課外10:結成☆アルテミス (6)
地中に集められた水分は、水たまりを形成し。
さらにそれが多数集まって、沼が形成される。
足が地面にめり込み、大量の泥が靴にへばりつく。
しかし、あゆみを進めても、マシュードラゴンの姿は確認できず。
当初予定していた帰還開始時刻は過ぎ去り、計画が再構築される。
今晩もカイズンに宿泊し、日が昇る前に起床してクレセンティアに戻る。
私はこの提案を否定しなかった。
それは。
彼女達が。
私の予想を大きく超えて・・・
「狼も蛇もワニも飽きたので、早くドラゴンが見たいの。
ドラゴンみたいのー」
「ノムレーダー。
何も感知しない?」
エレナがノムの頭頂部のアホ毛を軽く引っ張りながら質問する。
「テリトリーには入っているの。
今、私たちは、沼に囲まれている。
この沼の、どこからでもドラゴンは強襲できる。
沼の中に逃げられたら追撃できない。
エレナの電撃なら効くかもだけど。
沈没されると、素材を回収できなくなる。
地上に出てきたところでトドメをさす、の」
「空間中の瘴気が、ドラゴンの魔力を隠す役割も果たしてる。
アイツは魔法も使うよ。
エーテル属性。
遠距離でも油断すんなよ」
「でも一番危険なのは、体当たり。
単純明快だけど、強烈。
突撃は、必ず回避。
骨折したくなければね」
ノム、シンセ、レイナの順に考察を述べる。
順当に行けば、リーダーエレナが考察を語るべき。
全員の視線がエレナに集まる。
「ビリビリ。
違和感、第六感。
右。
右。
右!
来る!
来た!」
エレナは魔力の収束を開始。
鞘に収まったままの剣に魔力を集める。
魔力越しに、興奮が伝わる。
しかし、私はまだ敵を感知できていない。
多少困惑している、という事実が悔しい。
そしてエレナは指示を出す。
「私が囮になる!
みんな前方、後方に引いて。
沼から引き出す」
ノム、シンセは前方向。
レイナと私は後方へ。
そして。
沼に波紋が広がる。
その瞬間。
巨大な塊が沼から飛び出し、一直線にエレナを目指す。
牙、牙。
顎。
大きく開いた、巨大な口。
泥にまみれた胴体。
尻尾だけで、成人男性程度のサイズ。
トカゲ!?
否。
否!
デカすぎる!
そして。
速い!
体のサイズと、移動速度が対応しない矛盾。
その口で。
その顎で。
その牙で。
エレナを捕食した、そのエネミーは。
そのまま逆方向の沼にダイブ。
泥水の飛沫が上がり、視覚情報の取得を阻害する。
予想を超えて。
予測を超えて。
敵の気配の感知が難しい。
分析。
沼、泥水に仕掛けあり。
この泥水に魔力が流れており、この魔力が相手の気配を遮断する効果を発揮している。
そして。
エレナの殺気検知能力は、この罠の上を行った。
「取り敢えず、一発当てましたが。
硬いねぇ」
私に向けて青の剣を突きつけるエレナ。
五体無事。
剣に残留した雷のエネルギーは、青く光り。
そして再度魔力の収束が開始されるのを検知する。
「傍観者なら、傍観者の仕事を。
傍観者なら、傍観者の仕事を」
私は自らを奮い立たせる。
可能な限り、克明に、鮮明に。
『見る』。
それが、私の仕事。
私はレイナから離れ、さらに後方に下がる。
この位置からなら、全てを視野に含める。
「ハラタツ。
ハラタツ、の。
魔力感知、オーラサーチで遅れをとるのは。
某、陰湿淫乱女を想起させるが故」
ノムのターン。
杖を地面に突き立て、精神統一を開始。
「左、左、後方、後方。
旋回、旋回。
上昇、上昇。
狙いは。
次の狙いは、リェルなの!!」
突然名前を呼ばれると、少し困惑する。
嗚呼、私もまだまだ。
精神修行が足りない、か。
私は風の魔力を収束する。
腰に携えた、持ち武器のナイフに向けて。
オーラサーチは不要。
私は。
音を信じる。
「リェル!」
沼の泥水が揺らぐ、その音を拾う。
ノムの叫びは、タイミングの核心となる。
私は風の魔力を補助にして、大きく後方へステップする。
目の前を、泥の塊が通過する。
先程のエレナの対応にて、敵の体長は確認済みであり、ここから回避ステップに必要な動作距離を計算できた。
「燃えろ」
予想通りに事が運び安堵した私の聴覚が、謎のフレーズを拾う。
ついで、耳が痺れる。
爆発音。
目の前で黒煙が上がり。
