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講義10:エーテル学 (2)

「ぬめっている」


 細い通路を抜けると、小部屋。

 前の部屋よりも、更に生ぬるく、更に暗く、更に臭く、更に瘴気が強い。


 そして、部屋の奥は、より暗い。

 高密度のエーテルエネルギーが作り出す暗黒空間。

 ここまで高密度になると、封魔防壁を強化していてもダメージを受けてしまう。

 これ以上、先には進めない。

 先が存在するかは判断できず。

 暗黒が光を奪い、視覚を殺しにくる。


「出てこい、なの!」


 日頃ない大きめの声を上げたノム。

 怒っている、というより、疲れている、が正解。

 この先にいるのは『教授様』。

 私たちは『学生身分』。

 あまりにも環境が劣悪過ぎて、そんな上下関係がどうでもよくなってくる。


 そして、暗黒が(うごめ)きだす。

 間もなくしてその暗黒から、人が産み出された。


「朝でも昼でも、こんばんわ。

 僕はヌメル。

 この部屋でエーテル学の研究をしているヌメル。

 僕のホームグラウンドへようこそ。

 この場所は、気に入って、くれたかな?」


 闇の中に、瞳が浮かぶ。

 クマをたっぷりこさえた、半開きの眠そうなマナコ。

 その瞳の確認を、まっすぐ垂れた長い前髪が邪魔をする。

 黒の短髪は、なんか、ぬめっている。


 問題は耳。

 半球状。

 その謎の半球が、両耳にカッポリと装着されている。


 そこから視線を下げると、あとは『黒』しかない。

 漆黒のローブが全身を覆う。

 胸。

 腕、手。

 腰。

 全くもって、肌色を確認できない。


 そして脚。

 その脚を隠すローブ。

 それは地から湧いて出る、漆黒のエーテルの魔力と融合し。

 どこからが魔力なのか、どこからが彼なのか。

 その境界線の判断。

 ままならず。


 ヤバいやつだ。

 ヤバいやつだ。


「・・・。

 紅茶、あるけど、飲む?」


「さっさと講義を始めてくれ。

 死んでまう!」


 私の抗議に対し、いやらしい笑みを浮かべた教授。

 手のひらを差し出し、その先にある椅子に座ることをうながした。

 5人が着席し、みなで睨み付ける。


 闇が、蠢く。


「エーテル。

 それは、この魔術世界における基本型。

 空間中のプレエーテル、体内に吸収して魔力。

 そして、再度体外に放出してプレエーテル。

 そのプレエーテルに、エーテル変換の情報構成子が付加されたプレエーテルを与え反応させると、攻撃可能なエネルギー、エーテルとなる。

 そのエーテル。

 攻撃、というお役目を終えると、自動的にプレエーテルに戻る。

 ここまでの一連の流れを、魔力輪廻と言う。

 ・・・。

 紅茶飲んでいい?」


「・・・(無言の圧力)」


「エーテルが、他の属性より優れている点は何?

 早押しで。

 面白かったら10ポイントね」


「『制御の自由度』、なの」


 露骨にイライラしたノムが即答。


「正解。

 でも、おもしろくないから0ポイントね」


「浄化、して、あげるの!」


 その瞬間、ノムから溢れだす水色のオーラ。

 それを止めようとする人間は、一人もいない。

 やってしまえ!!


「だめよー、ノムにゃん。

 ちゃんと授業を聴かなくちゃね」


 さっきまでいなかったはずの人間。

 椅子に座ったままのノムを、後ろから抱き締める。

 それは、シェムノ教授。


 複数の感情の同時攻撃を受けたノム。

 なんか、泣きそうな顔をしている。


 私は可能な限りすみやかにシェムノ教授をノムから引き剥がし、威嚇。

 シェムノ教授が消滅したことを確認すると、ノムの椅子と私の椅子を可能な限りくっつけ、そして彼女の肩に手を置いた。

 ノムはうつむいたまま。

 講義が再開される。


「制御の自由度は、そのまま魔法のバリエーションの多さにつながる。

 炎術、雷術は自由度が低く、比較的単調な攻撃しかできない。

 エーテルなら、どんな収束法、放出法とも相性がいい。

 球状収束、針状収束。

 スラッシュ、拡散、なんでもござる」


 ヌメル教授は、実演を添える。

 空間中に産み出された黒紫色の魔力球が、次々にその姿形を変えていく。


「そして、このエーテルを極めると、こんなこともできるのだよん」


 彼の両手で抱えられた魔力球。

 それが蠢き、また形を変えていく。

 そして。

 産み出されたのは。

 カエルだった。

 黒のカエルは彼の手を離れ、地面にビチョリと落下し、ぴょんぴょんしだした。


「さて、このような魔法をなんというか?

 青髪のプリちゃん。

 回答をちょうだいね」


「カエル、嫌い」


 もはや精神が死に始めているノムは、それだけつぶやくと、黒のカエルを水色の魔力で圧殺。

 そして、すぐにまたうつむいた。

 ちなみに、『プリ』とは、『プリースト』の略なのだろう。

 たぶん。


 さて。

 代打、私。


「『ナイトリキッド』、ですね」


「よく知ってるね、ポニテ()

