課外10:結成☆アルテミス (5)
滞在するカイズンは農村。
しかし、こんな平凡な農村にも、クレセンティアの叡智が流れ込んできている。
広大な土地を最大限活用。
収穫し、かつ自らの胃に入らない作物は、村の中央の市場で販売されている。
この作物の多くは、クレセンティアの民の胃袋へおさまることになる。
そして、その間を結ぶのが商人。
小さな村でありながら、活気に溢れている。
この村はクレセンティア領ではない。
クレセンティア領とは、城壁で囲まれた内部、および、その周辺の開墾地を指す。
このカイズンは、隣国『ハーパー』に所属し、納税を義務付けられている。
同時にクレセンティアとは姉妹都市協定を締結し、交友を深める。
そして、クレセンティアとハーパーは、あまり友好的関係とは言えない。
そんな面倒な事情を、この小さな村は孕んでいる。
カイズンに到着した私たちは、まず村のギルドに向かう。
小さな村ではあるが、この周辺までくると、酩酊の森から流れてくるはぐれモンスターが増え、結果、討伐依頼の整備が求められた。
そんな事情があるそうだ。
受付嬢の人妻ミソラさんとエレナが情報交換を始める。
もちろん、この人妻ミソラさんは私と顔なじみであり、私の事情は、会話を交わさずともおおよそ理解してくれるであろう。
ついで宿を確保。
2人部屋を2部屋、1人部屋を1部屋おさえる。
そしてエレナが仕切り出す。
「じゃあ、レイナとリェルさん同部屋。
シンセとノム同部屋。
私、残り物。
よろしいか?」
「ダメです」
私は即、この振り分けを否定する。
確かに、同部屋の方が相手の情報は収集できるが、今は明日のために、より質の良い睡眠を取りたいと思ったからだ。
信頼度不足。
まだ、相互に。
また、今夜の彼女達の『寝込み具合』は、人妻ミソラさんに確認してもらうことも可能。
まあ、『1日徹夜する程度』。
そんな言葉もあるが。
「だって、今日、リェルさん。
付き合うならレイナがいいって言ったから。
レイナ程の美女と一緒に寝れるチャンス、もう二度とないかもですよ」
「私は構わないわ。
一緒に寝ましょう、リェル」
そう言って微笑むレイナは、美しく、薄気味悪い。
どうやって断ろうか。
人妻ミソラさんの家に泊めてもらう。
その方向で言い訳の検討を始める。
「あんたは、私たちのパーティに貸してもらったのだから。
私たちのパーティの『ノリ』に付き合ってもらうぜ。
それとも、あたしと寝るかい?」
シンセが私の背後から声をかける。
どうも、このチビッコは苦手だ。
*****
浅く寝た。
それでも疲れは十分にとれる。
朝日が窓から差し込み、覚醒を促す。
あの後、一行と私は、酒場へ向かった。
乾杯を済ませると、会議が始まる。
リーダーエレナは議長と書記を兼任し、最も冒険者としての実績があるというシンセが、懸案事項を列挙していった。
私も発言を求められ、軽く口を挟む。
この会議の内容も、ギルコへの報告内容に含まれる。
私は、全ての議題を、しっかりと脳に焼き付けていった。
『筆記は合格』。
そんな適当な思考が産まれる。
衣擦れの音が耳に届くと同時に、レイナがゆっくりと上体を起こす。
両手を絡めて天に突き出すと、小さく『ん』と声を漏らした。
そして瞳と瞳が交錯する。
「襲わないでくれてありがとう。
クエストの前に、無駄な魔力を消費せずに済んだわ」
「こちらこそ」
*****
青空が途切れる。
雲間から差し込む太陽光と、草原から吹いてくる風を、木々が遮る。
倒木には隙間なく苔が生え。
水分を多く含んだ土を踏むと、じゅるりと鳴き。
空気はじっとりとしていて、汗がにじみ。
奥へ進むほどに薄暗く。
陰湿に。
自然と体が重くなる。
「瘴気」
誰かがボソッと呟いた。
その人物を誰も見つめず、前方のみを見据えながら。
会話が始まる。
「微弱だけど、エーテルのエネルギーが表層化している。
おそらく奥へ進むほどに、これは濃くなる。
