講義11:魔獣学 (1)
【** エレナ視点 **】
旅人の大樹。
その佇まいを、3日連続で拝むことになるとは。
マシュードラゴン討伐後、クレセンティアへ帰還すると、ギルコさんが寝ずに待っていた。
ほぼ強制的にギルド地下のバーに連れ込まれると、『飲め飲め』と促された。
これはリェルさんも例外ではなく、ジークンさんが持ってきてくれた麦酒をチビチビと飲み進めていた。
私も1杯だけビールを頂くと、『明日用事があるので』と何回も復唱し、腕を引っ張って引き止めようとするギルコさんを振り払った。
ノム、シンセ、レイナも、同時に帰宿。
『しょうがない、リェル、朝まで付き合いなさい』。
慰労会は、そんな言葉で締めくくられた。
朝9時。
私たちはクレセンティアの東門へ向かう。
そこで待っていたのは、黄緑のメイドさんだ。
以前の登山と同様に、教授様の縄張りまでの道案内をしてくれるのである。
目的地はクレセンティアの東方。
旅人の大樹を越え、その先にある森林地帯。
『酩酊の森』とは異なる、人を寄せつける森。
出現する魔物は比較的には弱い部類で、晴れの昼間ならば十分に明るい。
森林浴も楽しめる、という人もいる。
その森を貫くように存在する道は、王都ハーパーへと続いている。
『おはようございます、パグシャさん。
まず最初に相談があります。
部外者、1人連れていってもいいですか?』
*****
聞いていたとおり、森は明るく、涼しげで。
歩いているだけで、昨日蓄積したストレスが、少しづつ蒸発していくような感覚を味わえた。
いっぱい、空気、吸っとこう。
「同じ森でも、昨日の森とは天と地。
月とスッポン。
・・・。
誰だよ、月とスッポンを比較しようと考えた奴」
シルバーのロングシャフトをバーベルみたいに持ち上げて、深く深呼吸をする。
オレンジ色のツインテール。
「スッポンは有能ですよ。
食べると男性は元気になるそうです。
健康第一。
食事と運動、そして気負わない思考が、長生きの基本です。
今度、スッポン料理、ご馳走しましょうか。
料理は得意なんですよ」
「初対面の人間にあんまりにも優しくすると、相手は逆に怖がっちゃうぜ」
「うーん。
じゃあ、有償にします」
「あたしは、そっちのほうが気が楽だな」
「『コストパフォーマンスが高すぎる』って言わせるために、最善を尽くしますね」
シンセとパグシャさん。
彼女達は、両者、コミュ力が相当に高い。
そして、両者、博識だ。
2人で隊列の先頭に立ち、後ろの3人を導く。
昨日。
星空の下の帰り道。
本日の講義の話題になり。
そいつにシンセが食いついた。
部外者を講義に参加させてもらえるとは思わなかったが、一応聞いてみよう、という結論になり。
そして、パグシャさんは、さも当たり前のような顔で許可を出した。
ただし、『学院内にお連れすることはできませんが』という一言が添えられた。
*****
森林浴を存分に楽しんだあと、私たちは目的地に到着した。
湖とは呼べない程度の大きさの水辺。
それに隣接して、小さなロッジが建っている。
3段のステップを踏んだのちに、室内に入れる構造になっているが、そこから左方向に進んだ位置に、木製の机と椅子が配置された屋外レストスペースも確保されている。
椅子に座ってコーヒーでも飲めば、そのカップに葉がヒラリと落ちてきそうな。
黄緑色の葉を侍らせるロッジと同程度のサイズの樹木が木陰を作る。
パグシャさんはステップを踏み、ドアをノックする。
・・・
が、反応がない。
「いないみたいですね。
じゃあ、入りましょうか」
「あかんて!」
ほわほわ笑顔のパグシャさんは、さも当たり前のように不法侵入することを宣言した。
流れがあまりにも自然すぎて、ツッコミが遅れそうになるところだが、そこはさすがエレナのツッコミスキルが反射的に発動した。
「大丈夫ですよ。
仲良しなので」
そう言って、ドアノブを回して扉を開ける。
鍵、掛けてないのかよ。
不用心だろ。
もしくは、中に番犬とかいんの?
家の中に侵入するパグシャさんに続き、恐る恐る中を覗き見る。
吠えられることはなく。
そこにいたのは、檻に入れられた巨大なモグラのモンスター、『モゲラ』、複数体のみであった。
「パグシャさん。
私たちは中には入れないです。
そこのテラススペースで待機しておきます」
「そうですか。
ならコーヒーくらいは、いれましょう。
少々お待ちくださいね」
同居してんの?