その隙間から緋色の髪が揺れる様を確認する。
「逃げ場なし、だな!」
その発言は、シンセ。
「ナイス回避、リェル」
その発言は、エレナ。
「これで2発」
その発言は、ノム。
情報過多。
脳内が溢れそうになるのを、必死に耐える。
戦うか、戦わないか。
中途半端なのが、一番危険。
「殺るか」
私は小さく呟き、自分なりのスイッチを入れる。
「いい表情になったじゃない」
その発言は、レイナ。
「あなたの加虐性が伝染したのかもしれませんね」
その発言は私。
「ノムセンサー、頼りにしている」
その発言はシンセ。
「右。
少し遠くに行ったの。
あと、右左だとややこしいから、これからは仮に進行方向を北として発言するの。
正確な方角がわからないから我慢して」
「オッケー」
エレナとはだいぶん間隔が空いてしまった。
故にエレナは声量をあげて、私に伝達する。
「リェルさん。
こんなときになんですが。
私たちがギルドランクを進めるのに、最善の手段。
それは、私たちの実力を、リェルさんに見せつけることだと思います。
なので。
しっかり、色を付けて報告してください」
「その要望、しかと聞き届けました。
あと、そういう話は先にしておいてください」
「以後、気をつけます。
ごめーんね」
両手を合わせて謝罪するエレナ。
チロリと舌を出したようにも見えた。
「浮上、浮上。
距離変わらず。
魔力収束を感知。
魔法、警戒」
最大級に警戒する沼の表面に波紋。
敵の頭部、目を確認。
視覚で、私達の位置を確認している。
敵の上空にエーテルの魔力球が出現。
数、10超え、20前後。
多地同時収束。
その全ての魔力球が闇の刃に形を変え襲ってくる。
紫の斬撃。
それが展開した魔導防壁と衝突。
矛と盾の戦いは、盾の勝利。
多数のコアを用いた広範囲攻撃だが、広範囲に拡散した分、魔導球1発1発のエネルギーは低い。
「ノムレーダー、優秀すぎますね」
自然とそんな感想が漏れた。
当然のように全員が無事。
しかし、敵が沼から出てこない以上、こちらから沼に入ることもできない訳であって。
そんな思考は、エレナにも生まれていたようで。
「はーい、お風呂から出ましょうねー」
エレナは魔力の収束を開始。
雷属性。
敵の頭上への6点収束、スフィア収束。
ハイ・サンダー。
<<バヂヂヂヂヂヂヂヂ!!>>
電撃が水面を伝う。
堪らず、敵は水中へ。
その潜伏を、ノムレーダーとエレナサンダーのコンビネーションが追跡する。
「沼が浅かったのが敗因だねぇ」
「北東。
エレナからちょうど北東。
距離20メートル付近」
次撃が落とされる。
それに合わせて、敵も移動しているようで。
「北。
逃げるの」
さらに一発。
雷が先回り。
北を通行不能にし、Uターンを強制する。
「バック、南下、南下。
エレナの真東、15メートル付近。
私の合図のタイミングで、ドデカイのをお願い」
「りょ!」
少しの静寂のあと、ノムが叫ぶ。
そして、本日最大の落雷。
「エレナ狙いに切り替わった!」
敵は、逃げを諦め、攻めに転じる。
ノムレーダーの情報を受け、エレナは再度、魔力収束を開始。
右手で扱う青の剣。
雷属性の魔力が漏出。
その足は、ぬかるんだ地面をしっかりと捉えている。
本戦闘の最初のシーンのリプレイ。
泥を撒き散らしながら飛びかかる敵。
しかし、初撃ほどの勢いはなく。
真っ向勝負を試みた、そのエレナの雷槍により。
完全に推進力を失った。
巨体が打ち上げられ、大地が揺れる。
ここでやっと、鋭い爪や表皮の革鱗の色、質感などを、しっかりと確認できる。
汚泥色の革鱗の奥に見える肉は、毒々しい紫色をしている。
当然、爪は危険視すべきだが、私はそれよりも腕、足の筋肉の太さに着目したい。
翼も持たないのに、コイツをドラゴンと名付けた人間の気持ちが、少し理解できた気がした。
「ドラゴンゾンビって感じだな」
シンセの光槍が、革鱗を貫通し、胴の肉に突き刺さる。
ドラゴンが咆哮をあげ、空気が激しく振動する。
ロングシャフトの先から放出され形成される『光の槍』。
『レイシャフト』と呼ばれる、光のエネルギーを増幅制御可能な魔導武具であると聞いている。
槍がドラゴンから引き抜かれると、レイシャフトは、『槍』から『斧』へ変化する。
なんなんだ、この武器!?
