入学 (5)
「学院の壁に封魔防壁を展開した。
だから爆発魔法を使っても大丈夫」
青髪少女はそう弁明した。
がしかし、その言葉が解決してくれる問いは『なぜ、施設を傷つけないという条件を守れたのか』というもの、それひとつである。
『教官、ぶっとばしちゃっていいの?死んだの?』という問いの答えではない。
爆発による黒煙が薄らぐと、惨状が確認できる。
ボロボロの教官は、黒煙を上げ、俯き、伏している。
その後、ノムと目を合わせると、彼女はわずかに舌を出した。
『やりすぎちゃった、テヘペロ☆』。
そうアテレコしたくなるかわいい表情。
昔も同じこと一回言った気がするけど、どれだけかわいくっても、殺しちゃーダメ。
「どうされましたかー!!」
明瞭な声と共に、私達が入ってきた扉から、メイドさんが駆け込んでくる。
モメル、ノシとはまた別人。
黄緑色のストレートロングの髪が乱れる様は美しく。
私たちに手が届く距離まで全力疾走してきたメイドさんは、軽く肩を落とし、荒い呼吸をしている。
とりあえずこの時点では、ふんわりおっとり系美人メイドさんと命名する。
「じつはですね、これこれしかじかで」
「これこれしかじか。
・・・。
なるほど。
・・・。
って、それじゃあわからないですぅ」
以心伝心ネタでからかってみた。
私の人間観察力が、この人はからかってもいい人だと勝手に判断したからだ。
想像以上にかわいいリアクションだった。
さて。
冗談はここまでにしよう。
私は、私達が入学試験を受けていること、それで教官をぶっとばしちゃったことを伝えた。
入学試験を受ける人間がいることだけは聞いていたらしく、彼女はすぐに納得してくれた。
その後すぐに黒煙を上げる教官に近づき、そして体を触り始めた。
触れた部分が淡く光る。
つたなくも献身的な、そんな彼女の回復魔法なのだと判断した。
「大丈夫そうですね。
よかったです!」
心配そうな表情から一変して、太陽のような明るい笑顔を私達に見せてくれた。
いや、どう見ても大丈夫じゃないだろ!
この人、表情だけじゃなく、脳味噌もふわふわなのかもしれない。
「私は、サイトゥ様を医務室に運びますね。
別の雑務係の者を遣わせますので、ここで少々お待ちくださいませ」
そういって、彼女は教官をよっこらしょとおんぶして中庭から去って行った。
パワフル~。
「エレナ、わかる?」
どたばたした時間の後に訪れた静寂。
唐突かつ不明瞭なノムの質問がそれを破った。
「何が?」
「見られていた」
すぐに私は辺りを見渡す。
改めて誰もいないことを確認した。
問いの真意は解明されない。
ノムへ次の質問を。
それを言葉にする前に、ノムが正解を教えてくれる。
「この中庭、研究院の真ん中にあるけど。
ここから見える2階、3階、4階の部屋。
そこから微弱ながら魔力を感じる。
たぶんそれらの部屋は研究室。
この研究院の研究者達が、私達の試験を見ていた。
そう、つまり。
見世物」
「なーるほどっ」
私はナナメ上を見上げた。
この建物は4階建て。
多数の部屋がこの中庭に隣接する構造。
その部屋、1室1室に視線を送る。
部屋の窓からその内部は確認できない。
しかし、もし、これらの部屋全てに研究者が割り当てられているのなら。
そして、その研究者達のオーラセーブの能力が、私のオーラサーチの能力を超越していたならば。
それが意味することは。
きっと。
「私達は、教官だけじゃなくて。
この研究院の研究者達、みんなから評価されていたんだね」
「イエスなの。
たぶんね」
私は改めて上層階の部屋を見つめた。
確かに。
あれだけの爆発が起きておいて、だれも窓から顔を出さないっていうのも変な話だ。
もしくは変人が多いか。
・・・。
後者の可能性も高いな。
「教官は『上から言われて』と言っていた。
つまりは下っ端、の可能性がある。
さらに上位者がいる。
その上位者から、学院の研究者みなが確認できるこの中庭で試験をやるように。
そのように指示を出されていたのだと思われる。
これで全員に納得させることができる。
私たちが入学する。
そのことの妥当性を、ね」
そう。
だから、見せ付ける必要があった。
私達の実力を。
ノムは、そこまで考えていた。
だからこそ。
彼女は教官を爆破したのだ。
そういうことにしておこう!
*****
「どうでしょうか?」
桃色の髪の女性が話しかける。
「まさかサイトゥを倒してしまうなんて思わなかったわ。
さすがの審美眼ね、モメル。
賞賛しかないわ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
窓から外を見つめる女性。
その女性の背中に向けて、メイドのモメルは謝辞を述べた。
「それに久しぶりにサイトゥの短剣も見れましたしね」
「サイトゥ様の短剣は奥の手にして、彼の真の姿。
これを引き出させたのも評価に値する。
ノムだけでなく、エレナの魅力も。
きっと他の教授の方々にも届いたでしょう」
「そうね」
窓際の女性が振り向く。
床に届きそうな長さ、汚れのない純白の髪。
それが窓から差し込む光を反射してキラキラと輝く。
「サイトゥの短剣。
以前見たときと違っていた。
見た目だけではない。
性能が大きく向上している」
「本当にですか?」
「古き栄光にこだわらない。
常に新しいものを求める。
力も。
知識も。
そう、それは彼だけではない。
この学院、全ての学者に言えること。
そう。
だからこそ。
私達は強い」
「そうですね」
「そして彼女達2人は、私達研究員に新しい刺激を与えてくれるでしょう」
「では、彼女達は合格、ということでよろしいのですね」
「答えがわかっているのに確認するの?
そう。
では答え方を変えましょう。
あなたがどうしたいか。
それで判断してよいわ」
「ありがとうございます。
それでは早速ではありますが、彼女達に声を掛けてきます」
「よろしくね」
「はい。
では失礼いたします。
アルティリス様」