入学 (4)
ピンクのモメルからの案内を受け、次の日私たちは入学試験を受けるために魔術学院へやってきた。
どうやら既に話が通っているらしく、学院の正門の前でメイドさんが待っていた。
モメルではない小さなメイドさん、いろいろと。
水色の短い髪。
髪がだらんと垂れて片目が隠れている。
もう片方の目は死んだなんたらのようだ。
「エレナ様、とノム様ですね」
首をわずかに縦に振って答えると、水色のメイドさんは振り返って構内に入っていった。
ついてこいということらしい。
連れてこられたのは、とある一室。
存在するのは、黒板、机と椅子。
それだけだった。
しかし、情報はそれだけで十分だ。
間違いない。
筆記だ。
「問題用紙が置かれた机に座ってください。
そして問題を全て解いてください。
制限時間はありませんので、終わったら私に声をかけてください」
説明雑。
とにかく、最低限1つだけ聞いておきたいことがある。
「メイドさん、あなたのお名前は?」
「ノシ」
「ノシ?」
「ノシ」
・・・。
私の次の言葉を待たずに、メイドさんは部屋の外に出ていった。
ノシ・・・。
校門からここに至るまでに、複数の疑問点が生まれた。
そしてそれを解決するため、私はノムと会話がしたかった。
しかし彼女はすでに席に座って問題を解き始めている。
ペンがゴリゴリと音を立てている。
そんなに書くことがあるのかよ。
これ以上見つめるとノムの回答が見えてしまいそうなのでやめた。
カンニングに関しては特に説明はなかったが、最低限の倫理が働いた。
私はいろいろと諦めて、用紙が置かれたもう1つの席に座った。
机には、5枚の用紙が置かれている。
その用紙は全てほぼ白紙。
一番上に問題文と思われる短い文章が書かれているのみだ。
まずはこの5つの問題文に目を通していく。
問1. 魔法という言葉と魔術という言葉の違いを説明せよ
問2. エーテル属性の魔術が発動する仕組みを説明せよ
問3. 魔術攻撃に対して、魔術師の体に展開される防御機構の仕組みを説明せよ
問4. 「三点収束魔術」および「六点収束魔術」に関する知識を記述せよ
問5. 志望理由を述べよ
問題つくったやつ出てこい文句を言ってやる。
自由度が高すぎる。
文章問題って面倒臭いよね。
本当の『答え』はあるのか。
そんな複数の思考が生み出された。
静かな薄暗い部屋に、ペンと机が奏でる狂想曲のみが響く。
それは全く止まらない。
間違いない。
彼女の答案用紙は真っ黒だ。
雑念ばかりが浮かんで、問題にまったく手が出ない。
制限時間がないという条件が私を甘やかす。
人間は与えられた時間を全て使うように計画を立てるらしい。
完璧な答えを求めるあまり、ペンが全く進まない。
こういうときは、とにかく思いつくことを書きまくり、後でそれらを使って完成文を整形するのがよいと思う。
そんなことを考えながら、私は答案用紙の裏側に落書きをはじめた。
*****
「終わった、2つの意味で」
誰に向けたでもない言葉が空中に浮かぶ。
その言葉を見つめるかのように、私は天を仰いだ。
限界まで脳を使い切り、脳疲労が半端ない。
やっと、その苦しみから解放された。
「どだった?」
隣の天才ちゃんが声をかけてくる。
彼女のテストの出来栄えは、既に十分理解できている。
「落ちた、たぶん」
「白紙で出したの?」
「一応、半分くらいづつは埋めたけど」
「なら大丈夫」
「そんなもんかね」
「なぜなら私がエレナの先生だから」
どやぁ。
とでも効果音がつきそうな顔を見せる先生。
まあ、確かに。
彼女から教鞭をふるってもらっていなかったら、本当に白紙だったかもしれない。
「ノムは全部埋めたの?」
「書き足りなかったから裏面にも書いた」
「さようですか」
一通りの会話が終わるのを待ってくれていたメイドさん。
ノシさん?
ノシさん、でいいの?
たぶんノシさん。
次の指示を仰ぐため、彼女と目を合わせる。
試験の結果はいつ公開されるのか。
今日は脳が疲れたから、とにかくそれだけ聞いて帰りたい。
そして彼女が小さくつぶやいた。
「次は実技です」
*****
無言で学院内を突き進むノシさんの後をついていき、最終的に建物の外に出た。
そこは、四方を壁で囲まれて。
緑の絨毯の上に、数本の木が植えられている。
なるほど、中庭だ。
研究で疲れた脳をリフレッシュするのにはうってつけな場所だと感じた。
中庭の真ん中あたりに、一際大きな広葉樹が、存在感たっぷりで佇み。
その木の下に、手作り感たっぷりの小さな木製ベンチが設置されている。
よい仕事をする人間は、よい休憩をする。
昔、誰かがそんなことを言っていた気がする。
・・・。
だれだっけ?
「では、私はこれで」
聞こえるか聞こえないかのボリュームで呟くと、ノシさんはそそくさと帰っていった。
面倒い症候群の人かな?
