課外10:結成☆アルテミス (1)
@喫茶世界樹。
無糖珈琲を口につけながら。
私は、先日、今年最高の気配りを発揮しながら持ち帰った観葉植物のうちの1本を眺めていた。
この観葉植物は作り物、偽物。
しかし、遠目で眺める分では、本物と変わらない。
私の背よりも少し大きい程度。
この作品を完成させるのに、どれだけの労力が必要だったか。
慰労の念を伝えたい。
観葉植物アーティスト、作者のバレル氏は、この観葉植物は『フィカス』であると教えてくれた。
細身の幹と枝がすらっと伸び、その先に雫型の緑の葉っぱを多く侍らせている。
黄緑から深緑まで。
グラデーションもありながら。
緑色という色が持つ魅力を、全身で振りまく。
視線を動かすと、これと全く同じフィカスがもう1本。
その他、大小種々のイミテーショングリーンが死角を殺す。
どの方向を向いても、植物の緑と机椅子の木目調が調和した美を堪能できる。
そう。
これが。
ユズノの世界なのだ。
「この空間なら、苛立ちの感情を緩和させた上で、シェムノを潰すための方法を、冷静に検討できるの」
そんなことをボヤキながら、私の隣に座るノムは、ノートに何やら落書きをしていた。
何をかいているのかはわからないが、図があることと、『殺』という文字が書き込まれていることだけはわかった。
このテーブルは4人用。
テーブルと同系色の2人掛けレザーソファー、×2。
対面の2席は埋まっていない。
客人を待つエレノム。
その時間を、私は観葉植物の観察に、ノムは暗殺計画の立案に使っていたのだ。
和やかな時間は、先日の劣悪環境で受けた心の傷を癒してくれるようで。
待ち人、こなくても、いいや。
そんなこんなで時間は流れる。
扉が開く。
それは勢いよく。
扉に取り付けられたベルが痛々しく鳴く。
その人物は一直線に私たちを目指し進む。
視覚情報がなくとも、魔力感知により、おおよそ目的の人物がどこにいるか判断できる。
しかしそれは、非常に高度な技術であり。
つまり、この人物が、非凡なる魔術の才を持っていることを暗示しているのだ。
「シンセちゃん登場」
両手を腰に当て、胸を張る。
その胸は、貧・・・。
・・・。
品がある!
「ういっす、シンセ。
今日、ちょっとノム機嫌悪いけど、あんま気にしないでね」
「むー。
ぬー。
シンセに否はないの。
私の体調管理に問題があった。
近日中に、ぶっ飛ばして解決するから大丈夫」
「なるほど。
わからん」
シンセはそれ以上の追求はせず、眼前の席に着席。
すぐに『お冷』を注文し、テーブルに最初から置かれていたミニクッキーを無承認で頬張りだした。
さすがだ。
注文を取りに来たユズノさんも、『お冷かよ』、という表情をしたように感じた。
私がシンセと世間話から始めようとした瞬間、次の待ち人がやってくる。
美しく鳴り響く扉のベル。
まるで扉のベルが喜んでいるように感じた。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
そしてすぐに感じる炎のオーラ。
レイナだ。
「待たせた?
時間前、なはずなのだけど。
ルーズな人間がいないことに安心するわ。
鉄槌が不要なので助かる」
挨拶が終わると、レイナ様は一瞥を下さる。
当然、交わる視線。
ちょっと緊張する。
お見合いに付き添う親の心情って、こんな感じ?
「はじめまして、レイナ嬢。
あたしはシンセ。
おおよそエレノムから、あなたの人となりは聞いている。
仲良くなれるか、なれないか。
そんなことを考えずにお付き合いいただけると幸いです」
「じゃあとりあえず。
一杯、殺ってみる」
「負け確定の戦はしない主義なのさ」
「残念」
心、そして魔力の読み合いが始まる。
今の状況を、視線の交換と呼ぶのか、にらみ合いと呼ぶのか。
それは判断が難しい。
口を挟んだほうが、よろしいかしら?
