課外10:結成☆アルテミス (4)
【** リェル視点 **】
マスターギルコは、私に3つの誓いを立てさせた。
1、美しくあれ。
2、健やかであれ。
3、冗談を言え。
最初は、意味がわからなかった。
頭、おかしいのかなぁ、と思った。
しがないギルドの事務員であった私を、オーラセーブが得意だからという理由のみで、無理やり部署異動し。
一から、戦闘のイロハ。
そして、ニホヘト、チリヌルヲまでを叩き込む、と宣い。
ギルド地下2階の、まるで拷問部屋のような地下空間で扱き上げられ。
好みだからという理由だけでメイド衣装を着せられ。
さらに、『もっともっと可愛くなれ』という追加注文を受け、衣装をみずから縫い変え作り変え、その度にファッションチェックを受けさせられる。
そんな狂ったボスの命令を。
まあ、こんな人生もあるか、と。
そんな短い感想のみで鵜呑みにしてしまう。
そんな私も、おそらくちょっと狂っている。
『危険職手当』が付くことは、嬉しくもあり、悩みの種でもあり。
同じくギルコ直属の部下であるジークンに、何度も愚痴を聞いてもらい。
そのうちに、イロイロと盛り上がり、交際開始。
雑用、秘書業、クエストの事前調査、ギルド規則の違反取り締まり、ランク鑑定業務補佐、密偵業務。
ギルコが命じるならば、何なりと。
全ての命令を、忠実に、堅実にこなし。
少々自信がついてきたかと思うタイミングで、『いずれはクレセンティア魔術学院への潜入調査を命じるからね』、と脅され。
自分の実力不足が嫌になり。
拷問部屋での扱きも、さらに苛烈になり。
『公私ともに充実した日々を送っていたのだった』。
そんな楽観的なフレーズを脅かす、新しい命令。
エレナ一行のクエストを秘密裏に監視し、発生したイベント、そして彼女達の戦闘能力を、可能な限り詳細に情報収集し、そしてそれを正確に報告する。
その命令が、エレナ自身によって捻じ曲げられる。
エレナは、私に、クエストへの同行を求めたのだ。
そしてギルコは、その要求をノータイムで承認した。
可能ならば、あと数秒でいいから躊躇して欲しかった。
『どうせ尾行するなら、堂々と観察してくれていい』。
そのフレーズが頭に浮かび、ついでに不安感を連れてくる。
面倒な事になった、のかもしれない。
そんな思考と感覚を、私は。
『ジークンに話す土産話ができるといいな』。
そんな期待感でかき消すのだった。
*****
エレナ一行が選んだ依頼は、採取依頼だった。
採取依頼は以下の3つのケースに分かれる。
1、敵と遭遇しない前提で採取を行う。
2、敵と遭遇する前提で採取を行う。
3、敵を倒して、その敵から素材を回収する。
今回はケース3。
クレセンティア北東にある『酩酊の森』にて、『マシュードラゴン』を討伐し、マシュードラゴンの革を入手する。
酩酊の森付近の農村『カイズン』の宿で夜を明かし、早朝から森へ。
夕方前までには依頼を達成し、その日にクレセンティアまで引き返す。
1泊2日の旅程は、ギルコのアドバイスを反映してスケジューリングしたものだ。
エレナ達の学院の講義の都合もあり、これ以上の日程延長はできない。
狩りの成否に関わらず。
カイズンまでの道のりは、おおよそピクニックと変わらない。
魔物や盗賊の類との遭遇確率は非常に低く、道も平坦。
本番は明日。
『酩酊の森』は、冒険者にとって、非常に『不人気』な場所であり、また『マシュードラゴン』もデッドリカテゴリ。
冒険者としての技能、魔術師としての実力。
その両方を確認する機会は、十分にあるだろう。
そんなことを考えながら、茶色の一本道をひたすらに進むと、巨大な1本の木が見えてきた。
旅人の大樹である。
「休憩します。
リーダー命令です」
先頭を歩くリーダーエレナが指示を出す。
誰一人、疲れているようには見えないが。
誰一人、その指示を否定する人間はいなかった。
「イカソーメン食べるひとー」
「あたしゃいらないよ」
「イカ嫌い」
「イカ、くさい」
「不評だねぇ」
リーダーエレナは、細長いイカの乾物を味わい出した。
その光景に異様さを感じた私は、ついついガン見してしまう。
その熱視線に気づいたエレナは、イカソーメンの束をこちらに向けて突き出してきた。
くれんの?
「1本、いただきます」
「おお!
いける口?」
「いいえ。
アゴが鍛えらるので、いいかなと」
「リェルさん、おもしろいね」
「そのセリフ、あなたに言われたくないです」
私は1本のイカ乾物を引っこ抜くと、そのまま口に運んだ。
・・・。
意外と、美味しい。
大樹の幹に背中を預け、タバコのようにイカを咥えながら、私は空を見つめる。
青空。
雲が流れ。
その青空に、ギルコの顔が浮び、『仕事しろ』と言われたような気がした。
「リェルさんは、普段はどんな仕事をされているんですか?」
エレナが探りを入れてくる。
「内緒です」
「ギルコさんとは長い付き合いなんですか?」
「内緒です」
「なんでもいいので、リェルさんのこと教えてください」
「内緒です」
「私たち4人の中で、誰が一番かわいいと思います?」
「レイナさん」
「私たち4人の中で、誰が一番しっかりものだと思います?」
「シンセさん」
「私たち4人の中で、誰が一番強いと思います?」
「ノムさん」
「もしリェルさんが男だったら、4人の中の誰と付き合います?」
「レイナさん」
「私って、どんな人間だと思います」
「変な人」
「イカソーメン、もう1本食べます」
「貰います」
こんな調子で、5分ほどエレナの質問に答え続けた。
気がつくと、その様子を残りの3人が眺めていた。
ツインテールのシンセ。
私にウーロンチャを無理やり飲ませた彼女は、今日一番の笑顔を見せる。
「リェルさん、いいキャラだね」
「ギルコ様に鍛えられていますので。
お前は感情の起伏が皆無だから、笑わなくとも、せめて冗談くらい言えと」
「苦労人なの」
「私だったら、焼いてる」
「お仕事なので」
そう言って、私は笑みを見せる。
自虐と悲哀と諦観と。
そして、ほんの少しの優しさを込めて。
*****