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講義1: 多点収束学 (1)

 一晩明け。

 私達は再び、昨日筆記試験を受けた部屋、講義室、その引き扉の前へやってきた。


 緊張感が抜け落ちたヘラヘラした表情で中庭にやってきたモメルから『合格』の通知を受け。

 そして、その場にて、日を開けて再度この講義室に来るように、と伝えられた。

 本当なら、その時点で、モメルに学院についての最低限の情報を聞きだしたかった。

 が、『詳細は明日』。

 それだけ言い残し、モメルはさっささーと帰っていた。

 故に、この扉の先にどんな光景が存在するのか、不明。

 期待、不安。


「はじまるね」


 ノムが柄にもなくそんな言葉を選んだ。

 それがなんだかおかしくって笑った。

 彼女もそれに答えてくれる。


 さあ、扉を開けよう。


 ガラガラと音をたてて扉を引く。

 昨日の教室と異なる点にすぐに気がつく。

 3人、先客がいた。

 研究生。

 そう。

 だれも、私達2人だけだとは言っていない。

 学友だ。

 仲良くなれるかはわからないですがね。


「おおうっ!」


 そんなそこ抜けて明るい驚嘆の声を上げたのは、3人の中の1人。

 女性。

 私たちよりも少し年上くらいか。

 物語に出てくる、まさに古風な魔女のような出で立ち。

 黒のとんがり帽子。

 黒のローブの隙間から鎖骨が覗く。

 長い銀髪、後ろ髪を三つ編みに結って肩から前に垂らしている。

 そしていやらしい、もとい、真昼の太陽のような笑顔。

 教室のど真ん中に陣取っている。

 とりあえず仮で、鎖骨ちら犬歯魔女先輩と呼ぶことにする。


 その隣の席にもう1人。

 男性。

 私たちより若干年下か。

 気弱そうな顔。

 片目が髪の毛で隠れ見えないが、もう片方の目に大きな特徴がある。

 モノクル。

 単眼鏡というやつだ。

 鎖骨ちら先輩と同色の短い銀髪。

 鎖骨ちら先輩と真逆の真っ白なコートを身につけている。

 とりあえず仮で、モノクルくんと呼ぶことにする。


 そして、もう1人。

 教室の奥、中庭を眺めることができる窓際の席。

 エレナノムには目もくれず、じっと窓の外を眺めている女性。

 年齢は私たちと同じ年くらい。

 緋色の髪と瞳。

 その瞳は鋭く、見つめた相手の心を突き刺す。

 私が今まで出会ってきた美女達、リリア、セリスをも超えていく、まさに絶世の美女といってよい、非の打ち所のない顔立ち。

 マントからチラっと見えるセクシーな胸元には、炎術を表す華の図形が確認できる。

 両の腕にはめられた白銀の腕輪には、赤色の宝石が埋め込まれている。

 短いスカートもポイント、ご馳走さまです。


 しかし最も強く印象付けられた情報は、彼女からあふれる『炎の漏出魔力』。

 刺々しい炎のオーラがわずかな殺意のような感情を伴って漏出されつづけている。


 そう。

 彼女から読み取れる全ての情報が、『私は炎で攻撃します』と言っている。

 通常、自分の得意属性、魔術戦の戦法は、相手に知られたくはないものだ。

 しかし、彼女はおかまいなし。

 どこからでも狙ってきてみろ、返り討ちにしてやる、炎で。

 そのメッセージを外部に常時発信し続けている。


 どうしても。

 セリス・シルヴァニアの面影を彼女に重ねてしまう。

 セリスは最後は私に『デレ』を見せてくれた。

 この()も絶対にデレさせてみせるんですからね。

 以上、妄言でした。

 さて、挨拶をしなければ。


「はじめまして、エレナと言います。

 こっちはノム。

 今日から研究生として、この研究院にお世話になります。

 もしかしてですけど、先輩ですか?」


 鎖骨ちら先輩に尋ねる。

 鎖骨ちら先輩は、鎖骨を指でコリコリしながら回答をくれる。

 癖かな?