「たぶん、好き、たぶん」
ボソボソと呟くと、レイナは着席した。
魔術師は、信用ならない人間の『横』には座れないものである。
『対面』ならば問題ないのだが。
その意味でも、ある程度の信頼関係が今の短い時間だけで産まれたのだ、とも言える。
もちろん、私エレナから、両人に対し、入念な事前の連絡があったという説明も添える必要があるのだが。
ここで、注文のタイミングを見計らっていたセイカが声を掛けてくれる。
レイナは私と同じ、ホットの無糖珈琲を注文した。
注文の品が到着し、口を潤す様を眺めさせていただいた後。
さあ、本題へ入ろう。
私は、咳払いをし、そして言葉を紡ぐ。
「えー。
さて、皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません。
本日はお日柄も良く。
そういえば昨日もいい天気でしたね」
「結論」
レイナ様が目で殺しにくる。
と同時に漏出魔力も増加。
世の中には、いろんなツッコミがあるんだなー、とか思った。
さて、漫才を楽しむのは、ここまでにしよう。
「ギルドパーティーを組みたいです。
エレナ、ノム、レイナ、シンセ。
この4人で。
最強の女の子冒険者パーティーを」
ここまでの話は前日に済ませており、ここにシンセとレイナが来ているということは、彼女達にもその気はあるということであり。
つまり。
残る問題は1つだけなのである。
レイナがシンセを見つめ、シンセがレイナを見つめる。
そして。
レイナはシンセのほっぺたを、思いっきり引っ張った。
「痛い!
伸びる!
痛い!」
「やわっこくて最高ね」
「なんなの?
加虐嗜好なの?」
「そうよ」
「断言すんなよ!」
「そのやりとり、おもろい」
気づくと、ノムが笑っていた。
きっと、今この時間は、悪女シェムノのことを忘却できているのだろう。
それがなんだかうれしくて、私も笑った。
レイナも笑った。いやらしく。
シンセだけムッスリとしていて。
それもなんだか、面白く感じた。
*****
引き続き、喫茶世界樹にて。
「宿題を提出しなさい、エレナ」
そう言ったのはシンセ。
ノムとレイナが訝しむ。
私は説明を急ぐ。
「パーティーの名前を決めろ、って言われたんだよ」
「リーダーの仕事だろ」
「そうね、リーダーの仕事ね」
「ぬ」
前日、レイナとシンセに別々に会い、パーティー結成を提案したが、2人が2人、同じ条件を提示してきた。
それは、『リーダーエレナ』だった。
それを呑んだから、今4人が集結してる訳であって。
故に、『リーダー、やっぱ辞めたい』という申し出をすることが憚られるのであった。
ほんとは、リーダー、やりたくなーい。
やりたくなーい。
「アルテミス」
昨日、寝る間も惜しんで、いや寝たけど、考えたネタ。
冗談もボケも捨てての熟考の結果。
突き刺さると嬉しい。
「いいんじゃないかしら」
「真面目だな」
「ぬ」
及第点、出た。
ここで補足。
パーティーの名前を決めることは必須事項ではない。
ギルドの仕事を受ける際に作成する『依頼受注証』内には、パーティー名を記載する欄は存在しない。
ただ、長期同じメンバーと仕事をする場合に、結束力の向上を目的に、パーティー名を付けるという話は、わりと多い。
以上、補足でした。
「理由とか、聞きたい?
墓場まで持って行っていい?」
「む」
「ぴゅあ!」
ノムが脇腹を抉ってきた。
さっさと喋れ、という事らしい。
「リシア神話に登場する女神、アルテミス。
彼女から貰いました。
『月の女神』と呼ばれる彼女。
これを『月の都で巡り合った少女達』に掛けました。
また『弓矢の名手』、『狩猟の女神』という側面は、私たちが魔術戦闘能力をより高めようとする姿に繋げています」
みな静かに聴き耳を立てている。
不安。
「『弓』は『魔術全般』を、『月』はこの大陸と、私たちが追い求めたい『美しいなにか』を暗示させようとしています。
私たちは、『弓』を持って、『月』を探索する。
行き当たりばったりな私たち4人だと、より具体的な意味付けは難しく、抽象的になる。
とにかく、もっと知りたいです。
レイナのことも。
シンセのことも。
もちろん、ノムのことも。
これは。
私にとっての、『月の探索』です」
そこまで述べ、私は珈琲を口に付けた。
深く呼吸をして顔をあげると、レイナとシンセは微笑を浮かべていた。
その表情の意図を判断し終える前に、私の背中が勢いよく叩かれる。
そして、青髪少女が立ち上がり、声をあげる。
「じゃあ、早速、『探索』へ。
面白くなってきたの。
すごく。
すごく。
面白く」
*****




