課外10:結成☆アルテミス (2)
女性の髪の毛にはいろんな結び方があると思うが、サイドの髪をお腹の前で結ぶこのヘアスタイルは、他では見たことがない。
その彼女の営業スマイルは、もはや目をつぶりたくなるほどに眩しい。
営業利益を最大に。
漏出する商魂。
そんな勝手なイメージを脳内に焼き付ける前に。
さあ。
交渉を始めよう。
「興奮してしまいますわ。
A-、A+、S。
そこにさらに、ランクA+が加わるだなんて。
はあ、はあ・・・。
いけない、ヨダレが」
ギルド受付のロング茶髪のお姉さん。
清楚な白のフリル付き半袖ブラウス。
露出された腕の美肌。
ショートパンツ。
露出された脚の美肌。
生足。
ブラウンのコルセットで引き締められら腰。
パッツン前髪。
ぱっちり垂れ目。
緩んだ口元。
ヨダレ。
口元を拳でゴシゴシすると、平静を取り戻すための時間を確保する。
「VIP。
私たちギルドが、あなたたち4人に、『おもてなし』をすることをお許しください」
「そんなのいらないぜ。
欲しいのは情報と仕事だけだよ」
交渉慣れしているシンセが前へ出る。
男前。
エレナとシンセがカウンター越しに受付嬢さんと向き合い、レイナとノムが後衛を預かる。
パーティーを結成した私たちはまず、ギルドの掲示板に向かった。
目的は2つ。
1、生活費を稼ぐ事。
2、武器素材を収集すること。
その2条件を満たすだけならば、いくつか適した依頼があることを確認した。
しかし、私たちが、真に求める、ライザ教授を納得させられる武器素材。
それらを入手可能な依頼。
そこまで絞り込むと、ヒット件数がゼロになる。
なので、裏サービスを利用するのである。
「私たちのおもてなしを受けなければ、あなた方が望む情報は手に入らない。
交渉権は、既に私の手の中に。
さあさあ、お入りください。
必ずや。
嗚呼、必ずや。
驚きに満ちた世界をご覧に入れますわ」
*****
ギルド内部へ潜入。
机。
書類が綺麗に重ねられていて。
コーヒーを飲みながら、その書類に一枚づつ目を通していく黒髪の女性。
その女性が私たちに気付き、軽く会釈をしてくれる。
受付嬢さんのサンシャインな笑顔とは異なる、優しい柔らかな笑み。
その仕草に気づいた他のギルド員さん達も、同様に挨拶をしてくれる。
その職場を、私たちはまっすぐ突っ切る。
その先に待っていたのは、地下への階段。
受付嬢さんに案内されて、下階へ。
階段の壁に施された装飾の美しさは、ヌメル基地との対比を語るのにはもってこいであった。
そして、現れた、巨大な地下空間。
そこは、『バー』だった。
とあるテーブルの前へ。
脚はメタル、天板はウッド。
重厚感ある低い背の黒テーブル。
そのサイドには、ダークブラウンレザーのヴィンテージソファー。
同じ色のチェアはお誕生日席に。
そのお誕生日席に、受付嬢さんは丁寧に腰かけた。
「どうぞ、おクツロギ下さいませ」
私達がソファーに体をめり込ませると、白髪短髪の女性が、見計らったようなタイミングでやってくる。
白色の髪に、黒のヘッドセットが映える、黒のメイド風衣装。
「ドリンクメニューです」
そういって白髪メイドさんは、メニュー表をテーブル中央に配置した。
値段の記載なし。
時価かしら?