「ハロー、ハロー。

 私は二期生の、エミュ。

 美少女錬金術師見習いのエミュ。

 君の言う通り、君達の先輩さ」


 美少女って、自分で言っちゃった。


「こっちは、同じく二期生のホエール。

 こんなのだけど私より1つ年上なんだよ」


「エミュ、こんなのとかいわないでよぉ」


 モノクル先輩が弱々しく、へにゃっとしたツッコミをいれる。

 全くもって、ツッコミがなっていない。

 私がツッコミのなんたるかを教えてあげなくてはいけないな。

 ・・・。

 何言ってんだ、私。


「よろしくね、エレナ、ノム」


 モノクル先輩が力無い笑顔で話しかけてくれる。

 私は、この時点で思った。

 この2人、すごい相性いいな、と。


「窓際の彼女も、二期生なんですか?」


「彼女は、君達と同じく三期生さ。

 まあ名前すら教えてくれなかったけどね」


 そう言って鎖骨先輩はへらへらした。

 『まあ別に気にしてないけどね』。

 そんな言葉が脳内に伝わる。


「エミュさん、この学院について聞きたいことがたくさんあります。

 ご教授願えますか」


 ノムがへりくだった。

 モメルもノシも教官も、この学院について大した説明をくれなかった。

 しかし鎖骨先輩は間違いない。

 おしゃべり芸人だ。

 口を閉じると死ぬタイプの人だ。


「もち」


 ろん。

 鎖骨先輩がなんでも聞いてオーラを出してくれる。

 しかし、ここで邪魔が入る。

 また、おまえか。


「おまえら席につけ」


 私たちのほうをまったく見ずに、ずかずかと部屋に入ってきた。

 それは昨日、ノムが爆発させた教官だった。

 すこぶる機嫌が悪そうだ。

 昨日よりボサボサな黒髪と、わずかに生えたあごヒゲが、彼の怠惰っぷりに拍車をかけていた。

 『彼女いない』に10000(ジル)ベット!

 またまた、意味のない賭博が脳内で展開されたのでした。


 私とノムは空いていた入り口側の席に座った。

 教官は黒板の前まで進むと、こちらを見る。

 部屋に何人の人間がいるかを確認すると、大きくため息をつき、押し黙った。

 その時間が10秒程度続き。

 そして、その重い口を開いた。


「俺は、基礎魔導学専攻、多点収束学を研究している。

 この学院の教授、サイトゥだ」













 やって。


 しまった。


 初めて見る、ノムの青ざめた表情。

 彼女の今の思考を代弁しよう。


 『私は、最新の魔術理論を教えてもらうチャンスを、自らつぶしてしまったかもしれない』


 『下っ端だと思ってたら、めちゃめちゃ偉い人だった』


 『ご機嫌ってどうやってとるんだっけ』


 『エレナなんとかして』


 気づくとノムが私を見つめていた。

 過去は過去。

 現在は、もう、なるようにしかならん。

 導き出した諦観の念。

 私は真面目な顔でサイトゥ教授を見つめた。


「誠に遺憾ながら、お前たちに対し教鞭をとるように上から言われている。

 それとお前たちが面倒ごとを起こした時、俺が責任を取れとも言われている。

 いつもそうだ。

 面倒事が俺に投げられる」


 『上』。

 それがこの人の口癖なのだろう。

 上下社会の中で揉まれて、精神をすり潰されているのだ。

 この時点では、そういうことにしておく。


「だから言うぞ。

 面倒事を起こしたら、俺は力で解決する。

 覚悟しておけ。

 それが嫌なら絶対に面倒事は起こすな。

 いいか、絶対に面倒事は起こすなよ。

 もう一度言うぞ!

 絶対に、面倒事は、起こすな!」


 軽くビビっているように見えるモノクル先輩の隣で、エミュがヘラヘラしている。

 この人も肝座ってんな。

 ただ、どうやら教鞭はとってくれるらしい。

 ノムがつく非常に小さな安堵あんどのため息を、私は聞き逃さない。

 よかったね。



 そして、ついに最初の講義が始まった。






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