講義14:印譜魔術 (2)
私たちは、教授に案内され、神社の裏に回った。
そこに存在したのは、『大きな石』だった。
「殺生石だ」
巨石には、なにやら呪文らしき赤い文字が刻まれた封止テープが巻かれている。
それは、教授の左手に巻かれた包帯と同類のものだと思われる。
「何か、封じられているんですか?」
「ヒュドラだ」
「ちょ!
やばいじゃないですか!」
「ヤマタノオロチとも呼ばれるな。
この巨石の中に、魔物の魔力が封じ込まれている。
悪しき召喚獣、悪しき地精、という表現もできる。
この巨石の封印が解かれるとき、災悪が再び産み出されるする、と聞いている。
祖父から。
この殺生石の守護、監視が、代々、私の家系で受け継がれてきたタスクである、そうだ」
「この岩にヒビでも入れば、クレセンティアの街も危うい、ということですね」
「が、しかし。
私の父親は祖父の言うことを信じず、『そんなもの迷信だ』と言って、石に杭を打ち込んでヒビを入れてしまったのだ」
「なにやってんの!」
「その結果・・・」
「その結果」
「何にも起きなかった、らしい」
「なんだそれ」
「まあ、ヒビと言っても、少し欠けた程度だったが。
結論として、『よくわからん』、という状況である」
「モヤモヤしますね」
「完全に割ってみればいいんじゃないの?
私が、やりましょうか?」
攻撃的提案をしたのはレイナ。
できれば、私たちが下山したあとでお願いしたい。
「実を言うとな。
割る、予定だ」
「割るんですか!?」
「2人に、約束を取り付けているのだ。
アルティリス教授、そしてメリィ教授。
私が数年、教授職を全うした暁には、2人の協力の元、殺生石を粉砕する。
これでやっと、念願叶い。
この神社を、『安全な』観光名所として、謳うことができる。
最強の封魔術師、最強の退魔師。
そんな人間が存命であるこの時代に。
末代からの呪縛から、解き放たれるために」
「クレセンティアを見渡せて、途中に魔物が出没しない。
新緑を楽しめて、赤の鳥居とのコントラストも美しい。
確かに、最高の観光名所だと思います」
「私は『巫女』でもあるが、そこまで信心深いわけではない。
しかし、この場所を守りたいという気持ちは、人一倍持っている。
この地の、最高の見せ場は秋。
この場所で色づくモミジは、一見の価値ありだ」
見渡せば、今は黄緑色の葉を侍らせたモミジの木、多数。
これが全て赤く染まると思うと。
ぜひ、秋に、また来よう。
「ただ、アルティリスとメリィにだけ頼るもの癪だ。
有事の際、先頭に立つべきは私。
が、今の私は、最強の封魔術師でも、退魔師でもない。
2人のほうが、実力は上だ。
修行の身、というわけだ」
「修行、ですか」
「私は、妖怪退治を生業にしている。
『妖怪』とは、『ガストが獣に憑依したもの』と表現できる。
これに対抗する最大の機関こそ、マリーベル協会の対魔師団である。
あるのだが。
奴らは思考が硬く、一定の範囲の魔物にしか対応をしない。
そこで、その隙間を私が埋めることになる。
まあ。
例えば・・・」
「例えば?」
「お前の中にいる、『炎狐』、とかな」
即、身を守る動作を取る。
紅怜の存在は、ここクレセンティアの教授には筒抜けてしまう。
本来、並みの魔術師には、紅怜が私の中に住んでいることは判断できない。
しかし、シナノ教授、ルミナス教授、そしてテレサ教授、3人には隠し通せなかった。
「お前の中の炎狐も、殺生石が関連する逸話があると聞くぞ。
なんなら、私が退治してやろうか」
「いらんお世話です」
「お前は、炎狐を抑えきれるのか?」
「うにゅー・・・」
成長期の紅怜。
その成長スピードは、私のソレを超えてくるかもしれない。
即答できない自分に、多少の腹立たしさを覚えてしまう。
私も、まだ、やはり、未熟だ。
「お前は、『召喚魔術』に関する技能を引き伸ばすことが求められるかもしれないな」
「善処、します」
ノムに守護されている現状なら、まだ大丈夫であろうが。
最終的には、私が、紅怜を完全に制す。
そうなるべきであろう。
*****
殺生石の説明は大方完了し。
私たちは神社の境内の中に通された。
畳の上にあぐらをかいて座る研究生5人は仏像を見つめて待機。
そして、その私たちの前に、巫女服に着替えたテレサ教授が鎮座した。
シンプルな白い衣装に赤の帯と袴。
忍者衣装から、巫女服へ。
華麗なる衣装チェンジ。
「さあ、講義を始めよう。
私の研究対象は、『神学』でも『封印魔術』でもない。
私の研究対象は、『印譜魔術』だ」
「印譜、魔術?」
「『印譜』は魔道具の一種。
俗に言う、『お札』だ。
魔導効率を高めた紙に、東洋ルーンを刻印し。
戦闘時にこれを用いることで、使用魔術の効率を向上させることができる。
東の果て。
『和泉の国』で、退魔のために産み出された戦闘技術だ」
その話の流れで、教授は実物を見せてくれる。
手のひらサイズの紙に、赤色の図形、そして『滅』という文字が刻まれている。
そのあと、複数枚の『印譜』を見せてくれたが、それぞれ異なる文字が刻まれていた。
「欲しい?