「タダ飯をご馳走になるのは、もっと仲良くなってからが良いです」
「リェル。
アイスコーヒー5つ。
シロップ4つ」
私の遠慮。
それを完全に無視する受付嬢さん。
そしてモノトーンのメイドさんは、無言のままメニュー表を回収する。
「かしこまりました」
僅かな角度で頭を下げ、メイドさんは部屋の奥に消えていった。
薄暗くて視認性が悪く、様子がわからない。
ヌメル基地ほどではないが。
「さっきのウェイトレスさん、『リェルさん』って名前なのですか?」
受付嬢さんのペースを崩そうと、私は話題を変える。
「はい、その通りですわ。
親しくしてあげてください。
おしとやか過ぎて愛想がないですが。
とっても従順なのですよ。
とってもね」
そして、彼女は、最後に一言を添える。
「ライトグリーン、ピンク、アクアカラーのメイドシスターズには及びませんけれど」
どこまで、しゃべってよくて。
どこまで、知られていて。
どこまで、繋がっていて。
いろいろ考えると、次のワードチョイスに困る。
なやましき。
「リーダー、いいとこ、見せろ、なの」
私の隣に座る青髪が、サムズアップ。
仲間がいるって心強い。
人生で一番強く、その言葉を噛み締めている。
「まずは、受付嬢さん。
あなたのお名前を教えて下さい」
「ギルコです」
「偽名ですか?」
「ギルコです」
ギルドのギルコさん。
覚えやすくていいなぁ。
「では、ギルコさん。
私達の要望を伝えます。
素材が欲しいです。
武器素材です。
今、掲示板に掲載されている依頼では手に入らない。
もっと質の高い素材が必要です。
なので、その素材を入手する方法が知りたい。
または、そのようなクエストを斡旋していただきたい」
「なるほど」
ここでリェルさんが、5杯のアイスコーヒーを持ってきてくれた。
それに続いて、銀のミニカップに入ったシロップが各々の前に丁寧に配置される。
するとノムは、そのシロップをせっせとかき集め、自分のブラックコーヒーの中に次々に注ぎ込んでいった。
そして、ひとあおり。
「ミルク、欲しいの」
「かしこまりました」
リェルさんは再度退席。
私は、二口目に突入したノムの横顔を見つめる。
ちょっぴり緊張している、私。
なんか、馬鹿みたいだ。
愛しい横顔を、微笑みを持って見つめると、心が洗われる。
さて、話を戻そう。
「冒険者ランクを、上げたいのです。
私とレイナはS。
シンセはA+。
今よりもっと、高ランクの依頼を受けられるように」
ここで補足。
実際はランクSのノムがいれば、ランクSの依頼は受注可能。
しかし、その場合、残る3人は、いわば、お荷物だ。
資格を得ることで、自分自身への信頼を確固たるものにしたい。
そのような意味合いもある。
私は、ギルコさんを見つめる。
さあ、次の一手は何?
「あなた達4人が、クレセンティアに永住すると約束していただければ、お三方のランクを1つづつ進めてもよいのですけど」
「あはは。
それは、約束できないですね」
「素敵なプロポーズだと思いましたのに」
「シンセ、割り込みます。
冒険者ランクに干渉できるのは、『ランク鑑定士』の資格を持つギルド員のみなはずだ。
あんた、ギルコさん。
ランク鑑定士じゃあ、ないだろ」
『ないだろ』のタイミングに合わせて、ギルコさんが、一枚のカードを机に配置した。
「S級鑑定士ですが、何か?」
「ギルコ、って、本名、かよ」
シンセが額を押さえ、苦笑いを浮かべる。
遅れて、私もカードを確認する。
『ランク鑑定士』、『S』、『ギルコ・トースト』の文字が刻まれていて。
嗚呼。
本物だ。
ここから少し、お時間を下さい。
『ランク鑑定士』とは何か。
それをお話します。
ギルドに所属すると、冒険者ランクが設定されます。
そのランクと同じか、それより下位のランクの依頼しか受注することはできません。
依頼を達成し続けると、ランクが上がります。
このランクアップには、ランク鑑定士の承認が必要になるのです。
ランク鑑定士は他人の命に関わる仕事です。
実力のない人間に、高難度の仕事を与えないようにし、無駄な散命を防いでいます。
この鑑定士になれる人間は、極僅か。
戦闘能力の高さと、知識の広さを、さらに上位の鑑定士からチェックされ。
すべての条件を満たした者のみが、鑑定士としてのランクを進めることができる。
そして、S級ランク鑑定士とは、鑑定士のほぼ頂点であり。
つまり、このギルコさんは・・・
「鑑定士証明カード偽造の罪の重さを考えると、ギルコが、ほんとにギルコであることを疑えなくなるの。
ほんとにこの人、すごい人なの。
なめた態度取らなくて正解だったの」
さっきのミルク追加注文は、なめた態度に含まれないらしい。
しかし。
ノムがこれだけ『へりくだった』ことを考えると、こちら優位のアプローチを取ることが憚られる。
ストーリーの再構築を検討する、その前にレイナが口を出した。
「ランクS鑑定士は確かに稀有な存在。
けれど、唯一無二ではないわ。
彼女から承認を貰えなければ、また別の街の鑑定士に承認して貰えばいい。
失敗を恐れないで、エレナ。
失敗しても怒らないけれど、卑屈さを見せたら殺すから」
そこまで語ると、レイナはコーヒーに口をつける。
彼女なりの優しさを感じて、心の中でニヤニヤしてしまう。
私もコーヒー飲もう。
クピクピ。
さて、交渉を続けよう。
「裏口入学の手続きをしにきたのではありません。
一般的な方法で。
次のランクを目指したいのです。
あと。
仲良くなりたいです。
ギルコさんと。
リェルさんとも」
このタイミングで、リェルさんが小さな銀のカップに入ったミルクを持ってきてくれた。
自分の名前が出たことに驚いたようで、少々困惑していた。
かわいい。
「リェル、同席しなさい。
お友達になりたいそうよ」
「はあ・・・」
困惑しながらも。
絶対服従の呪いでもかけられたかのように。
リェルさんはギルコさんの命令通り、ギルコさんの対面に位置する席に静かに座った。
「ギルコさん、お願いがあるのですが」
「なんでも言ってくださいまし」
「敬語、やめてください」
「オッケー☆」
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