『応用』を教えてやる」
ん?
教官、さっき『レイナ』って言ったな。
窓際の赤髪炎術美人さんは『レイナ』という名前らしい。
今度話しかけてみよう。
「まず1つ目。
エレナとレイナの答案にはなく、ノムの答案に書いてあった。
その項目はなんだ。
ノム答えろ」
ノムは知っていて、私と窓際ちゃんは知らなかったことがあったらしい。
私はノムを見つめる。
ノムに迷いはない。
彼女の脳内から、すぐに答えを引っ張り出してみせた。
「『回転合成』ですか?」
「正解だ」
「回転、合成?」
聞いたことのない用語に、首をひねる私。
「それじゃあ、ノム。
説明してやれ、2人に」
お前がやれよ。
「わかりました。
エレナ。
三点収束魔術を説明してみて」
最終的に私に解説の役割が回ってきた。
下請けの下請け。
そんなフレーズが脳内に浮かぶ。
「まず、コアを3つ作ります。
上に1点、下に2点で三角形に配置します。
この時点では、まだプレエーテルの状態です」
ここでエレナからのお知らせ。
『プレエーテル・・・なんじゃそれ』と思ったあなた。
そんなあなたは、前作『PrimaryWizard 〜ゼロから学ぶ基礎魔術理論』をお読みください。
『プレエーテル・・・知らんけど、まあいいや』と思ったあなた。
そのまま、読み進めてどうぞ。
以上、宣伝でした。
「そして3つのプレエーテルを、三角形の真ん中に向けて移動させ、3つのコアを合成します。
この合成と同時に、エーテルへの変換や、炎などの各属性への変換を行います。
こうして実現された魔法は、3点分の魔力を合成するため、単純計算で3倍の威力になります。
まあ、あくまで単純計算ですが。
1点のコアに集められる魔力には上限があるので、1点に3倍の魔力を集めることはできません。
この三点合成によって、魔法の威力を一気に向上させることができるのです」
その瞬間、聞こえてくる拍手。
鎖骨先輩だ。
ありがとう。
本当にいい人そうだ。
早くお友達になりたい。
素直にそう思った。
しかし、ここで意外なことが起こる。
「よい回答だったぞ」
なんと、教官も褒めてくれたのだ。
信じられない。
すると、横から微かな囁きが聞こえる。
「サイトゥ先生、ツンデレだから」
鎖骨先輩がニヤニヤとした表情で、くっそ面白そうなのを堪えながら教えてくれた。
「聞こえてるぞ」
教官に注意され、いっけね〜、といった表情をみせる鎖骨先輩。
まったく悪いとは思っていないと思われる。
教官も別に気にしてなさそうだ。
よくあること、なのかもしれない。
さて、本題に戻ろう。
「エレナ。
前の黒板に、3つの魔力球を描いてみて」
「先生、前に出てもいいですか?」
「好きにしろ」
私が前にでると、教官が講義室の端に避けてくれる。
空いた黒板の真ん中の位置に私は陣取って、白のチョークを握った。
一番後ろのレイナさんにも見えるように、大きめに3つの丸を描く。
そして私はノムを見つめた。
「合成してみて」
その言葉を脳内で噛み砕く。
そして、『これかな』という行動案を見つけ、これを実践してみる。
3つの丸から、中心へ向けたまっすぐな矢印を描画。
3つの矢印が三角形の中央で交わる。
意図通り、だったかな?
「ありがとう。
エレナ・・・。
エレナが今描いてくれた、この図。
これが『直線合成』なの」
・・・。
私は、1年以上魔術を勉強してきた。
だからこそ、このノムの遠回しな表現。
それだけで全てを理解できたのだった。
『魔術のコアも、このパスタみたいに回転させて合成した方がいいのかもしれない』
私がウォードの酒場で行った食事中の考察を思い出した。
「回転させながら合成すんのか」
「そうだ」
ノムの前に教官が答える。
私はチョークを持ってない左手で黒板消しを持ち、矢印だけを消した。
そして、各点から中心に向けた渦巻き状の矢印を3つ描画した。
「こういうこと?」
「そういうこと。
これが『回転合成』。
こっちの方が魔力効率がいいの」
今度はノムが答える。
『魔力効率』とは、簡単に言うと、体内から100の魔力を引っ張り出して、それを相手に与える攻撃魔法に変換したとき、最初の100のうち、どれだけのエネルギーが残っていますか、ということを意味する。
体内の魔力を攻撃魔法に変換する間に、数パーセントから数十パーセントの魔力が無駄に消耗されるのだ。
この消耗が少なくなるという話です。
「エレナもこれを覚えた方がいい」
ここで疑問が生まれるが、そこはさすがのノム先生。
私の思考を先読みして、回答をくれる。
「では、なぜ私が回転合成の情報を早くエレナに教えなかったのか?
そういう話しになる」
「うんうん」
「一言で言えば、難しいの。
回転合成が成立するには、一定以上の魔力収束スピードが必要になる。
直線合成なら、すぐに収束できなくでも、魔力圧をかけ続ければいつかは収束できる。
でも回転合成は一瞬で合成できないと、魔力球同士の反発で魔力球が弾けてしまう。
まずは直線合成を完璧にマスターする。
これが回転合成習得の条件なの」
「なるほどね」
回転合成は必然的に収束スピードが速くなる。
だから、素人目には一瞬のことで、何をやっているか視認しづらい。
そのような考察が生まれた。
「でも、今のエレナなら大丈夫。
きっと、すぐ、習得できる。
魔力効率も向上するから、是非とも習得すべき」
「さっそく今日から始めるよ、習得訓練」
私は早速、脳内でイメージトレーニングを開始。
特に問題はなかったが、1点だけ疑問点が浮かんだ。
「回転方向、って、どっち回りがいいんですか?」
生まれた素朴な疑問を、そのままサイトゥ教官に伝える。
「それは、人による。
『左利き』と『右利き』、みたいなものだ。
各々、やりやすい方向でいい。
ただ、どっち方向が向いているかは、実際にやってみないとわからん。
俺は、自分から見て時計方向に回転させる」
「私も同方向」
教官とノムの答えが一致した。
とにかく、やってみるしかなさそうだ。
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