講義9:魔導制御工学 (1)
西の錬金工房。
北西の実技棟。
その合間に、小さな小屋が建っている。
「好き放題、しているよ」
それはエミュ先輩の言葉。
今から講義を受ける、魔導工学専攻、メチル教授。
彼が根城にする、ベース基地。
その『基地』は、ガレージを有する。
隣の小屋の可愛らしさに反する、ガレージの広々空間。
全解放されたシャッターから覗ける空間は、大量の『ガベージ』で埋め尽くされている。
しかし、我々、エレノムは知っている。
その中に存在する、人造人間達のナマエヲ。
「ゴーレム!
ゴーレムいるよ、ノム!」
「回顧」
圧倒的既視感覚。
ウォードシティの闘技場で、嫌というほど相手にしたエーテルゴーレム。
その色までも。
紫、灰色、茶色、水色、桃色、黒。
なつかしき。
思い出される激闘。
シエル・ニクロムが繰り出す鉄拳。
ゴーレムが脳内でシャドウボクシングを始める。
「ノム先生に質問です。
あまりにも『同じ』すぎます。
シエルのゴーレムと、同じデザインです。
こんな偶然ってあるの?」
「回答。
崇拝対象が同じだから」
「崇拝対象?」
「シエルが尊敬するのはフローリア様。
ここの教授、メチルが尊敬するのもフローリア様。
魔導工学の始祖。
ゴーレムを産み出したのも彼女。
その彼女の残した魔導書。
それを参考に、現代にゴーレムを甦らせた。
偉大なる技工士。
その存在に、今から会える」
「理解」
引き寄せられるように、ガレージの内部に陳列されたゴーレムに近づく。
シエルのラボで初めてゴーレムを見たときとは異なる感覚。
ゴーレムへの恐怖心は微塵もなし。
ペタペタとその筐体を触り、ひんやりとした感触を楽しんだ。
「かっちかっちやぞ」
「いつ見ても、美しいデザイン。
うっとりするの」
ノムの心が溶かされて、ゴーレムと融合する。
乙女心を溶かすのは無機物。
その食い入る瞳、男性にも向けてあげてね。
すると次の瞬間、ノム眼前のエーテルゴーレムがゆっくりと動き出した。
両膝をじわりじわりと曲げて上体を下降させ、そしてノムに向けて右手を伸ばしてきた。
ノムは怖がるそぶりなく、その右手の爪の先に指を触れさせた。
ト・モ・ダ・チ。
「いらっしゃい。
よく来てくれたね。
歓迎するよ、ノム、エレナ」
ゴーレムが喋り出したのか、とか0.7秒位思ったが。
すぐにその声が発された方向を見つけ出す。
コツコツという靴音と共に、優しい笑顔のどなたかが、ガレージの奥から現れた。
この人。
・・・。
男か女かわからん!
声色も顔立ちも中性的。
かわいいし、かっこいい。
ライトグリーンのくしゃくしゃショートヘア。
黒色のタイトな生地のトップス。
肩から先とお腹の肌は露出され、わずかに筋肉の起伏を確認できる。
あと左の上腕に『02』っていう謎のボディペイント。
なんぞ?
両の手には黒の指ぬきグローブ。
ズボンはダボダボ、モコモコ。
ここまでの考察でも、男らしさとフェミニンさ、両方が垣間見れる。
「ゴーレムは気に入ってくれたかな?」
「ぬ!」
「よかった。
可能な限り、彼らを愛でてあげておくれ」
その言葉でノムの自重がかき消されたようで、ゴーレム全身へのボディータッチを開始した。
一方、私の興味は外に向いた。
このガレージが面白い。
先ほど、シエルとメチルのゴーレムの類似性について言及したが、今感じているのは逆。
シエルのラボと、このガレージは全然違う。
とかく、このガレージは『美しい』のだ。
シエルのラボは、散らかり放題の地下空間で、なんだか洞窟みたいな雰囲気だった。
一方、メチルのガレージ。
工具類は全て棚に収納されている。
これぞ『見せる収納』。
収納をインテリアとする手法。
むき出しの灰色の壁も、白でペイントされた鉄骨も、日常感を抹殺する。
この場所にずっと居れる。
お洒落さと雑多さを兼ね備えた秘密基地。
メカニックルームなはずなのに、これでもかと目に入ってくる緑色。
大小種々の観葉植物が、機械的要素とのコントラストを主張する。
あと、ソファーが多い。
色も形も素材もまちまち異なるソファーが、所々に配置されている。
座ってみたい。
「一杯、コーヒーでも飲みたくなる素敵空間です」
「ありがとうエレナ。
僕もこのガレージでコーヒーを飲んでいるときが一番幸せなんだ。
コーヒー、早速いれるよ。
そこのソファーに座って待っていておくれ」
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促されたソファーは、鉄骨で作られたベースの上に、ふかふか黒色のレザーマットが配置されており。
ゆっくり座ると、おしりと背中がマットにめり込んでいき、優しく押し返してくれる。
首の重さまでもソファーに預けると、私は見上げた天井に向けて深く息を吐いた。
魂抜けそう。
たぶん、このソファー、手作りだ。
そんな予測を立てる。
天井には鉄骨がはりめぐさられている。
ロープと滑車を利用した吊り上げ機構が確認できる。
こいつでゴーレムなどを浮かせて作業するのだろうか。
「コーヒー、はいったよ」
ガレージ隣の小屋から、4杯のホットコーヒーをお盆に乗せて、メチル教授がやって来た。
その声を聞いて、ゴーレム観察中だったノムもすぐに合流する。
4杯のコーヒーが、向かい合う2つの2人掛けソファーの間のテーブルに置かれると、続いて、角砂糖がたっぷり入ったビンも配置される。
するとすぐにノムはそれを自分に寄せて、これでもかとブラックコーヒーに放り入れていった。
入れすぎだろ。
「コーヒーは、私も好きよ」
麗しき紅の瞳が、純白のカップを見つめる。
静かにソレを口につける様の、醸し出す高貴さを私にも分けてくれ。
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