というほどに、好き勝手する黄緑メイド。
テラスに移動する私の背後から、『別に入ってもいいんじゃない?』という声が2人分聞こえたが、無視した。
結果、テラスのウッドのテーブル席に、4人で腰掛けることとなった。
木漏れ日、温かい。
すぐにコーヒーも到着。
席には5人が着席し。
そして、いつもの光景。
角砂糖が1つのカップにどんどん投入される様。
それをまったり眺めながら。
私はテーブルにほっぺたをくっつけて、深く呼吸をした。
肺の換気。
そんな言葉が脳内に浮かぶ。
そして。
寝てた。
*****
「帰って来ましたね」
漏出魔力を検知したらしいパグシャさんが、最速で感づく。
その声で、私は覚醒する。
視覚的変化はまったくないが、森の奥から誰かが近づいてくることを魔力の移動から感じ取る。
そして現れたのは、女性。
加えて、鹿、そして犬が2匹。
犬は女性の周りをグルグルしていて、鹿は女性から頭を撫でられて嬉しそうにしている。
「お帰りなさいませ、ノレリア。
お待ちしてました」
「やっほー、パグシャ」
まず目に行くのが、装備している強大な長戦斧。
小さな体には不釣り合いなサイズの獲物を、軽々と担いでいる。
次に衣服。
上下つながった、黒のタイトな衣服。
首元はタートルネックで、下半身はスパッツ。
その上にフード付きの薄ピンクのパーカー。
黒い髪は4ヶ所、瞳の色と同じ黄緑色のリボンで結われている。
頭頂部には、髪と同色の猫耳。
・・・。
猫耳!?
猫耳!?
獣人だ!!
ライザ教官以来の獣人登場でテンションが上がるエレナ。
そのテンションが、まさか急降下することになるとは思わなかった。
「はじめまして。
研究生のエレナです。
出会い頭で不躾ですが、1点質問よろしいですか?」
「なんだい?」
「その耳。
偽モンですか?」
その問いに答えるため、教授は、付け耳カチューシャをパカっと外してみせてくれた。
「かわいいでしょ」
かわいい、っちゃ、かわいい、のだが。
なんか、少し残念。
獣人ではなく、コスプレイヤーさんでした。
「少しでも動物の気持ちに寄り添いたいのだよ」
*****
テラスのテーブル席に6人。
満席となった。
コーヒーが飲めない教授にはミルクが提供され。
自己紹介もおおよそ完了。
ここで話題は『ペット』へ向く。
「鹿さんとワンちゃんは、教授が飼いならされているのですか?」
「そうだよ。
大事な大事な私の家族。
家族にして、『狩猟仲間』さ」
「犬と狩猟の関係はわかりますけど、鹿と狩猟の関係は、なんか違和感です」
「それは、まあ、いろいろ、あるのだけれど。
パートナー、みたいな感じかな。
それ以上は、内緒かなぁ」
内緒とか言われると、気になる。
それが人のサガ。
「『従獣』、なの」
「くっ・・・。
そのとおりだよノム。
よく知っているね」
「従獣?」
「魔導従獣って呼んだりもするけど。
つまり、この狐さんに、教授の魔力を流し込んで戦わせるの」
「そんなことできんのか!?」
その発言はシンセ。
しかし驚いているのは私もレイナも同じ。
「奥の手だったのに、バレちゃったねぇ」
ニヘラという表情を浮かべる偽耳教授。
そんなに深刻には捉えていなそう。
ここで、パグシャさんが補足説明をくれる。
「この狐さんは、魔導従獣であり、かつ霊獣でもあるのよ。
霊獣とは、簡単に言うと、魔法を使用できて、かつ人間に敵意のない魔獣のこと、かしら。
何が言いたいかというと。
狐さんは、教授のサポートがなくても、彼女単体で強い、ということよ」
「なるほど」
「そして逆に、狐のサポートがなくても、ノレリア教授は彼女単体で強い、の」
「褒められたねぇ。
悪くないねぇ」
ノムが教授の戦闘能力を絶賛した。
実際にその戦いぶりを見たわけでもなくても、この人が只者ではないことは私にもわかる。
偽耳に気を取られてはいけない。
「狐さんじゃなくて、『仙狐』って呼んであげてね。
名前だよ。
エレナの中にいる狐さんとも仲良くなれるかなぁ」
「奥の手だったのに、バレちゃったねぇ」
とか、教授の言葉を真似してみたり。
「来て、紅怜!」
私は炎狐を『狐の形状』で召喚する。
ここで補足。
先日、『少女』まで成長した紅怜であるが。
私は、『幼狐』、『幼女』、『少女』、どの彼女も召喚できる。
『幼女紅怜』ファンの皆様には朗報。
以上、補足でした。
召喚された幼狐紅怜は、庭駆け回り、仙狐となにやらじゃれ合いだした。
仙狐が姉で、紅怜が妹みたいな関係性。
和むわー。
「ワンちゃんの名前はなんて言うんですか?」
「タローとジローだよ」
「仙狐さんの名前の仰々しさからすると、なんか拍子抜けです」
「でも、有能だよ。
魔法は使えないけど、やっぱ嗅覚だね。
すごい」
「動物と、信頼関係を構築されているんですね」
その言葉はレイナ。
いい話だなぁ、とか思ったり。
あ、そういえば。
「家の中のいたモゲラとも、信頼関係を構築されてるんですか?」
「うんにゃ。
あれは食用だよ」
「食うのかよ!!!!」
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