ただこの場所にいるだけでダメージを受ける状態。
毒霧」
「ヌメル基地が、まさか予行練習になるなんて思わなかったよ」
「ヌメル基地って、何さ。
ヌメってんの?」
「その通りよ」
「そりゃぁ、嫌な基地だね」
今回のクエストのランクはA+。
高難度クエストと言っても、お咎めはないだろう。
この地でのクエストは、散命率が高く、呪われた地、そんな扱いを受けている。
理由は、彼女達が言う通り、環境の劣悪さにある。
エーテルエネルギーへの対応のため、常に封魔防壁をレインフォースする必要がある。
つまり、MP切れが、HP切れと同じ意味を持ってしまう。
この考慮を忘れると、目的地まで到達しても、帰路で事切れる。
そして、深追いすれば深追いするほど、沼は深くなる。
『酩酊の森』の『酩酊』とは、『エーテルのエネルギーに当てられて体調を崩した』という意味が込められている。
また、一部の人間は、この森を『死の森』と呼んでいる。
対して、『のんのん』しているエレナ一行。
おしゃべりが、止まらない。
かしましい。
「リェル、話しておきたいことがあるわ」
エレナ、シンセ、ノム、レイナ、そして私。
この順に隊列を組んでの行進の中、レイナが前を向いたまま語り始める。
「昨日、酒場である程度聞いていると思うけど、改めて。
このクエストを選んだ理由はね、『鞭』にあるのよ。
鞭の作成に必要な、革素材を入手したかった」
「はあ・・・。
知り合いに調教師でもいるんですか?」
「私が振るうのよ」
「お似合いです」
「マシュードラゴンなんて、トカゲみたいなものだから。
理想の武器素材とは言えないけれど。
早々に革を剥ぎ取って。
まずは1本、鞭の作成を依頼し、その結果を『本番』にフィードバックしたいの。
今回のクエストは『採取』だけど、納品分にプラスして、私が必要な分の素材も回収する」
「『トカゲ』って。
その言い方は、さすがのモンスターも怒りますよ」
「私、煽りのプロだから」
「さすがです」
「さらにプラスして、貢ぎ物として納める分も回収するわ。
レフィリア教授。
彼女が『何フェチ』か、まだわからないから」
「鞭で叩いたら、喜ぶかもしれませんよ」
「やってみるわ」
会話、噛み合ってるのかな。
「エレナさん。
レイナさんって、いつもこんな調子なのですか」
「私も、まだ、そこまでたくさんレイナと喋ってないから、わかんないなぁ」
「はあ」
なんか、酩酊してきた。
*****
「休憩!」
先頭のエレナが振り向き、手を上げる。
椅子になりそうな倒木は、湿気を多く含んだ苔が生えており、座ることがためらわれる。
濡れる。
するとエレナはその倒木をファイアーの魔法で焼いて除湿を行い、フリーズの魔法で余熱を取る。
持参していた布を広げ配置すると、あぐらをかいて座り、水分補給を始めた。
ノムはエレナの横にぴったりくっついて座り、シンセはストレッチを始める。
レイナは布で汗をぬぐった後、この先進む方向をじっと見つめている。
そして、わずかに。
ほんのわずかに笑った。
怖い。
「リェルさんが戦っているところ、みたいなぁ」
エレナが私を見つめている。
「拒否します」
「ギルコさんは、あんたを戦闘要員としてカウントしてもオーケー、って言ってたけど。
『リェル、戦闘放棄しました』、って、報告しちゃうぜ」
アキレス腱を伸ばしながらシンセが割り込んでくる。
勝手に約束とかしないで欲しいよ。
私は脳内でジークンに愚痴を言った。
「あはははは(棒)。
ははははー(棒)。
・・・。
さて、休憩はここまでにして、進みましょう」
私は進行方向を指差す。
その指の先には、私を見つめるレイナ。
「目的地の沼に到着したら、リェルだけ置き去りにして、戦闘せざるを得ない状況を作り出しましょう。
大丈夫。
半分死んだら助けに入るから」
レイナは笑った。
もう。
ほんと、この人怖い。
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