「もう一撃!」
斧がドラゴンの首元へ打ち落とされる。
太い首を切断することは叶わないが、有効打なのは間違いない。
「シンセ、尻尾が生きてる!」
雷撃のあと、数歩後退したエレナが叫ぶ。
しかし、間に合わず。
シンセの小さな体に、巨大な竜の尾の一撃が振るわれ。
鈍い音。
衝撃で小柄な体は弾き飛ばされ、そのまま沼へ落下する。
ギリギリで、シンセが魔導防壁を展開したことを確認。
今の一撃は致命傷にはなっていないと予測。
しかし、このままドラゴンが沼に逃げると、本当にシンセの命が危ない。
沼に手足を取らせた状態では。
そんなことは、全員わかっている。
「大丈夫。
既にチェックメイトよ」
気づくとレイナが、ドラゴンの上に立っていた。
そしてシンセが付けた首の傷に手を添える。
その箇所から炎が上がる。
しかし、ドラゴンは身動きを取れないでいる。
「封印魔法でコイツの魔力を打ち消してるの。
防壁も弱体させてる。
それと、レイナの魔力には、衰弱した相手モンスターの動きを封じる効果があるらしい。
凄腕調教師なの。
あとは燃えるの待ち」
ノムが私に向けて発言する。
シンセも沼から顔を出して苦笑いを見せた。
大丈夫そうだ。
ドラゴンの観察を再開すると、いつのまにか尾が切断されていることに気づく。
ドス黒い血が飛び散り、エレナの体を汚した。
「トドメ、譲るわ」
高いところからレイナが私に声をかける。
戦闘体勢に移行済みの私は、その提案を素直に受け入れる。
・・・
私は深くため息をつき。
そして魔力の収束を開始。
腰背面に装着した、漆黒のナイフを引き抜き。
強く握り。
・・・
風。
風。
私の振るう風は。
切断のために。
「エリアル・サイズ!」
ナイフを振り下ろすと同時に、風の刃が生み出され、ドラゴンの胴、ど真ん中を通過する。
黒い血と、肉のコッパも同時に吹き飛ばし。
残念ながら、私の今の魔力のパラメーターでは『両断』は叶わず。
しかし、これで終わりだと。
そう確信するには十分であって。
私は、ナイフを鞘に収める。
沈静へ向かいながら、四人の戦乙女達の顔を、一人づつ目に入れる。
彼女達4人が敵を引き止めてくれたからこそ、十分な魔力収束の時間が確保できたわけで。
私1人だったらと考えると。
・・・。
ふと、ギルコの顔が脳内に浮んで、私は、そこで考えるのをやめた。
さあ、本来の、仕事に戻ろう。
*****
ノムは、シンセに治癒術をかけ。
シンセは、可能な限り泥を払い。
レイナがドラゴンを調理し。
エレナは素材の持ち運びの準備を整え。
道中に休憩した地点で、帰路も再度休憩を取り。
特に焦った様子を見せることなく。
カイズンの村へ戻るのと、日が暮れるのは、おおよそ同じ時間になった。
「今回のクエスト達成の報告は、カイズンのギルドでも大丈夫です。
特例ですが、話を付けておきます。
なのでここでクエスト終了です。
私は宿泊せずに、このままクレセンティアに戻ります。
皆さまは御宿泊とのことですので、ここでお別れとさせてください。
お疲れ様でした。
今夜はごゆっくり」
立ち去ろうとした私の腕を、エレナががっちりと掴んだ。
これ以上、土産話は要らない。
ほんとうに疲れたから。
早くジークンに会いたい。
「私たちも今から戻ります。
クレセンティアに」
「でも、お疲れでしょう。
休憩された方がよいのでは。
それに夜道では、何があるかわかりませんよ」
「星を眺めながら帰りましょう。
一緒に、ね」
見上げると、午前中にあった雲は去り、幾多もの星が輝く。
クレセンティアは月が美しく見えると言われるが、ならば当然星も美しく見える。
慌ただしい日々は、焦点を必要なものにしか合わせさせなくする。
ふと、星空にギルコの顔が浮かんだが、脳内で爆破して焼却した。
「まだ、お話したいこともありますので」
エレナは、柔らかく微笑む。
桃色の唇、その両端が、ゆるやかな曲線を描く。
いつのまにか、トレードマークのポニーテールがほどかれていて、緑色の髪が肩に触れている。
吹き抜ける風がその髪を揺らす。
私の腕を掴む力が、わずかに強くなり、その事実に応じて、わずかに心臓の鼓動が変わる。
青色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
ちゃんと、あるではないか。
女性的な、魅力が。
「髪を解くと淑女になる魔法でもかけられているのか。
はたまた、髪を結うと奇人になる呪いでもかけられているのか」
徒然なる思考の垂れ流しは、誰にも受けとめられず。
天空に霧散していった。
仕事は、既に終わり。
今はプライベート。
そう割り切って。
私は、エレナに問いかける。
「エレナって、どんな男性が好きなんですか?」




