課外15:パグシャのお仕事
研究院の講義棟には自習室が備え付けられている。
今日、この場所を利用しているのは、私エレナ1人である。
私が今読んでいるのは『プレアンチエーテル理論』。
ノムが尊敬する、アルティリス教授の記した書籍である。
のだが。
「よー、わからん」
難解。
横に置いたノートも、なんか落書きみたいになっていた。
頭痛くなってきた。
「休憩されてはどうですか?」
後ろから声をかけられた。
集中していたのもあるが、気配に気づけなかったことに軽くショックを受ける。
そこにいたのは黄緑色の長髪のメイドさん。
「パグシャさん、おはようございます」
「朝からお勉強とは、頭が下がります。
はい。
コーヒーいれましたので、飲んでくださいね」
パグシャさんは、なんで私がここにいると分かったのだろう。
そしてコーヒーまで用意してくれた。
思えば、以前、回転合成を練習した時も、水を差し入れてくれた。
なんて、できた女なんだ。
嫁に欲しいぞ!
「ありがとうございます。
いただきます」
茶色の温かい液体が体内に染み込んでいく。
そして、深く呼吸をする。
「おいしいコーヒーです」
「ありがとうございます」
「でも、パグシャさんもお忙しいでしょう。
だって、この広い研究院を、たった3人で管理しているんですから」
「管理という言葉は正しいのかわかりませんね。
あくまで、私たちはメイドですので。
雑用係でございますわ」
「パグシャさんの仕事って、なんなんですか?」
「私の仕事は、各教授からの細々した依頼をこなすことです。
ちなみに。
モメルの仕事は、教授の部屋の掃除と各教授への連絡です。
ノシの仕事は、キリシマさんの補助ですね」
「キリシマさんが統括部の長でしたよね」
「その通りです。
そしてノシはキリシマさんの娘さんです」
「そうなんですか?」
「キリシマさんに似て、とっても優秀なんですよ」
なんか、怠惰なイメージしかないのですが。
「キリシマさんは、ある意味、学院長代理のジョセフさんの次に偉い人物です。
本来は専攻長会議で重要事項は決定されますが。
その結果に従って、学院を動かすのがキリシマさんです。
その補佐をするのですから、ノシもとても重要な仕事をしていることになります。
私たちメイド3人は、学院に住み込みで働いています。
地下には、私たち3人の居住スペースもあります」
「住み込みって、大変だぁ」
「その代わり、お給金はとってもいいですよ」
パグシャさんは笑った。
相当な労働量なのにも関わらず。
彼女からは疲れた感じは全く受けない。
「大事なのは、適度な運動とバランスの取れた食事、そして脳を痛めない考え方ができるかです。
健康こそ、一番の宝物。
エレナさんも、大事にされてくださいね」
そう言って、パグシャさんは、私の肩に手を置き。
肩を揉んでくれた。
「効きますー。
ああ。
なんか、癒される」
「それはよかった」
「人に肩揉まれるの、なんかいいですね。
知らない人だと、その人の魔力が肌越しに伝わってきて。
なんか緊張しちゃうんですけど。
パグシャさんは、その感じがあんまりないんですよ」
「どうやら、それが私の特殊能力だそうです。
人に触れた時に、魔力をあまり感じさせない。
これは私が回復魔法が得意なことも関係するそうで。
と、チナミ教授がおっしゃっていました」
「魔導医学の教授様ですね」
「私は特に、チナミ教授の補佐に入ることが多いですね。
簡単な治療ならば、教授の手を煩わせるまでもなく。
私でも行えますので」
肩揉みが終わると。
パグシャさんは退室した。
いや、めっちゃいい女や。
学院7不思議の7つ目を。
『何故、パグシャさんに彼氏がいないのか』にしようかな。
そんなことを考えたのでした。