取り残された私とノム。
静まり返る中庭。
ここで歌とか歌ったら、誰か窓から顔を覗かせるかしら。
2階。
3階。
4階。
一段づつ首の角度を上げながら、閉まった窓の奥に何かが見えないか確認していく。
さらに一段角度を上げると、青空。
ゆったり流れる雲。
なんか。
眠くなってきた。
音。
感知した、その方向に扉。
私たち二人が中庭に入った際に使った扉、その真反対の位置。
開かれた扉の奥から、一人の男性が現れる。
無言のまま、近寄ってくる男性。
アシュターを思い起こさせる懐かしの白衣が、彼の痩せ型の体を覆う。
黒い髪の合間から、黒色の瞳を確認できる。
『気だるげ』、『怖い』。
その2つの印象を同時に感じる。
総じて、読めない人間だ、という感想。
それは視覚情報からだけでなく、魔力情報からの判断結果でもある。
彼の魔力的実力が、私のオーラサーチの能力のレベルでは推測できない。
それは、ここ最近なかった感覚。
只者ではない。
声が正確に聞き取れる程度の距離まで来たところで、男性は歩みを止めた。
「名前を名乗れ」
不満そうな印象を受けるその一言。
如何様に反応すべきか、判断に時間がかかってしまう。
が、ノムの反応は早かった。
「ノム」
私は彼女を見つめる。
いつものノムだ。
本当に頼りになりますね、そのふてぶてしさ。
そんな彼女に力をもらい、私ははっきりと名乗る。
「エレナです。
よろしくお願いします」
実技担当教官。
おそらく、そういうことであろう。
「お前らがこの研究院に出入りするにふさわしいか、判断しろと上から言われている。
時間が勿体無いから、さっさとやるぞ」
面倒い症候群、Part2。
人生楽しんだもの勝ちですぜ。
まあ、自分も人のこと言えるかわかりませんがね。
「緑の方から前に出ろ。
この施設を破壊せずに、俺に攻撃を一撃当てろ。
それで合格だ」
「質問です!」
「言ってみろ」
「これで合格なら、さっき受けた筆記試験は何の意味があったんですか?」
実技試験だけで合格を決めるんなら、さっきの筆記、意味ないじゃない。
あれだけ無い知恵絞ったのに。
すりへった私の脳細胞を返せ。
「ノシがお前らをここに連れてきた。
つまり、筆記は合格だ」
それ以上の説明は頂戴できなかった。
つまりは、筆記試験合否の決定権は、あのメイドさんが握っていたわけだ。
いや、彼女。
答案用紙、ちょろっとしか見てなかったんだけど。
あんなんでいいの?
怠慢経営なの?
一通り脳内で文句を言ってすっきりすると、私は中央まで進んだ。
そして待つ。
試験開始。
その言葉を。
「はやくしろ」
「もう始まってるんかい!」
脳内で止めるつもりが、表に出てしまったツッコミが中庭に響く。
私、あんたの彼女なの?
深層心理全部理解しなきゃだめなの?
そんな漫才はさておき。
私は考え込む。
『この施設を破壊せずに』。
その条件が脳内リフレインする。
実はこれ、難しいのよね。
もしも、私が直線的に放出した魔術を教官に避けられた場合。
その先にある壁を破壊してしまい、ゲームオーバー。
この時点で選択肢は大きく絞られる。
残ったキーワードは、スフィア。
遠隔収束魔術。
消去法的に戦略が決定した、その瞬間。
私は魔術収束を開始する。
属性は封魔。
そして遠距離多地同時収束。
教官を囲むように、1、2、3、4、5。
その5つの魔力で彼の逃げ場を塞ぐ。
しかし、これら1つ1つの魔力量はさほどない。
威力を捨て、収束スピードを選ぶ。
そして封魔属性、水色に輝く魔力球が5つ形成されたとき。
私は・・・
私は、強く大地を蹴った。
『俺に攻撃を一撃当てろ』。
そこに『魔術攻撃』という条件は存在しなかった。
相手の魔術的実力が高いのならば、私の魔術攻撃は防衛魔術で防がれてしまい、ノーカウント。
ならば。
絶対に魔術防御では防げない攻撃をすればいい。
それに、魔術と違い、物理攻撃なら施設に損壊を与える心配もない。
瞬間的に術者の移動加速度を向上させる、風術エリアルステップの補助もあり、彼との間合いはすぐに縮まった。
私は鞘から抜いた剣を左下に構える。
先ほど収束した封魔術、ダイアスフィアはまだ健在。
彼が逃げようとすればこちらを炸裂させる。
魔術の檻。
そんなイメージ。
魔術の天才かもしれない。
そんなあなたが見たことのない『速さ』を見せてやる。
そして、青の剣が美しい弧を描く。
その軌跡は。
彼が懐に仕込んでいた短剣で停止させられた。
「そんなんもあんの?」
まったくもって面白くもないが、私の顔から笑みがこぼれた。
体感できるほどの鍔迫り合いの時間が流れた後。
私は体勢を立て直すため、大きく後ろに退避した。
退避しながらも次の作戦を立てる。
そのクールなイケメンに、その眉間に、シワをつけてあげたい。
そんな危ない思考が、私の脳内興奮物質を刺激した。
「合格」
「はっ!?」
「合格だと言っている」
「なんで!
攻撃あたってないし!」
「俺の服がお前の剣で切れた。
攻撃は成立している」
そう言って、彼は白衣を持ち上げてぷらぷらさせる。
白くて視認性が悪いが、どうやらスパッといっているらしい。
なんだかあっけにとられて、徐々にクールダウンしていく。
合格なら、いいや。
拍手の音が後ろから聞こえてきた。
振り返りその音が鳴る場所を確認すると、私は合格の喜びを伝えるため、剣を持った右手を軽く天に掲げて微笑んだ。
さあ。
お待ちかね。
『実技試験』という言葉を聞いて以来。
私が最も楽しみにしていた時間がやってきましたのです。
先生!
魅せてください!
この教官とノム、どちらが強いのか?
こんな高レベルな戦い、滅多に見れるものではない。
ノムが勝つに10000$(ジル)。
全く意味のない賭博が、私の脳内で開催された。
私がノムの隣まで戻ると、予測していた通りの言葉がかけられる。
はじまる。
「青いの、前に出ろ」
そう。
教官がそう言った。
そして。
そして、その瞬間。
教官は大爆発した。
*****