課外12:学院地下ダンジョン レベル3 (2)
本当にない。
何が。
それは、『キーストーン』である。
探索開始からおよそ3時間程度か。
休憩を挟んではいるが。
敷地が広大すぎる。
鎖骨鯨組に疲れの色が見え、ノムが出撃する回数が次第に増えていった。
このダンジョンは迷路のようになっているが、この階層は、どれだけ最適なルートを進んでも、必ずある程度の距離を進まなければならない構造になっていることを理解した。
しかし、その探索も、ついに終わる。
通路が終わり、巨大な大部屋にたどり着いた。
こういうの、なんていうか、みんな、知ってる?
「ドラゴンだーーーーーー!!!!!」
先頭を進んでいた私が大声を上げる。
それは悲観的な叫びではない。
嬉しくて。
嬉しすぎて。
物語の中でしか、話でしか聞いたことのなかった伝説的な魔物に遭遇したからである。
しかも。
「王道も王道!
レッドドラゴンさんだよ!」
大興奮のエレナ。
そしてノム。
2番手を任されていたノムが私を追い越して、その巨大な体躯をしげしげ眺める。
「いいもの見れたの」
が、しかし。
3番手、4番手の2名は、死んだような表情であった。
「こんなの、勝てるわけないよぉ」
「さすがに、アタシも、同意見だよ」
最後尾のレイナは無表情のまま。
「赤・・・。
苦手だな」
と、ボソッとこぼした。
レッドドラゴンは炎の竜。
必然的に、炎の攻撃が効きづらいのだ。
さて、ここで。
隊長が、とんでもないことを提案した。
「このボス、エレナとホエールの2人で倒そう」
「えーーーーーーーーっ!!!!!!」
顎が外れそうなほど驚いた鯨先輩。
『本気で驚くと『ほえー』とは言わないんだな』、などと、どうでもいいことが脳内に浮かんだ。
「このドラゴンは炎が効きづらい。
故に、レイナ、エミュとは相性が悪い。
また、私が出動したら、瞬殺してしまう。
ここで、2人がどれだけ成長したか、私たちに見せて欲しい」
「ホエール先輩、やりましょう。
男、見せましょう。
見せつけましょう。
誰に、とは言いませんが」
「無理だよー」
レッドドラゴンはこちらに気づいたようで、少しづつ接近してきている。
結論を急ごう。
「私が前衛として、相手を引きつけます。
先輩、後ろからトドメ、刺してください」
「ホエール、がんばれがんばれ」
エミュ先輩がチアアップ。
その応援は、効果絶大であった。
「やってみる」
*****
レッドドラゴンの至近距離までやってきた。
堂々とした佇まい。
外敵が侵入してきたにも関わらず、焦った様子は見られない。
改めて、その容姿の詳細を確認していく。
無理やり一言で表現すれば、超巨大な赤い『ワニ』。
先日、酩酊の森で戦った『マシュードラゴン』と、かなり類似点がある。
巨大な口に無数の牙。
頭部にツノ。
極太の腕、脚に鋭い爪。
シンセが不意を突かれた、意識的に動かせる尻尾。
硬い装甲となる、革鱗。
色以外、おおよそ似た性質を持っている。
しかし、明らかに異なる点が1点ある。
その点が、私の興奮対象でもあるのだが。
それは、『翼』の有無である。
この巨大な体躯では飛行することは叶わないだろうが。
先のプテラスがそうだったように、この翼も攻撃可能部位として危険視する必要がある。
「ドラゴンといったら、やっぱ翼だよねー」
などと呑気なことを言っていると、ドラゴンの口がパカッと開いた。
しかし、私を飲み込もうとするモーションは見られない。
そう、これは。
つまり、これは。
「ドラゴンブレスだ!」
即、退避を開始。
ドラゴンの口内が光り。
そして灼熱のブレスが、元、私がいた場所に吹き付けられた。
開戦だ!
空中に感じる、複数の炎の魔力感。
「魔法も使えるのかよ!」
多点同時収束のバーストブレッドが、連続で、間髪入れず襲ってくる。
言われてみれば、マシュードラゴンも魔導術を使ってきたのだから、そりゃあそうだよね。
私が後方に逃げられないように誘導されている。
一旦逃げたいのに、ドラゴンとの距離が離れない。
相手はモンスターなれど、高い知能を持つのだと。
この時点で感じ取った。
「次は爪!」
魔法の次は物理。
筋骨隆々の豪腕が私に振るわれる。
「風術!
エリアルステップ!」
風の魔法の力を利用して、大きく後方へステップして、これを回避した。
着地。
次は何!?
「跳んだ!」
ドラゴンが、翼と手足の筋肉の力を利用して天高く飛翔した。
当然、私めがけて。
退避!
という命令をキャンセルして。
私は、ドラゴンの方向に向けて全力疾走した。
上にドラゴンの腹を見据えながら、駆け。
無事、制限時間内に逆側に到達完了。
当然襲ってくる、ドラゴン着地の衝撃に備える。
武器を持っていない左手に風の魔力を収束。
同時に、右手の剣に、雷の魔力を収束。
そして、ドラゴン着地の瞬間に、風術の力で軽く跳び、地面から離れ。
巨大な振動を無効化。
そして。
雷槍をお見舞い!