安く、売るよ。
っていうか、買ってって。
10枚買ったら、1枚オマケするから」
レフィリア教授に続き、またまた守銭奴キャラ登場。
しかし、向こうは貴族感漂い、こちらは貧民感が漂う。
『クノイチ教授』、改め、『貧乏巫女教授』と命名する。
「売店あるから。
お帰りの際にどうぞ。
お札、お守り、数珠、破魔矢、種々取り揃え。
オミクジもあるよ」
「オミクジだけ、引いて帰ります」
必死の貧乏巫女教授。
この印譜で滅されるのは、妖魔だけでなく、賽銭泥棒までも含むのだろう。
「魔石魔術は、魔石から魔力を引き出して魔術を行使するが、対して印譜魔術は、術者の魔力を増幅するような効果を持つ。
印譜は使い捨てで、1回の魔力行使で1枚使用する。
また複数枚の印譜を一度に使用して、より強大な魔術を行使することも可能。
印譜なしで魔術を使用するよりも、魔術効率を向上させることのできる。
そんな、マジックアイテム」
「そんな、『贅沢な』アイテムなんですね」
「くっ・・・。
その通りだ、エレナ」
印譜も、ただの紙に、赤ペンで落書きして作成できるわけではない。
1枚1枚、丹精込めて作られているのだ。
「この神社で働いてくれている巫女たちも優秀だ。
それでも、私が作成する印譜の質を超えることはできない。
1日に作成できる印譜の量にも限りがある。
わかるか?
そんな貴重、上質な印譜を売ってやる、そう言っているのだ」
「商売の話は、一旦捨ててもらっていいですか」
失礼な話かもしれないが、レフィリア教授に比べると、商売の方法が地道だなー、と感じた。
レフィリア教授に比べると、テレサ教授は、全然かわいく感じる。
「私は特に炎の印譜の作成が得意だが、全属性の印譜、取り揃えておりますので、ご贔屓に。
特にエレナ。
お前の中の炎狐と、私の印譜の相性は抜群だぞ」
2、3枚くらい、買って帰ろうかしら。
そんな私の物欲を、ノム先生が薄れされる。
「エレナ、印譜を自分で作ってみるのも、いい経験なの。
道具は、街の魔道具店で購入できるから」
「こら!
私の商売の邪魔をするな、青髪!
が、『できるものならやってみろ』、と言っておいてやる。
この品質の印譜を作れるのは、私か、ノノ教授くらいだ。
まずは、私の印譜を使ってみろ。
『魔道具』というものが、どれだけの効力を持つか。
それは、絶対に体験しておけ」
*****
テレサ教授の講義は終了。
教授と別れた、私たちがやってきたのは、帰りに顔を見せるように何度も念を押された『売店』。
2人の黒長髪、巫女服の女性が出迎えてくれた。
ああ、魔力でわかる。
この2人、結構、ツワモノだ。
その内の1人が、質問を投げてくる。
「弓使いの方はいらっしゃいますか?」
「いませんね」
「残念です。
弓使いの方には、この『破魔矢』をオススメするのですが。
封魔の力を存分に高めた矢です。
魔除けの効果もありますので、お土産にどうですか?」
「ちょっと、見てから、考えます」
「こちら、メインアクセサリとしても使用できる護符です。
護符の中に、大霊樹の葉が詰められています。
こちらも魔除けの効果がありますよ」
「あはははー」
私。
店員が積極的に話しかけてくるの苦手。
「上級印譜とオミクジを1枚づつ。
他は要らないの」
「使ってみて、よかったら、また買いに来るわ」
男らしいノム先生、そしてレイナ様。
5人分の代金も、先生が男らしく支払った。
印譜とオミクジが各位に渡る。
するとすぐに、レイナ様、印譜を御試用。
天空に向けてユニバーストを放つと、
「いいわね」
と、呟いて、3枚印譜を追加購入した。
続き、
「せーの!」
で、オミクジをオープン。
私以外全員が『中吉』。
私のみ『凶』。
健康、商売などの項目が占われるも、各位全てのオミクジに、『お守りを購入すべき』という文言が含まれていた。
・・・
MOUJA!