 その通り。

 『闇の使い魔』、とも呼ばれたりする。

 エーテルエネルギーで形成した魔力体を遠隔操作する術。

 ただし、まず強調したい。

 立体構造の形成、遠隔操作。

 それが難しい訳ではない、ということを」


 そこまでの説明を済ませると、教授は再度、魔力の収束を始めた。

 蠢々。

 蠢々。

 うごうご、るーが。


 産み出されたのは蛇。

 カエルのときと同様にベチョリと落ち。

 体をくねらせならがら。

 机を登り。

 突っ伏したままのノムの目の前でトグロを巻いた。


「蛇は、だいじょぶ」


 そうつぶやくと彼女は、蛇の口を人差し指でツンツンしだした。

 ほんとに蛇は大丈夫らしい。

 私には、カエルとヘビの差が、よくわからんのだが。


 少しの静寂。

 そして回答が与えられる。


「『魔力の永続性』」


「プリ、正解」


 その瞬間、ヘビだったものがカエルに変化する。

 声にならない悲鳴。

 それを顔いっぱいで表現したノムは、封魔の魔力を込めた拳を使って、カエルを全力で叩き潰した。

 嫌がらせが、酷すぎる。


「『魔力の永続性』、とは。

 空間中に魔力がどれだけ長く『攻撃エネルギーとして』滞在できるか、それを意味している。

 通常、プレエーテルをエーテルに変換したとしても、すぐにプレエーテルに戻ってしまう。

 このとき、プレエーテルに戻る過程で、魔力は『従属情報』を失い、制御不能となる。

 しかし、長い鍛練は、不可能を可能にする。

 それが今のヘビ。

 彼女は使い魔、『ダイアナ』。

 素敵な素敵な僕のペット。

 彼女は僕から離れても、まる一日程度は消滅せず、かつ自律して動く。

 かわいいでしょう。

 そうでしょう」


「あと、猫と鳥を飼ってる。

 この3匹が、学院内をウロチョロしているのさ」


 突然の説明ばばあ。

 エミュ先輩が割り込む。

 そして、エレナは思い出す。

 学院七不思議だ!


 部屋中に蔓延した瘴気。

 それが脳の回転数を下げ、普段なら自重しそうな問いを、脳から口まで、ストンと垂れ流してしまう。


「ヌメル教授が、『闇の監視人』なのですか?」


「違うよぉ」


 直接的すぎたかな、とも思ったが、時すでに遅し。

 が、間髪入れず否定された。


 エミュ先輩はニヤニヤしている。

 そのほころんだ口から、『去年と同じ回答』という言葉がこぼれ出た。

 エミュ先輩もヌメル教授に対し、私と同じ質問をしていたのだ。


「『監視』、はしてる、けどね」


 その言葉と共に、今日一番のいやらしい笑みを見せる教授。

 笑顔がネチョイ。


「使い魔に情報を収集させてるんですね」


「ポニテ、察しがいいから好き。

 巨乳だし。

 うちのゼミ、こない?」


「えへへー。

 掃除大好きな彼女でも作ったら、また声を掛けてください」


「彼女、いるけど」


「どうせ、エーテルエネルギーダッチワイフでしょ」


 三次元造形のプロ。

 そんな彼が性欲をもて余せば、最先端技術をどんなことに応用するか、簡単に想像できる。


「ぱんぱかぱーん」


 突然、眼前に現れたのはシェムノ教授。

 そして、シェムノ教授とヌメル教授は手を繋ぎ、天に突き上げた。


「らぶらぶー」


「らぶらぶー」


 頭を撫でたり、体をツツキあったり、肩を揉んだりし始めた2人。

 私たち、何を見せられてんの?

 何なのこれ?


 一通りイチャイチャを満喫すると、シェムノ教授が火炎瓶を放り投げる。


「ノムにゃんにも、いつかステキなアイスブレーカーな彼氏さんができるといいわね。

 プー、クスクス」


「ころ・・・。

 ころ、ころ、ころ、ころ、ころ。

 ころ、ころ。

 ころ・・・」


 戦慄わななく、青髪。

 そして。

 ついに。

 開戦だ!!!


「ぶち殺す!」


 空間全体が水色に光る。

 黒の瘴気がかき消され、そして地面に水色の魔法陣が瞬間的に構築される。

 もう、静止しようとも思わない。

 やって、よし!


「グレイシャル!!!」


 狭い空間が氷塊で満たされる。

 氷が砕ける音に、男性の鈍いうめき声が混じる。

 その途中で、『私もやっていい?』というレイナ様の提案もあったが、それは私が制止した。




 ・・・




「やるな、プリ」


 片膝をついた、黒のローブの男。

 防壁を張っていたとは思うが、かなりのダメージを受けていることが視覚情報から確認できる。

 ヌメル教授に関しては、おおよそ、お灸を据えられたようである。

 しかし、そこに。

 シェムノ教授はいなかった。


「ノムにゃん、また遊びましょうねー」


 背後から声。

 が。

 振り返ったとき、そこには誰もいなかった。

 逃げられた。


「次は、殺す」


 殺気立つノム。

 それをなだめようと、私は彼女の背中にくっついてスキンシップを取る。

 これだけ近接すると、憎悪の感情が伝わってくるようだ。

 しかし、私の気持ちも、徐々にノムに伝わっていったようで。

 ノムは落ち着きを取り戻し、そして、ため息混じりにつぶやいた。


「帰ろう」


「そだね」


 エレナ、ノム、エミュ、ホエール。

 みんなが顔を見合わせる。

 そんな中、何故かレイナだけ目線が合わない。

 彼女は砕けかけのヌメル教授を見つめている。

 もしかして、心配しているのか?

 確かに、深傷ふかでではあるが。


「トドメ、さしていい?」


「何言ってんの!!」


「ノム・クーリアが許可する。

 やってよし」


「了解」


 そして、鳴り響く爆発音。

 除湿〜。

 さようなら教授。

 もう二度と会いたくはない。

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