ドラゴンが咆哮を上げる。
手応えあり。
が、その瞬間。
天空に、複数の魔力反応を確認。
多地同時収束。
しかも、先ほどよりも数が多い。
30地点ほどはあるだろうか?
その魔法が、全弾、異方向に同時放出される。
1発1発の威力は小さい。
魔導防壁、バリアーで完全無効化できる。
安心した。
瞬間、悪寒が走る。
「狙いは、ホエール先輩かよ!」
30発のうちの半数以上が、先輩の方向へ向けて放出される。
先輩は魔力の収束、魔術の詠唱を続けている。
やばい。
間に合わない。
このとき、『ノムがなんとかしてくれる』、という思考は生まれなかった。
たぶん、2人だけで勝ちたかったからだと思われる。
連続被弾。
鯨先輩が炎に包まれる。
「先輩!」
その瞬間、産まれたのは、魔法陣。
水色の魔法陣が、レッドドラゴンを囲い込んだ。
「被弾しながら、かつ、攻撃しようとしてるのかよ」
魔法陣に魔力が集まっていく。
その事実は、鯨先輩が存命であることを証明している。
「『防衛収束』だ」
私が漏らした、そのワード。
『防衛収束』。
それは、魔法の収束を行うと同時に、魔導防壁を張るという技能のこと。
攻撃用の魔力と、防衛用の魔力を同時に収束する必要があるので、かなり実現難度が高い技能である。
と同時に、後衛魔術師にとって、必須級の技能であるのだ。
改めて言おう。
「クレセンティアの鯨撃、侮るなかれ!」
魔法陣で実現されたのは、先日、旅人の大樹にて、先輩が見せてくれた魔術。
「メイルシュトロームだ!」
魔法陣の際から水流の壁が出現。
そして、私まで聞こえるような大声で、黒煙を上げる先輩が叫んだ。
「壊!」
それに呼応し、水流の壁がドラゴンに高速で迫る。
前後左右、全て、逃げ場なし。
その直径がゼロになるのと同時に、激しい水しぶき。
それらが空中に霧散消滅した時点で。
同時に、レッドドラゴンも消滅していたのである。
*****
皆でホエール先輩を褒め称えたのち。
大部屋の奥へ進むと、短い通路ののちに小部屋。
そこで、やっと、キーストーンに出会うことができた。
先ほどのレッドドラゴンが『ボス』であったのだと理解した。
そして、『このドラゴンも、後日、復活するのか・・・』、という思考が産まれて愕然とした。
今いるのは、3階層から4階層へ降りる階段の前。
なぜか恒例となった、ノムによるロック解除確認が行われ。
そして、みなの意見が、『解散』で一致した。
お疲れ様でした。
!!!!
その瞬間。
違和感。
それを拾ってきたのは。
耳。
音。
コツコツという。
これは。
足音だ。
誰かが、階段を登ってくる。
その判断の正しさを証明するように、ノムも階段の先の下層を見つめる。
何か来る。
前回もあった、この展開。
しかし、レイナは隣にいる。
一体誰が・・・。
「お前達、何してるの?」
「君。誰?」
階段を登ってきたのは、男の子だった。
背丈も年も、シエルと同じくらい。
黒系統の髪。
特徴的なのは、所持している書籍。
黒い表紙の分厚い本を、大事そうに抱えている。
そんな、ガキンチョが・・・。
4階層からやってきた。
ということは・・・。
この少年は。
おそらく一人で。
レッドドラゴンを倒し、3階層を攻略した!
その瞬間。
襲ってくる、魔力圧。
少年が魔力を解放した。
反射的にエミュ先輩をかばおうとする自分がいる。
この人には、私も、レイナも勝てない。
故に当然、エミュ先輩もホエール先輩も。
ノムですら。
おそらく無理だ。
「よかったら、相手してくれない。
退屈なんだよね〜」
ノムは即、戦闘態勢に移行。
しかし、先手は取らず。
可能な限り穏便に済ませたい、と思っているように感じた。
とにかく。
まず、先輩2人を逃がそう。
「ダメですよ、タルトス教授」
少年に完全に気を取られ、背後、つまり2階層側の階段からやってきた来訪者に全く気づかなかった。
この人がタルトス教授と組んでいれば、我々はおそらく全滅していただろう。
でも、そうではなかった。
彼女は。
ピンクのメイド。
「モメルさん?
って、今、『教授』って言いました!?」
モメルさんはまったく恐れることなく、ズンズン前へ出て、私たちと少年の間に割って入った。
「この人たちが研究生ですよ。
殺しちゃったら、教授職解任です。
そういう取り決めです」
「マジかよ!
危なかった!」
「いや、ほんとに危ないかったの、こっちですからね」
ノムとレイナがクールダウンしていく。
なんかしらんが、助かった。
「教授。
自己紹介をしてください。
これは、アルティリス様からの命令です」
「ぐぬっ・・・。
なら仕方ない。
俺はタルトス。
召喚魔術学を研究する、応用魔導学専攻に所属する教授様さ。
後日、お前らに教鞭を振るうことになる予定、らしいので。
丁重に扱え」
く・そ・が・き。
シエルくんがまだマシに思えるクソガキっぷり。
しかも、本当に強いから、本当に手に負えない。
そんな人間が。
『アルティリス』という一言だけで従順になったことに、強い違和感を感じたのだった。